3-10 受けられぬ頼み事
練兵場の中。敗者であるフィルは今、仰向けのまま空を見上げていた。
フィルの側にしゃがみ込んだベルは、舐める様にフィルの全身を観察し、最後に腫れ歪み青痣だらけのフィルの顔面を見て、ニッコリと視線を交わした。
「あちゃ~、全身ボコボコじゃん。これ、治療に時間掛かるよ」
「うう……頼んます、ベル先生」
「アハハ、意識はハッキリしてるね、良き良き。このベルに任せなさい……ふぅ……よし」
呼吸と共に集中を高めたベルが、言葉を紡ぐ。
「癒しの光をこの手に≪エクストラ・ヒーリング≫」
すると、呪文に反応した発動体がベルの胸元で白く輝き、フィルの体に触れる彼女の両手も白い光を放ち始めた。
その光はフィルの足先から頭まで全てを淡く包み込み、癒しの力を彼女の全身へと行き渡らせる。
始めに痛みを拭い去り、続いてゆっくりゆっくりと肉体の再生が始まる。
体のあちこちから感じるむず痒さに、フィルは己の体が思った以上に怪我を負っていた事を知る。
特に顔が痒く、治療中の為動けぬフィルにとって我慢の時間であった。
「プッ。もうフィル、変な顔して笑わせないでよ」
「してないっよぉ」
「ならそれが真顔か。今なら私でも顔面偏差値で勝てるね。いえぇーい」
「ベルは可愛い系なんだから、元から勝負何てしなくてもいいでしょー。持ち味活かさなきゃ、持ちあ――痛たぁ……やっぱ喋ると痛い」
ベルが「アハハ」と笑声を上げる中、ふわふわと飛んで来たメフィストが、フィルの手元に革の鞄を下ろした。
「なら今ぐらいしゃべるなよ、相棒。ほら薬使え」
「持つべきものはメフィちゃんだねぇ。やっぱメフィちゃんしか勝たん――うっ」
「だから喋んなって」
フィルは口内に走る痛みに顔を歪めながら、鞄をガサゴソと漁り、乳白色の液体が入ったガラス瓶を取り出した。
「ちゃっちゃらーん。魔女の秘や――あぁぁ、痛ぁーい」
「アホが居るよ、メフィスト」
「俺様は、何もいえねぇよ……」
「元気でよろしい!」
合流したコルレオーネも含め、憐み、諦め、称賛、三者三様の視線がフィルへ飛ぶ。フィルはそれを受け流しながら、大儀そうに瓶の蓋を開け、仰向けのままの自分の顔に中身の液体をかけた。
フィルの肌に触れた液体が、痣だらけの顔にすぅっと吸収される。
すると、みるみるうちに青痣や傷が消え始め、ボコボコだった顔がそう時間も掛からずに元の美しい顔へと戻った。
「ふぅ。生き返ったぁ。ほい、コルちゃん。半分こ」
「助かる!」
コルレオーネは、フィルから受け取った瓶を受け取ると、その残りを豪快に自分の頭へかけ始めた。
フィルは『患部に直接かけた方が効き目があるんだけどなぁ』と思いながらも、コルレオーネの顔の傷が消えていく様子をみて、別に良いかと口をつぐんだ。
フィルは全身のムズムズを我慢しながら、ベルの治癒に身を委ねた。
遠くで男達の戦う声が聞こえる。
無駄にやる気を出した、男達の声が……。
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治癒の終わったフィルは、コルレオーネの治癒を待つ間、体を慣らすため二メートルほどの長い棒を振り回していた。魔女の師に教わった動きを幾度も思い出しながら、攻めの動きと守りの動きを繰り返す。
攻防の動きに合いの手を入れる様に、メフィストがフィルを攻撃する。
フィルは迫るメフィストを弾き、流れるようにメフィストを突く。
宙を自在に動き、四方八方から攻撃するメフィスト。それを危なげなく防ぎ、仕返しも忘れぬフィル。
舞うが如き一人と一杖の戦いは、彼女達にとっては日常的な訓練風景であった。
故に、フィルはメフィストと戦いながらも、近くで自分達を眺めている男マッシュへ話しかける余裕すらあった。
「マッシュさん。そんなに見つめられると、照れちゃうなぁ……えへへ」
「お前は、俺の視線一つで揺らぐほど脆弱ではないだろう」
「おうおうマッシュさんや。か弱い女の子に向かってなに言ってんだい。わたし、かよわい、おんなのこ」
冗談めかして喋りながらも、マッシュの言葉通りフィルの動きに揺らぎ一つ生まれはしなかった。
戦いを止めぬフィルの代わりに、強面なマッシュが歯を見せ笑う。
「ククッ。か弱き女子は、顔が変形するまで殴り合ったりせんさ」
「ケッケッケッ、違いねぇ」
「むぅー、メフィちゃんまでぇ」
「調子がいいのは分かった。なぁクリスタ、最近『銀水晶』の仕事はどうだ?」
メフィストの猛攻を軽やかに捌きながら、フィルはマッシュへ言葉を返す。
「ぼちぼちだよぉ。配達の仕事は結構あるからねぇ。ちなみに仕事の手伝いだったら先約があるから無理。御免ね」
「そうか。タイミングが悪かったな」
その残念そうな声を聞き、フィルは、その仕事が『付き合い』ではなく『助力』が必要な類なのだと気付く。
「その言葉と今日集団訓練してるのを考えるに――セイッ! 近々、魔物狩りに遠出でもするのかな?」
「ああ。モンタナの町を知っているな」
「うん。山の手にある畜産で有名な町だね――よっと! そこのクヴェル先生はお得意様だよぉ。ちな、町に寄るならキノコサンドか牛の希少部位を使ったステーキがお勧め」
「是非頂くとしよう。そのモンタナの町から、魔物の調査依頼が狩人ギルドへ出されてな」
「で、近くの狩人ギルドで解決出来ないから魔都に回ってきて、さらにそこからマッシュさんの所に協力要請がきたと。でも調査依頼? 討伐依頼じゃないんだねぇ、珍しい」
マッシュ達『獅子咆哮』は調査よりも討伐を得意とする者達である。
故に放たれたその疑問に、マッシュの顔が困り気に歪む。
「少々厄介な話でな……もし時間が空いたらでいい、クリスタも来てくれると助かる」
「了解――おりゃぁ! ただ期待しないでね」
「分かっている」
「ハハハッ! すまないなマッシュ殿。フィル君の先約は私だ。代わりと言っては何だが、君達の訓練に付き合おうじゃないか」
暴力姫コルレオーネの宣戦布告を聞き、遠くで戦っていたはずの男達が小さく悲鳴を上げる。一部の男達は、何故か歓声を上げていた。
フィルを縦横無尽に攻めながら、メフィストが呟く。
「まっ、コルがやりてぇだけだな」
「コルちゃん。一撃必殺! は無しでお願い。明日の朝刊の一面は渡さないよぉ」
「ん? よく分からんが、フィル君の頼みならば仕方あるまい」
杖たるメフィストとフィルの払う棒が重なり、一人と一杖はピタリと静止した。
フィルが、深く、深く息を吐く。
そしてフィルは姿勢を整え、メフィストへ一礼した。
対するメフィストも空中で前に倒れ、器用にお辞儀をしていた。
「さぁてと、私ももう少し体動かしたいし、半分もらっちゃおっかな。良いよね、コルちゃん」
「何を言うか! 一人一度しか戦えぬという決まりなぞ、ない! 私とフィル君、どちらとも戦えばよかろう。良い訓練になるぞ!」
「ヒィィ」「やめてくれぇ」と叫ぶ男達のことなど、二人はお構いなしである。
「おっ、いい考え。けってーい。まずはあの人からかなぁ」
「なら私は奴をもらおう」
勝手にマッチメイクされていく恐怖に、男達は震え上がる。
救いを求める視線がリーダーマッシュへ集まるが、当のマッシュは満足そうに頷いており、彼らの助けにはならない。
だが、一部闘志を燃やす者達にとっては、コルレオーネの提案は僥倖であった。
ただ一人、ほぼ部外者であるベルだけは、離れた場所で顔に恍惚の色を浮かべながら、怯える男達を見つめていた。
「嗚呼、お金の匂いがする……素敵」
その後、練兵場で何が起こったのか……語るまでもないだろう。
ただ一つ。ベルの懐が暖まったのは、変えようのない事実であった。




