3-7 襲撃事件に進展なし
フィルは自室にて、相棒メフィストと警ら隊の友人コルレオーネとの優雅でないお茶会を続けていた。
「さてさて、コルちゃんや。昨日の暴漢の話を先にしたってことは、王都の調査結果も何か関係あるんだよね」
「関係……ない! とも言い切れん」
「おっ、コルの歯切れが珍しく悪いな」
メフィストの声に反応し、コルレオーネは鋭い目をより鋭くしながら、魔女のお茶へと視線を落とした。
茶は苦くないにも関わらず、彼女の内心は苦々しい。
「裏が取れんのでな。それと、アイリス・ブラッド嬢襲撃事件の調査に進展はなかった。ブラッド伯爵家に探りを入れればコレクターズ・ドーンの首魁の居場所の一つぐらい掴めるかと思ったのだがな……残念だ! 非常に残念だ!」
「セルゲイさんのお弟子さんだったらしいね」
アイヴィ・アルケインことアイリス・ブラッドの祖父セルゲイ・ブラッド。
首魁が彼の弟子であったことを、コルレオーネは頷き、肯定した。
「首魁ゴットン・ゴットラーはセルゲイの懐刀だった男だ。レリックに目がないことで有名な男でな。セルゲイ氏とは酷く馬が合ったらしい。セルゲイの没後、表舞台から姿を消し、手駒を使って貴族共との関係を保ちながら、裏ではコレクターズ・ドーンなどという犯罪者集団を束ね始めた厄介な男だ」
「へぇー。貴族との関係をって、もしかしてブラッド家とも?」
フィルの思い付きはどうやらビンゴだったらしく、コルレオーネの鋭い顔が苦み走る。
「ああ。全く、あの伯爵め……後継者争いとは関係ないとはいえ、実の娘が襲われたというのに……気に入らん!」
「あー。進展なかったって、そういう……コルちゃんでも聞き出せなかったってことは、相当密な関係だねぇ」
フィルはコルレオーネの事を心の底から信頼していた。
ゆえに、コルレオーネに無理だったのなら、誰が行っても無理であったのだろうとフィルは判断した。
どれほど偉い者が行ったとしても。例え、国王でさえ。
「鼻薬を嗅がされているのはブラッド伯爵家だけではない……王都から戻ったその日に、上から襲撃事件の捜査中止のお達しが出た。すぐに奴を締め上げたのだが、終ぞ何処の差し金か口を割らんかったぞ」
「あぁ隊長さん、ご愁傷様ぁ……」
コルレオーネが『奴』と呼んだのは、魔都警ら隊のトップに立つ男の事である。
フィルは、精悍な四十の男が高圧的な美女に締め上げられる姿を想像し、男に憐れみを感じた。
しかしフィルとは違い、腕を組んだコルレオーネは仰々しい氷の椅子に背を預け「フンッ!」と強く息を払った。
「君の憐みなど、奴には勿体ない」
「板挟みは大変だねぇ。まぁそれは横に置いといて、捜査中止ってことはグラントさんとか、お咎めなし?」
有りもしない箱を横にずらすジェスチャーをし、フィルは恐らく正解であろう質問をした。
クッキーを齧っていたコルレオーネが、喉を動かし、忌々しそうに口を開く。
「残念ながらな。騒動の際、私が捕縛した二人を監獄に叩き込んで、この事件は幕引きとなる。上はそれで溜飲を下げろとでも言いたいのだろう……部下を傷つけた者を追えんとは……嗚呼、腹立たしい!」
怒声に合わせ、コルレオーネが氷の椅子のひじ掛けをガンッと強打した。
本来、普通に殴っただけで壊れるほどフィルの魔法は脆くない。筈なのだが、コルレオーネの力の前には無力であった。
フィルは砕けたひじ掛けを黙って修復しながら、彼女の話の続きを聞く。
「特に許せんのが、襲撃の指揮を取っていたアッシュ・グラントの扱いだ。奴は、君と正当な決闘をしただけの通りすがりの魔術師となった」
「ありゃりゃ」
「嫌な通りすがりだな、おい」
非常に、非常に嫌そうなメフィストの声に、コルレオーネは同調し、頷く。
独りフィルは、何か引っかかりを感じ、クッキーを齧りながら事件当時の事を思い出していた。
「ってあれ? あのゴーレムは? 残骸回収したっしょ」
「ヘリクス・トルシオンの指示でな。だが遺憾な事に所有者不明として処理されたよ。これでは証拠にならん。今回の一件で得をしたのは、残骸を手に入れたうちの技術班ぐらいだな」
「誰の物でもないなら好きに弄り回せるからねぇ。ちなみに私も、この一件で得をした一人だよぉ、やったねっ」
右手でピースサインを作るフィルへ、コルレオーネが驚きの顔を向ける。
「得? 君にしては珍しいな」
「アイヴィちゃん、もといアイリスちゃんとちょっとだけ仲良くなれたからねぇ。わたし的には大収穫ですぞ」
「アイリス・ブラッドか……ふむ、確かに君が好みそうな人物だな」
「あれぇ? もしかして知り合い?」
「ちょっとな。気にするな」
お偉い家柄の子供同士、昔は多少の交友くらいあったのだろうと、フィルは自然と納得した。
「了解。小さいアイリスちゃんの可愛さを是非とも、是ぇ非ぃとも教えて欲しかったけど、まだコルちゃんの話、終わってないもんね。さぁさぁ続きをどーぞ」
「コルも、ただ事情説明に来たわけじゃねぇだろうしな」
「御明察だメフィスト君。頼み事の前に、可笑しな偶然を話さねばな」
ハーブティーを飲みを干すコルレオーネに代わり、フィルが口火を切った。
「それって……スコーピオン・テイル?」
「やはり分かるか。流石だフィル君! ハッハッハッ!」
「いやー、そこから話し始めたんだから、誰でも分かるって」
「そうかそうか。君を襲った暴漢。捜査中止の命令。そして我々警ら隊遊撃班へ下された新たな命令……」
そこで言葉を区切り、コルレオーネは沈黙を生み出す。
フフンと口を歪ませるコルレオーネの姿は、まるで『君なら分かるだろう?』と言っているようであった。
その挑戦を受け、フィルは「うーむ」と唸りながら、顎に手を当て考え始めた――かと思うと、すぐに答えを口にした。
「スコーピオン・テイルの壊滅かな」
「正解だ! 正確には、拠点へ攻め入る騎士団の援護だがな」
「んー? 自分で言って何だけど、それ、警ら隊のお仕事? まぁ命令が出たってことは、そうなんだろうけど……」
「恐らくそれは、私の実家が手をまわしたからだな。あわよくば大怪我でもさせ、家に戻そうとでも画策しているのだろう。最悪死んでも良しというやつだ」
そんな悲観的な事を言いながらも、コルレオーネは氷の椅子の上で頬杖を突きながら「ハッハッハッハッ!」と大笑いをし始めた。
逆に、その笑い声を聞いたフィルの方が、苦々しい表情へと変わってしまう。
「んー……この国、本当に大丈夫?」
「どの国でもある話だ。問題なかろう」
「まぁ、コルちゃんが良いなら別に良いけどねぇ……おっと、聞きそびれる所だった。はいはーい、コルちゃん質問質問。そもそもその命令、いつ出たの?」
「良い所に気付く。私が王都から戻る少し前だ。騎士団が動き出したのはもっと前だろう。そう、君がスコーピオン・テイルに襲われる前だ」
「偶然?」
首を傾げるフィルへ向け、コルレオーネは座ったまま胸を張り、ハキハキと声を上げた……「分からん!」と。
フィルから伸びる冷たい視線をものともせず、彼女は持論を述べた。
「だが案外、君への襲撃依頼を察知した誰かが、襲撃者の組織ごと潰そうと動いたのやもしれん」
「ないない。ぜーったいにない。むしろ偶然じゃないなら口封じっしょ」
己が眼前で手を払い否定を示すフィルに、ふわふわ浮かぶメフィストも「だよなぁ」と相槌を打つ。
相槌にコルレオーネも続く。
「フッ、確かに。捕縛されれば奴らの頭や幹部は斬首。木っ端雑魚はその場で斬り捨てられるか良くて監獄行き。それ程の罪を重ねている輩だ。君への襲撃など数多の罪状の一つとして埋もれてしまうな」
「貴族でもない女性を襲いました、なーんて誰も気にしないよね」
「我々が協力関係を築いていなければな」
そう言い、二人はニヤリと悪人のように笑った。
だがそこへ、メフィストが水を差す。
「まっ、裏で騎士団にまで手を回せる奴が、何か情報残すとは思えねぇけどな」
「そだね」「まぁな」
二人は軽い言葉で返し、それも織り込み済みである事を示す。
「そもそも、そんな人がいたらって架空の話だしぃ、気にし過ぎても、ねっ」
「なぁに、本当に存在するなら、いつか引きずり出してみせるさ。私の友人を狙った罪は万死に値する」
「おー頼もしいねぇ。そんなご友人の頼み事なら、聞かざるを得ないですにゃぁ」
お道化るフィルを見ながら、コルレオーネはクッキーで己が口を塞ぐ。
その無言の挑戦に対し、フィルは考えるまでもなく答えを射抜いた。
「コルちゃんを賊の根城まで運べばいいんだよね」
「配達物はコル自身って訳だな」
「ハハッ。話が早いな。既に部下たちは出立しているゆえ、五日後に世話になる」
「うけたまわり」「了解だぜ」
即答する一人と一杖に、コルレオーネの高圧的にも見える美しい顔が、くしゃりと嬉しそうに崩れた。
「助かる! 実に助かる! あとで警ら隊から銀水晶に指名依頼を出しておこう」
「あっ! 職権乱用。ふっふっふっ。コル班長や、お主も悪よのぅ」
「仕事に対する正当な報酬だ。やましい事など、なにもない!」
「別にタダでもいいんだけどねぇ。まっ、貰えるものは貰っておきまっしょ」
フィルは話の終わりを感じ、少々温くなった茶の残りをゴクリと飲み干した。
「ふぅ。コルちゃん、もうちょっとゆっくりしていく? もう一杯淹れよっか?」
「いや、この頃は鍛錬の時間が取れなくてな。これから練兵場でひと汗かくつもりだ。フィル君もどうだ! きっと楽しいぞ!」
コルレオーネが氷の椅子から俄かに立ち上がり、フィルの前へ顔を近づけた。
息が掛かり合う程に近い顔。
鋭い瞳が眼前にあろうとも、フィルは動じることなく、彼女が自分に食い付く理由を冷静に考えていた。
そして、今日の会話から答えを導き出した。
「嗚呼、普段犠牲になってる部下の人達が、今魔都にいないからか……どうしよ」
「放っておくと死人が出るぜ、相棒……」
「だよねぇ、メフィちゃん。しょうがないなぁ、もう」
諦めの笑みを浮かべたフィルの答えに、対照的な満面の笑みがコルレオーネの顔に咲いた。
「ハッハッハッ決まりだな。善は急げだ、行くぞフィル君! メフィスト君!」
「はーい。優雅な休日よ、さらば……」
「元からそんな優雅でもねーけどな」
矢も楯もたまらず扉をドカンッ! と開け、既に出て行ったコルレオーネ。
フィルはそれを追わず、小さなお茶会の片付けを始めた。
氷の椅子を消し、カップと皿を卓の上にまとめながら、フィルはボソリと呟く。
「お金、持って行かないと……練兵場にベル居るかなぁ……」
「居なかったら地獄だぜ。念のため今日作った薬も持ってけ」
「だね――「早くしたまえフィル君!」――あいよぉー。さて、死なない程度に頑張りましょ」
革の鞄を肩に掛け、フィルはメフィストと共に自室を後にする。
開け放たれたままの扉は、ゆっくり静かに閉められた。




