3-2 少女の来訪と巨大オムライス
巨大オムライスと戦うフィルが、その三分の一(約二人前)程を食べた頃、受付から少女の高い声が響いた。
「フィルさーん。お客様ですよ」
「ん?」
フィルは、食事に没頭するあまり、それがギルド職員の少女ララの声だと一瞬気が付かなかった。
オムライスを頬張りながら『誰だろう? コルちゃんなら直接乗り込んで来るはず』と、受付へ視線を向ける。
フィルの視界に、やや小柄な少女アイヴィの姿が映る。
明るく短めな髪も、お目目パッチリな愛らしい小顔も変わらぬのだが、今日のアイヴィは仕事時の服装ではなかった。
そのスレンダーな体を包むのは、白と黒を基調とした動き易いパンツスタイルである。
腰に巻いた革ベルトと左腰の魔法の銃が、全体像から浮いて見えた。
だが、なによりフィルが『おや?』と思ったのは、右手に持つ取っ手の付いた四角い箱であった。箱が魔法の道具である事は確かなのだが、フィルにはそれが何か分からない。
フィルは、その正体を見て調べるよりも、食べることを優先した。
アイヴィが近づくのにも構わず、フィルはフォークと顎を動かし続ける。
「こんにちはフィルメイル。食事中にごめ……ん? 私、いま急に目が悪くなったみたい……」
アイヴィの視線が、フィルと巨大オムライス、その二つの間を何度も往復する。
そしてアイヴィは、目の前の現実から目を背け、目頭を押さえた。
だが、オムライスが巨大に見えるのは決して幻ではなく、そして眼精疲労の所為でもないので、目を背けても現実が変わってくれることはない。
「お使いの目ん玉は正常だぜ、嬢ちゃん」
「……ふぅ。こんちはアイヴィちゃん。食べながらでいい?」
「ええ、勿論……やっぱりそれ、大きくない?」
フィルの左手が促すままに、彼女の正面にアイヴィが腰を下ろした。
その間もアイヴィは、現在進行形でフィルが食べ続けている巨大オムライスへ、疑いの眼差しを向けていた。
その様子に、メフィストがケタケタと笑い始める。
「見たまんまだぜ。ちなみにこれは、相棒専用の特製オムライスだから、頼んでも出てこねぇから注意な」
「そっ、そう。残念ね」
「…………アイヴィちゃんも食べる? おばちゃーん! こちらのお客さ――」
「わぁぁあああ。ストップストップ。わ、わ、私、もう食べてきたから」
「なーんだ。残念」
そう明るく言い放ち、フィルは付け合わせのブロッコリーを口へ放り込んだ。そして、再びオムライスとの戦いに集中し始める。
対し、九死に一生を得たアイヴィは、自分が食べる想像をして「うえっぷ」と口元を押さえていた。そして卓の上に置いた四角い箱を見ながら、ボソッと呟く。
「これ持って来たの失敗だったかも……」
もぐもぐしながら小首を傾げるフィルに代わり、メフィストが質問する。
「その箱がレリックなのは分かるけどよぉ。その反応、もしかして食い物でも入ってんのかぁ?」
「ええ。これ、中の物を冷やす氷箱。この間のお礼にデザート持って来たんだけど、はぁ……タイミング悪かったわ。まさか大食いチャレンジしてるなんて」
「大食い? ハッハッハッ、大丈夫だぜ。相棒にとっては普通の昼食だからな」
「ええぇ……」
笑うメフィスト。そして食べながら『デザート? いける!』と親指を立てるフィル。
両者を見つめるアイヴィは、ただただ目の前の大食漢にドン引きしていた。
「しっかし嬢ちゃん。ちゃんと礼を持って来るなんて、結構義理堅いじゃねーか。俺様、そういう奴、好きだぜ」
「んー、一応メフィストの分も買って来たけど……食べられないわよね」
「俺様杖だしな。まっ、俺様の代わりに相棒と一緒に食ってくれよ。つーか、杖にデザート買って来るなんて、嬢ちゃんも相当な変わりもんだな」
言葉だけでなく、その弾む声からもメフィストが上機嫌なことが窺える。
食事中のフィルもそれが嬉しく、顎を動かしながら目元を緩めていた。
そんな二人に釣られ、アイヴィも笑ってしまう。
「フフッ、仲良しね。あの時もこの前も、フィルメイルだけじゃなくてメフィストにも世話になったから、お礼は二人に……本当はデザートじゃなくて、他のお礼を考えていたのよ」
「へぇ、何だったんだ?」
「いや……ここ数日、ずっと何にするか考えてたの。けど……」
「けど?」
メフィストの声に合わせ、フィルがオムライスをもぐもぐしながら目で問う。
その視線に「うっ」と狼狽えたアイヴィが『けど』の続きを吐き捨てた。
「何も思いつかなかったのよ! で、人生思い返してみたら――」
「人生とはデカく出たな」
「私、お爺様以外の人にお礼の品をなんて、一度も贈ったことなかったの……」
「あぁ……今、人として悲しい告白を聞いた気がするぜ」
「御嬢さん。若い頃はそんなものよ」
コーヒーとミルクと砂糖を持って来たヨハンナが、そう柔らかに告げ、それらをアイヴィの前に置いた。
ヨハンナの言葉に、フィルも食べながら頷いている。
「ごゆっくり」
「ありがとうございます」
アイヴィは、去るヨハンナの背に礼を返し、コーヒーへ角砂糖を一つ二つ三つと投入し、ミルクもドバッと入れ始めた。
『アイヴィちゃんもララちゃんスタイルだなぁ』と、スープを飲むフィル。その耳に、続きを話すアイヴィの声が届く。
「で、フィルメイルなら、この前クレープを美味しそうに食べていたし、シュークリームなら喜ぶかな、と……無難な選択よね」
「……そんなことないよ。むしろナイスチョイス。満点あげちゃおう。あとで一緒に食べよっ、ねっ。だからもうちょっとだけ待ってて」
「ゆっくりでいいわよ。その方が美味しいでしょ。どっちも」
刻々と頷くフィルの姿に、アイヴィは『意外と子供っぽいわよね』と、前にお婆ちゃんを想起した時とは真反対な感想を抱いていた。
アイヴィから伸びる生暖かい視線を受けながら、フィルは黙々と食べ続け、食べ続け……目の前の大きな皿の上が綺麗さっぱりと無くなった。
そう。全て、フィルの腹の中へと。
「ごちそうさまでした。う~ん、美味しかった」
完食したフィルの顔には、満足が浮かび上がっていた。




