3-3 シュークリーム×少女
フィルとアイヴィ。
卓につく各々の前には、食後のデザートであるシュークリームが一つ、小皿の上に鎮座している。
シュークリームの内側に詰まっている黄色のカスタードクリームが、蓋する上部を押し上げんばかりに自己主張していた。
その横では、コーヒーが香ばしく湯気立つ。
フィルは苦いコーヒーを一口飲み、オムライスの気分からシュークリームの気分に切り替えた。
「ふぅ……ところで、アイヴィちゃん。シュークリームは生クリーム派? それともカスタード派?」
「カスタード派」
「いぇーい、なかーま」
対面へ伸ばしたフィルの手に、アイヴィの手が重なる。
そして二人は、同時にシュークリームの蓋部分を手で一口大に千切り、溢れるカスタードを掬い、口へと運んだ。
ふんわり生地が歯を喜ばせ、甘いカスタードが広げる卵のコクが舌を喜ばせる。同時に放たれた喜び満ちた高い声が、二人の感想を雄弁に語っていた。
自然と二人は視線を合わせ、互いに笑顔を浮かべ合う。
フィルは『にへら』と子供っぽく。アイヴィは『フフン』と大人ぶって。
「えへへ。やっぱり食後のデザートは最高ですにゃぁ。カスタードさいこぉ」
「お気に召してなにより……けど今、王都では生クリーム派が主流なの」
「へぇ。こんなに美味しいのに」
そう言ってフィルは、手に残った蓋部分でカスタードを直接掬い、そのままポイッと口へ放る。
対しアイヴィは、千切った蓋部分にフォークでカスタードを運び、それを上品に口元へと運んでいた。
「全くだわ。けど、いずれ魔都も飲み込まれるわ……流行という名の無粋な波に」
「なん……だとぉ。いや、その時は私が魔女の力でなんとかして進ぜよう」
「えっ! そんなことまで出来るの?」
ガタンと両手を卓に付け、前のめりに食い付くアイヴィ。薄っすらと見えた上品さは何処へやら。
予想外の食い付きに、フィルは申し訳なさそうに真実を告げた。
「ごめん冗談。流石に無理無理」
「まぁ、そうよね」
アイヴィは背を椅子へ戻すと、一つ息を吐き、言葉を続けた。
「けどフィルメイル。私、魔女の事まだ何も分からないけど、貴女を見ていると、もしかして出来ちゃうんじゃないかって、そんな気がしてしまうもの。魔女ってみんな貴女みたいなの?」
「んな訳ねぇよ、嬢ちゃん。相棒がちぃっとばかし変わってるだけだぜ。他の魔女ときたら――」
「メフィちゃん。メッ。口軽い」
『メッ』と共にぺちっと叩くフィルに、杖メフィストは「おっと、すまねぇ」と軽く返した。
そのじゃれ合いに、アイヴィもクスッと笑みを零す。
シュークリーム下部を素手で掴み口へと運ぶフィルと、フォークで端から切り崩すアイヴィ。
空洞にぎっしり詰まったカスタードに『これがいいのさ』と喜ぶフィルと、逆に『多いわね』と胃を押さえるアイヴィ。
だが、どちらも甘味を口にすれば、頬が緩むのは同じ。
お互い口が空になったタイミングを計り、二人はお喋りを続ける。
「やっぱり魔女の話って、秘密にしなきゃいけないのね」
「んー、別にそんなことないよ。でもなぁ、ただで教える事でもないんだよねぇ……フッフッフッ、私の口を軽くしたければシュークリーム一つでは足りんのだよ、アイヴィ君」
口調を変えてお道化るフィルに対し、アイヴィは四角い箱へ手を置いた。
「あと二つあるけど」
「うぐっ。これがあと二つ。はむっ…………嗚呼、美味しい。いやいや、お菓子では魔女の矜持は揺るがない!」
「手ぇ伸びてんぞ、相棒」
「目もね」
シュークリームの入った箱に伸びていた左手をサッと戻し、その手でカップの取っ手を掴んだ。同時に視線も琥珀色のコーヒーへと移す。
「うーん、良い香り」
「ねぇ、メフィスト。フィルメイルって結構お馬――」
「それは言わねぇお約束だぜ」
「もう半分言っちゃってるよ。全部言ったも同然だよ。はい、今ので口が重くなりました。魔女については喋りませーん」
「別にいいわよ」
フィルに合わせてコーヒーを飲んだアイヴィは、素っ気なくそう言った。
予想とは違う反応に、フィルが首を傾げる。
「おやおやぁ? あっさり。てっきりお礼にかこつけて、魔女のことを探りに来たものとばかり」
「私、そんな恥知らずじゃないわよ」
「うん、知ってる。でも聞きたくなーい?」
「いいえ」
シュークリームの切り崩しへ戻ったアイヴィを見て、フィルの目が「ふーん」と細くなる。
「魔女について知りたい事なんて無いんだぁ」
「そうよ」
「フフッ、嘘が下手。まぁそこも可愛いんだけど」
「ケッケッケッ、顔に出てるぜ」
確かにアイヴィの視線は、フィルからもシュークリームからも離れ、横へ横へと逸れていた。だが、表面上はそれだけだ。
別段、アイヴィの顔に嘘が滲み出ている訳では無い。
ただ、フィルが自信満々に見抜いたふりをしているだけであり、メフィストはフィルに同調したに過ぎない。
そんな事を知らぬアイヴィは、両手をあげ早々に降参した。
自分の表情など、自分では分からぬものである。
「あーもう。何でもお見通しって訳ね」
「それなら苦労しないんだけどねぇ……さとて、話すのはやぶさかではないのじゃが、先程も口にした通り、ただでは話せんのじゃよ」
「代わりの何かを寄越せってことね……けど、何を渡せば良いかなんて見当つかないし、貴女に私の手伝いなんて必要ないわよね……払えるものなんて、お金くらいしかないわよ」
「それはそれで魅力的。けど、今はそんなんじゃないんだなぁ」
「じゃあ、なに?」
手を止めたアイヴィは、フィルを真っ直ぐ見つめ、問う。
真剣な眼差しを受けながらも、フィルは悠々と右手のシュークリームを全て味わい尽くした。そしてゆっくりと言葉を返す。
「何で魔女の事について知りたいのか? 要するに、アイヴィちゃんの思惑が聞きたいってこと。正直に、ねっ」
「え? そんなこと? 私の支払いが安すぎて釣り合わないわよ」
「それを決めるのは、わ・た・し。ねー、メフィちゃん」
「だな、相棒。主導権はこっちにあるんだぜ。ケッケッケッ」
相棒に適当に合わせるメフィストと、更にそれに合わせ、わざとらしく肩を揺らし「フッフッフッ……」と笑うフィル。
「これで交渉次第では、残り二つのシュークリームも私の手の中に」
「腹の中の間違いだろ、相棒」
「そうとも言う」
「お礼で持って来たんだから、元から貴女のものよ、フィルメイル」
「おっ! そうだった」
テヘッとお道化るフィルを見ながら、アイヴィはフィルに遅れて最後のひと口を口に運んだ。
ゆっくりと咀嚼しながら、アイヴィは考える。
冗談交じりではあれ、なぜフィルが無関係な自分に魔女の話をしてくれるのか……確かに聞き出すつもりではあったが……フィルの考えが分からない。
アイヴィは、まとまらない考えを美味しさと共にゴクリと飲み込んだ。
目の前の彼女に委ねる方が、きっと良い、と。
「話すわ。私がなぜ魔女について知りたいのか」
『だよね』と言わんばかりに微笑むフィルへ、アイヴィは眼差し強く話し始めた。




