3-5 節制の魔女
「誰も来ないうちに話してしまいましょう」
「了解。さぁアイヴィちゃん。聞きたい事はどんどん聞いちゃって」
「盗みはやると思う?」
「師匠曰く、金や物に頓着する娘じゃなかった」
「お爺様が作ったレリック、ソロモンの遺産でも?」
真剣な眼差しを向けながら、アイヴィはフィルへ問う。
さしものフィルも、真面目に答えた。
「力とか価値って意味では盗まないかな。まぁ結局の所、本人か師匠にでも聞かないと分からないけど。あと、もしそのレリックが魔女の主義に反するものなら、盗むより壊すと思うよ」
「なるほど……ならお爺様が研究していた資料がその『魔女の主義』ってものに引っ掛かっていたなら、研究室ごと燃やす可能性もあるってことね」
「燃やす? まぁやるかな。研究室って、部屋? 家?」
「家よ。研究室から立ち昇る炎を、今でも憶えているわ」
そう言って瞳を閉じ、アイヴィは深く溜息を吐く。
そんな彼女を見て。フィルもまた表情に影を落とした。だが、口から出す声には努めて明るさを乗せて話す。
「……そう。殺して、奪って、燃やして、もし節制の魔女が犯人だったとしたら、一体何がしたかったのかなぁ……うーむ……分かんないねぇ」
「そう、分からないから探しているの。最後に一つ、節制の魔女の行方は?」
再び目を開けたアイヴィは、最も聞きたかった魔女の行方を尋ねた。
その眼差しからは、嘘偽りを一切許さぬ鋭さが秘められている。少なくともフィルは、そう感じた。
ゆえにフィルは、正直に答える。
「不明。十一年前王都で消息を絶ってから、今現在まで足跡が何処にもないの。何らかの理由で身を隠したのか、魔物に殺されたのか、それとも誰かに殺されたのか……そう、分からないから探しているの」
わざと同じ言葉を放ったフィルに驚き、アイヴィの元から大きな瞳が、より大きく変化した。
「フィルメイル。もしかして、貴女も節制の魔女を探していたの? けど、ほぼ他人よね」
「まぁね。何で探しているかは、ヒ・ミ・ツ」
指を振りながらニヤリと笑い、フィルは言葉を続ける。
「今まで節制の魔女が王都で何をしていたのか分からなかったけど、アイヴィちゃんのお陰で セルゲイさんの所で何かしてたってのが分かったよ。イェーイ、新情報ゲットォ!」
「やったな相棒」
ふわりと浮かんだ杖メフィストと、フィルの掲げた手がポンッと重なる。
ハイタッチする人と杖に、アイヴィの視線が柔らかくなった。
「なによ。私に魔女のことを話してくれるとか言って、ちゃっかり私から情報を聞き出していたのね。可愛い顔して案外抜け目ない」
「フフッ、可愛いのはアイヴィちゃんの方でしょ、もぅ……それにアイヴィちゃんの話が節制の魔女の話だったのは、ただの偶然。それで、他に聞きたい事はないのかね、生徒アイヴィ君」
「その先生ムーブ、まだ続ける気なの……というか、さっき最後って言ったでしょう。本当は魔女そのものの話、貴女の師匠のこと、そして貴女自身のこと……まだまだ聞きたい事はいっぱいあるけど、それはまた今度にしましょう」
そう言ってアイヴィはクスッと笑い、卓の上に置いたままの箱に手を置いた。
「また今度、おすすめを持って来るわ」
「おっ、いいねぇ~。また一緒に食べよっ」
「ええ。メフィストには悪いけど」
「ハハッ、気にすんなよ嬢ちゃん。俺様は、相棒が美味そうに食ってるのを見るだけで、腹いっぱいになんのさ」
浮かぶ杖を撫で「えへへ」と笑うフィルを見て、アイヴィは『二人とも本当に仲いいわね』と、心の中で楽し気に呟いた。
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アイヴィが帰った後、残ったシュークリーム二個は、今まさにフィルの目の前で消えようとしていた。
フィルの正面に座る少女ララが、両手で掴むシュークリームをはむっと齧る。瞬間、ララの子供らしく丸っこい顔が幸せで蕩けた。
その隣に座るヨハンナも、その美しく整った顔を嬉しそうに崩しながら、所作美しくフォークを動かしていた。
「甘いです~。口の中が幸せでいっぱいです~」
「あの子いいお店知ってるのね……んー、美味しい。ありがとね、フィルちゃん」
「いえいえ。ララちゃんとおばちゃんには、普段からお世話になってますから。それに私も、メフィちゃんと同じ気分を味わおうかなぁ、って。これはこれで良いですなー」
「だろ?」
嬉しそうに、楽しそうに食べるララとヨハンナ。
その姿を眺めながら、フィルは優雅にコーヒーを飲む。甘い甘いコーヒーを。
そんな彼女の脳内に、メフィストの声が響いた。
『無理はするなよ。相棒』
『んー? そこまで食いしん坊じゃないやい』
『そっちじゃねーよ』
脳内会話で交わされる二人の会話は、フィルの目の前で至福の時を過ごすララとヨハンナには聞こえない。
『うん『ほぼ他人』のことだよね……大丈夫だよ、メフィちゃん。そこまで気にしてないから』
『そっか。ならいいさ』
フィルは穏やかな笑みを湛えながら、メフィストとの会話を続けた。
『ふつーに考えてさ、会った記憶が一度しかない親なんて、赤の他人みたいなものだよ。それは自分でも分かってるから』
『分かってんのと、どう感じんのかは別物だろ?』
理解と感情は別物だ。
メフィストに言われずとも、そんな事ぐらいフィルも知っている。
『それでもだよ。私はフィルメイル・クリスタ。フィルメイル・アークライトじゃない……メフィちゃんに出会う前から、ずっと』
フィルは、幸せで眩しいララとヨハンナから目を背けるように、ミルク香るコーヒーへと視線を落とした。微笑みを保ちながら。
そんなフィルを、メフィストは『ケッケッケッ』と悪戯そうに笑った。
『俺様からすればどっちでもいいさ。俺様の相棒は、ただのフィルメイル。小さい体で必死に俺を守ってくれた、ただの泣き虫なガキだからな』
『もぅ、いつの話さ、それ……けど、ありがとう、メフィちゃん』
ただ一撫で。フィルはそれだけをして、正面へと視線を戻した。
クリームで汚れたララの頬を拭く、ヨハンナの姿へと。
それを受け、可愛らしくはにかむララの姿へと。
自分とは違う親子の姿を、楽しそうに。




