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流星の魔女  作者: ごこち 一
第三話「蠍の尾と小さな悪意」

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3-8 練兵場の迂闊な新人


 魔都南部にあるギルド『銀水晶』の本拠地から、北に歩くこと十分。

 そこには、石造りの古めかしい円形闘技場があった。


 闘技大会などの催事や鎮魂祭などの祭事に使われる時でなければ、この円形闘技場は己の鍛錬に(いそ)しむ者たちの(つど)いの場、練兵場として利用されていた。

 申請さえすれば、魔都に住まうものならば誰でも利用できる場所でもある。


 だが、当然ながら一般人が健康目的で使う場所ではない。

 フィルとコルレオーネが到着した時にも、既に強面(こわもて)で筋骨隆々な猛者(もさ)たちが己が限界を超えんと訓練中であった。


 陽気に手を振りながら、むさ苦しい男たちへ近づくフィル。

 フィルの横を憮然(ぶぜん)と歩くコルレオーネ。

 突然現れた二つの花に向けられる視線と表情は、様々であった。


 一つは歓迎の視線。美しき花々にグッドな笑顔を浮かべる者たちだ。

 一つは恐怖の視線。二人の実力を知る者たちの多くは、自分達が標的にならぬように筋肉を縮こませていた。


 そしてもう一つは、好奇の視線。


 年の頃十八ほどの若い男二人から伸びるこの視線は、二人がフィル達の素性を知らぬ事を示していた。そんな視線をフィル達に、特にコルレオーネに送ればどうなるのか、他の者達は知っているからである。


 そんな三種の視線を気にも留めず、フィルは猛者たる彼ら、ギルド『獅子咆哮(ししほうこう)』のリーダーであるマッシュ・ボルトへ声を掛けた。


「マッシュさーん、おいーす。ちょっと(はじ)っこ使っていい?」


 黒眼帯で左目を覆うスキンヘッドの強面男に送るには、あまりにも軽い口調。

 その軽口に返るのは、三十男のマッシュが浮かべる清々しい笑顔であった。


「クリスタ。端とは言わず好きに使え」

「ありがと。今日って銀水晶(うち)のベル来てる?」

「ああ、あっちで部下が世話になっている」


 マッシュの指差す方へ目を向けると、フィルの見知った赤毛の少女ベルが居た。

 彼女は両手から光を放ち、怪我をした男を治療している真っ最中である。


 治癒が可能な光魔法の使い手である彼女の存在に最も喜んだのは、彼女の友人であるフィルではなく、闘志を燃え上がらせたコルレオーネであった。


「良し! これで全力が出せる!」

「あはは……」

「怪我の心配は無用という訳だ。(ゆえ)にクリスタ、コルレオーネ殿、お前達が仕合ったあとにでも、うちの者達の相手をして貰えないか」


 マッシュがそう言い終えた瞬間、聞き耳を立てていた幾人から「ヒッ」と小さな悲鳴が上がった。

 フィル達へ好奇の目を向けていた青年二人は、彼らの悲鳴の意味を考える事もせず、ニヤニヤとしながらマッシュの言葉に乗り始めた。


「俺達の相手してくれるってマジっすか。ついでに夜の相手もして貰おっかなぁ」

「いいねぇ。俺も相手してもらっちゃおーかなぁ」


 その時、ニヤニヤしていた青年二人以外の全ての男たちの空気が凍り付いた。

 広がる静寂の中で、フィルとコルレオーネの口元がニヤリと上向く。


「ほうほう。今回の新人ちゃんは威勢がいいですにゃぁ」

「ハハハ! お望み通り夜まで相手してやろう。私の攻めに耐えられるならな」


 俺は知らねーぞと言わんばかりに視線を逸らす男達。そして余裕たっぷりなフィルとコルレオーネを見て、ようやく青年二人が『あれ?』と気付く。


 だが、既に(さい)は投げられていた。


 この場で青年達の責任を取れる唯一の人物マッシュは、深い溜息を吐き、新人たる青年二人に迂闊(うかつ)の代償を与える一言を口にした。


「お前達、二人の準備運動代わりに相手をして貰え。武器の種類は自由……クリスタ。お前はこれだろう」


 刃を潰した剣や木剣が並ぶ武器立てへ向かったマッシュが、一つの武器をフィルへと投げた。

 フィルはそれをメフィストで弾き、上へと飛ばす。

 そのままメフィストを手放し、落下してきたそれを右手で掴んだ。


 それは一本のただの棒であった。

 フィルは、長さ二メートルほどの木の棒をクルクルと回し始める。


 手と体になじませるように、胴の周囲をくるりと、右手左手と持ち替えながらくるりと、己の頭上でくるりと……曲芸師の如き棒さばきに、青年二人の背と額に冷や汗が流れる。

 最後に右手に持った棒の先端を地面へ突き立て、フィルは仁王立ちした。


「よし。いっつでっもいいよぉ~」

「私は素手で構わん。さぁ、貴様ら! 武器を持て!」


 左手で手招きしながら挑発するフィルと、高圧的な姿に覇気を纏わせながら拳を打ち鳴らすコルレオーネ。

 迂闊な発言をした青年二人の内心は『あれ?』から『ヤバい』に変わっていた。


 だが内心が変わろうとも、状況は変わらない。

 周囲の男達は、自分に被害が及ばぬ事を知り、(はや)し立て始めた。


「おい、どっちが勝つか賭けるか?」

「馬鹿かお前。賭けになんねぇよ」

「賭けるなら、どっちが先にくたばるかだろ」

「おーいダッツ。フィルちゃん相手に一分持ったら、俺の妹紹介してやるよ」


 好き勝手言う男達。追加で飛んだリーダーマッシュの「早くしろ」とのお達しを受け、青年二人は武器立てへと跳び付くように向かった。

 対戦相手を待つ間フィルは、預け忘れていた(かばん)をメフィストへ渡しながら、やる気に満ちたコルレオーネへいつも通りの忠告を送る。


「コルちゃん。手加減しないと『メッ!』だよ……悲しいかな、人は(もろ)いものさ」

「安心しろフィル君! 私が騎士直伝の捕縛術を会得していることぐらい、君も知っているだろう?」


「もう付き合い二年になるけど、初めて聞いた」

「そもそも捕縛術関係あんのか、これ」


 メフィストの疑問には、フィルの乾いた笑い声とコルレオーネの自信に満ちた笑みしか返ってこなかった。


 対戦相手である青年二人が刃の潰した直剣を持ち、フィル達の前へと向かう最中、少し離れた場所から明るい女性の声、ベルの声が響いた。


「フィルぅー、コルさーん。そいつらぎったぎったのぼっこぼこにしちゃって。治療は一カ所につき銀貨三枚! 重傷者は応相談! 治療費がっぽがっぽじゃーい」


 訓練や模擬戦には、怪我は付き物である。

 それにしても最低な発言であるが、誰もベルに文句を付けない。なぜならば、ここにいる全員が彼女の光魔法による治癒の世話になっているからである。


 そしてきっと、今日これからも世話になるからである。


 フィルはベルへ手を振り返すと、片足を前に踏み出し、両手で握る長い棒を斜めに構えた。一纏(ひとまと)めにした長い黒髪が、フィルの後頭部でゆらりと揺れる。


 半身前に構えるフィルの前方には、直剣を正面に構えた青年の姿があった。

 既に青年の瞳からは、少々品の無い言葉を口にした時の威勢は消え失せていた。


 歩幅でいえば五から六歩、約五メートル程の距離で相対する二人。


「では、始め」


 マッシュの太い声が練兵場に響き、模擬戦が始まる。

 フィルはその場から動くことなく、棒の前を掴む手を離し、手の平を天へ向けクイクイッと手首を内側へ(ひね)った。


『早く来い』


 そんな()()たりな挑発に、破れかぶれな青年は乗った。

 乗ってしまった。


「うぉぉぉぉぉ」


 雄叫びと共に駆ける男の動きは素早い。たかが五メートルの距離を詰めるなど秒も掛からない。

 挑発の右手を棒へ戻したフィルは、自分よりも体格の良い青年の突進にも一欠(ひとか)けらすら動じず、構えたまま動かない。


 剣の間合いの一歩手前。

 突進した男が、勢いのままに切り込まんと剣を振り上げた――瞬間、男の腰に衝撃と熱い痛みが走る。


 気付けば、横から長い棒が男の腰へとめり込んでいた。

 フィルの姿を真正面から捉えていた(はず)なのに、男はそのコンパクトな払いに反応する事が出来なかったのだ。


 男が先手を打たれたのは、速さだけではない。剣と長い棒。リーチの差は、当然ただの棒が勝つ。真正面からの突撃など、フィルにとってはただの的でしかなかったのだ。


 フィルの動きは、横からの払いだけでは止まらない。

 素早く両手を己の体へと引き戻したフィルは、あと一歩と踏み込まんとしていた男の膝へ突きを放った。

 目にも止まらぬ連撃に、男は動く事すら出来ない。


「ぐぅ――」


 膝を突かれ激痛走る男の悲鳴は、そこで途切れてしまった。

 膝を突いた棒の先端が天へと上り、男の(あご)を打ち上げていたのだ。


 脳を揺らされた男に抗う(すべ)などなく、視線は空へ向いている筈なのに、広がる視界は暗い闇一色に染まってしまった。

 突進の勢いが残っていたのか、気絶し脱力した男が前へと倒れる。


「よっと」


 意識を失った人間は重い。だがフィルは、事も無げに得物の棒で男を支え、ゆっくり静かに地面へと(いざな)った。


「はい。一丁あがりぃ」

「おいおい三秒も持たなかったぞ」

「俺達もそんなもんだったろ……」


 若干引き気味な男達の呟きを無視し、フィルはコルレオーネの方へと視線を向けた。だがしかし、そちらの二人は未だ睨み合ったままである。


 間合いを取る? 機を(はか)る?

 いや違う。

 男は動けないのだ……巨獣に睨まれた小動物が如く。


 互いに動かねば、試合は動かぬ。


 模擬戦なのだから相手の一太刀を見ておこう。そう思っていたコルレオーネであったが、彼女は動かぬ者に付き合い続ける程、気の長い女性ではなかった、


「動かぬか。ならばこちらから行こう」


 そう宣言したコルレオーネは、悠然と前へ歩き始めた。

 駆ける訳でもなく、ただただ自然に、ゆっくりと一歩、また一歩と男へ近づく。

 鋭い目が近づくにつれ、男は理解する。無抵抗なままだとやられる、と。


「やってやる。やってやるぞ」


 そんな自分を鼓舞する男の声に、コルレオーネの鋭く美しい顔がニヤリと歪む。

 刃の潰れた直剣を振り上げた男は、眼前へと辿り着いたコルレオーネへ向け、渾身の力を一撃に込め、振り下ろした。


 コルレオーネの肩口へと進む斬撃は、途中でピタリと静止してしまう。


 目の前で起こった怪奇にも似た現象を、男は理解出来なかった。

 白魚(しらうお)の如きコルレオーネの指が、剣の側面を()まんでいたのだ。まるで塩でもつまむかのように刃を挟み込んでいる。


 男は、その脆弱にみえる拘束を外さんと両腕に力を込め――微動だにしない。

 逆にコルレオーネが剣をつまんだ手を横へ払うと、男が握り締めていた剣がスッと男の手から離れてしまった。


 音を立て、剣が地面を転がる。


「夜の相手をしたいのならば――「ヒッ!」――鍛え直してこい」


 構えなど必要なく、小さな動きで放たれたコルレオーネの拳が、男の顔面に突き刺さった。ぐにゃりと男の顔がへこみ、歪み、遅れる様に衝撃が男を襲う。

 まるで巨獣に体当たりされたが如く、男の体は吹き飛び、全身で地面を一つ、二つと跳ねながら、コルレオーネの側から離れて行ってしまった。


 試合前の距離より遥かに離れてしまった男は、仰向けに天を見上げたまま地を滑り、やがてその動きを止めた。

 誰一人として動けず、誰一人として声を上げぬ中、コルレオーネが声を上げた。


「一撃必殺……見たかフィル君! これが私の捕縛術だ!」


 そんな戯言にツッコミを入れる余裕は、今のフィルには無かった。

 悲鳴にも近いフィルの叫びが、静まり返った練兵場に木霊する。


「衛生兵っ! じゃなかった、ベルぅ! 早く、早く治療してぇぇ! あっあ、明日の朝刊が面白い事になっちゃうぅぅ」


 円形闘技場殺人事件……営利か怨恨か? 白昼堂々の凶行! 容疑者の友人Fは語る……『彼女、いつかやると思っていました』

 コツンと頭に走る優しい痛みに、フィルは現実へと帰還した。


「落ち着け相棒。薬だ薬」

「おっ、そうだった。友人Fになるもんですかぁ!」


 メフィストから革の鞄を受け取ったフィルは、意味不明な事を叫びながら、動かぬ男の元へと全速力で駆け寄った。

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