3-4 アイビィの知りたい事
アイヴィは周囲を見回し、聞き耳を立てている者がいない事を確認する。
遅い昼ゆえ、食堂にはアイヴィ、フィル、メフィスト以外誰もいない。
「本当はこんな場所で話す事じゃないんだけど」
「私の部屋、行く?」
「いいえ。ここでいいわ……まずは質問。フィルメイル。私が誰か分かる?」
質問と言いながらも、アイヴィは自分が何者かフィルに知られていると、半ば確信を持っていた。
当然とばかりにフィルが頷き、威勢よく答えを返した。
「ある時は追われる少女――「え? ちょっと」――ある時は凄腕狩人。そうアイヴィ・アルケインとは世を忍ぶ仮の姿ぁ。かくしてその実態は、ブラッド伯爵家の御令嬢アイリス・ブラッド様であらせられるぞ」
「……うん。間違ってないから、それでいいわ……って、やっぱり知ってたのね」
「あの事件のあと物知りな先生に聞いたんだぁ。そもそも本名は、決闘前にグラントさんが言ってたし」
アイヴィは、あの襲撃の夜の事を思い出しながら『そういえばそうね』と納得した。と、同時に疑問を抱く。
なぜフィルメイルは、自分を未だに『アイヴィちゃん』と呼ぶのかと。
その疑問をグッと飲み込み、アイヴィは本題を進める。
「なら、私のお爺様の事は?」
「ソロモンの再来と呼ばれたレリック研究の第一人者、セルゲイ・ブラッドさん。まぁ知ってるのは、魔法史の本に書いてある程度かな」
フィルはそう言いながら、隣の椅子に立て掛けたままのメフィストを撫でた。
ソロモンの事になるとちょっと気が立つメフィストも、先手を打たれ「そこまでガキじゃねーよ」と大人しくしている。
穏やかに笑うフィルと、メフィストの言葉が理解出来ないアイヴィ。
まぁ気にする事でもないだろうと、アイヴィは話を続ける。
「それで充分、なら、お爺様が亡くなったことも知っているわよね」
「十一年前……だったっけ? 強盗の仕業だって聞いたよ」
「ええ。そう言われているわ」
「ん? 違うの?」
アイヴィの言い方に引っ掛かりを覚えたフィルは、首を傾げながら問い返す。
瞳を閉じたアイヴィは首を横に振り、冷めたコーヒーを口にした。
「分からないの。実際にお爺様が管理していたレリックは、全て盗み出されていたのだけれど……ただの盗みにしては不審な点があったのよ」
「へぇ。それでアイヴィちゃんは、盗み以外にも理由があったと思ってるんだね。で、セルゲイさんを殺した犯人を探してて、それが魔女だと疑ってる訳だ」
「疑ってた、かな。貴女を見てると、どうしても魔女が犯人だなんて思えないもの」
自分を見つめるアイヴィの愛らしい顔を見ながら、フィルは『おやっ?』と意外そうに瞳を大きくした。
『ゴブリン討伐の時には『信じていない』と言ってたのに、意外と高評価なんだなぁ』と、フィルの心に小さな嬉しさが湧き上がる。
フィルは、カップを口元へと運び、それを隠した。
苦味で表情を引き締め直し、カップを卓へと戻す。
「それは危うい考え方だよ、アイヴィちゃん。私がとびっきりに格好良くて、頼れる素敵な――」
「そこまで言ってない」
「おっほん。私が比較的善人に見えるからって、魔女自体が正しい存在って証明された訳じゃないんだからさ」
アイヴィは、フィル自身の口から魔女の善性を否定する言葉が出たことに、少々驚いた。
対しフィルは、変化するアイヴィの愛らしき顔を楽し気に眺めている。
「えっと……フィルメイルは魔女側の人間よね?」
「うん。そりゃ魔女見習いですから。けど、まぁ、うん……魔女って私と違って変な人も多いし――」
「えっ? 私と違って?」「何か言ってんぜ」
一人と一杖から同時に飛んだツッコミに、フィルが「うぐっ」と胸を押さえる。
だが次の瞬間には、何事もなかったかのように言葉を続けた。
「過去には人を騙して私腹を肥やしてた人もいるし、力に溺れて暴れ回った人もいる。私って一例だけを見て判断するのは、ふつーに危ないよ」
「へぇ。魔女って一枚岩じゃないんだ」
「残念ながらねぇー。色んな人がいるってことは悪い人もいるってこと。うーむ、純真無垢なアイヴィちゃんが、ちょぉっと心配」
フィルは己の頬に手を当て、心配そうに溜息を吐く。
そのわざとらしい仕草に、アイヴィから冷たい視線が飛んだ。
「貴女に心配されるほど世間知らずじゃないわ。話、戻すわよ」
「おけ。魔女を疑ってた、ってところだね」
「そう。魔女が犯人かは兎も角、お爺様が殺される少し前に、二人組の魔女がブラッド邸に……お爺様の研究室に出入りしてた事が、最近わかったの」
「「最近?」」
『十一年前の事件なのに?』と訝しるフィルとメフィストに対し、すぐにその理由をアイヴィが答えた。
「ええ、最近。お爺様に口止めされていたのを、長年ブラッド家に仕えてくれている執事長が教えてくれたの。私も当時そこに住んでいたのに、何も知らなかったなんて……お笑いよね」
胸元をギュッと掴むアイヴィを見て、フィルはクレア先生から聞いた『鍵』の話を思い出す。だが、今は聞くべき時ではないと、思考を切り替えた。
「子供だったんだから、そんなものだよアイヴィ君。しかし、うーむ……口止めされてたってのも気になるけど、十一年前、王都、二人組の魔女かぁ……」
「ってことはなぁ、相棒……」
「心当たりあるの!」
ガタンッと卓を押さんばかりに食い付くアイヴィへ、フィルは微笑みで感情を隠しながら、ゆっくりと頷いた。
「うん。たぶんそれ『節制の魔女』だよ」
「節制の魔女?」
前のめりであったアイヴィは、冷静さと共に背もたれへと戻りながら、魔女の名を聞き返す。
対しフィルは、親指をグッと立てながら、お道化て笑う。
「YES。男女二人組でしょ? 男性の方がバロック・アークライト。女性の方がパーラ・アークライト。こっちが節制の魔女ご本人」
「どっちもアークライトね。家族?」
「夫婦。基本的に魔女って個人個人で動くんだけど、節制の魔女は夫婦で動いてたから……あっちへふらふら、こっちへふらふら、とさ」
フィルの隠した感情から、棘のある声が漏れ出す。
『節制の魔女』とやらと何かあったのだろうか?
そう感じたアイヴィも、デリカシー的な観点からすれば聞かぬ方が良いことぐらい分かっていた。だが、聞かねば何も分からない。
「何か思う所があるみたいだけど、知り合いなの?」
その当たり前な質問に、フィルは顎に手を当て考え込んでしまう。
「……うーむ、どうだろうねぇ……むかーしむかし、子供の頃に一度会った事があるのを知り合いって言うなら、そうかも。顔も覚えてないし、どんな人って聞かれても、知らなーいってしか言えないけど」
「それ、ほぼ他人じゃない」
「アハハ、ほぼ他人か。そうだね」
普段と変わらぬ明るいフィルを見て、勘と当てが外れたと残念がるアイヴィ。
だがアイヴィは、ふと気づく。
いつの間にかメフィストが、フィルに寄り添うように移動していた事に。
長い杖であるメフィストを撫でるフィルの手は、ゆっくりと優しい。
「まぁそんな訳だから、節制の魔女について聞かれても、私の言葉では何も語れませんなぁ」
「そっか。ん? 私の言葉では?」
「おっ、いいとこ気付くねぇ~アイヴィちゃ~ん。私の師匠が節制の魔女の友達でね、師匠から聞いたことなら話してあげられるよ。シュークリームで口が軽くなった今なら、ベラベラと喋っちゃうよぉ」
ニヤリと笑い、口をパクパクさせてフィルがお道化る。
釣られてアイヴィもクスッと笑う。
「フフッ。ならさっそく、節制の魔女って人殺しをするような人?」
「師匠曰く、必要なら殺す。あの娘ならやる」
「必要って?」
「世界のバランスを壊す存在なら。且つ、言っても分からないならぶっ殺すって感じだったらしいよー。おぉ怖い怖い」
フィルが両手で己が体を抱きしめながら、ぶるぶると震えるふりをする。
冗談めいたフィルと違い、アイヴィの眉間には皺が寄っていた。
「世界のバランスを壊す存在……抽象的ね」
「だねー。けどそれが、節制の魔女が掲げる主義だったみたい。どんなのがそれに該当するのか、友達だった師匠も知らないっぽい」
「謎ね。けどお爺様がその『世界のバランスを壊す存在』だと節制の魔女が思っていたのなら――」
「殺しちゃうかもね」
「ケッケッケッ。確かにこんな食堂で話す内容じゃねぇよな」
メフィストの言葉に促される様に、二人は周囲を見回し……誰も居ないのを確認しホッと息を吐いた。
殺す殺さぬなど、食事を楽しむ場所で話す事ではない。
その位の常識は、二人と一杖にもあった。




