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流星の魔女  作者: ごこち 一
第二話「魔女見習いの日常」

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20/42

2-10 たとえ信じてなくても


 森からポルナの町へと向かう帰路。

 まだ夕日にもならぬ太陽の下を、二人と一杖が飛んでいた。


 完全に落ち着きを取り戻したアイヴィは、空の旅を堪能していた。


 眼下に広がる草原、遠くに見える山々の緑、広がる青い空、普段より近く聞こえる鳥たちの鳴き声……普段感じぬ心地良さに、アイヴィの愛らしい顔が緩む。

 飛ぶ速度に見合わぬ穏やかな風が、アイヴィの体を優しく撫でる。


『嗚呼……このままずっと、ずーっと飛んでいたい』


 ぼやぁーと遠くの空を眺めていたアイヴィは、ハッと我に返った。


「ってそうじゃない。まだ聞きたい事があったの」

「んー? 私のスリーサイズ? 上から九十――」

「違うわよ」


「あーあ。もう二度と聞けなくなっちゃった。アイヴィちゃんは、私のスリーサイズをずっーと知らないまま一生を過ごすことに……」

「別にいいわよ」

「だよねー。アハハ」「ケッケッケッ」


 笑う一人と一杖に、アイヴィの口から大きなため息が(こぼ)れた。

 先程までの穏やかな空の旅は、何処(いずこ)へ……。


「で? アイヴィちゃんの聞きたいことってなぁに? 地獄の穴?」

「そうそう。今回は偶然見つけたみたいだけど、地獄の穴ってそんなに見つかるものなの?」


「本来はそんなにポコポコ見つかるものじゃないよぉ。そんなにあったら『うわっなんかここ気持ち悪っ』ってみんなも気付いてるって」


 その例え話にアイヴィは『私は分からなかったけど』と心で(つぶや)きながら、続くフィルの話に耳を(かたむ)けた。


「まぁ大抵自然の中にあるから、万が一『気持ち悪っ』ってなっても、そんなものとしてスルーされちゃうんだよね。そもそも昔は見つかっても王国内に年三個とかだったんだけど……ここ六、七年はポコポコ見つかって困ってるんだよねぇ。聞きたい事って、ここでしょ? 狩人さん」


「フィルメイルも知ってたんだ。魔物の異常発生」

「うん、そりゃね。あっちもこっちも魔物ばっかり。当然狩人が知りたい事っていえば、これだよね……でもざーんねん。因果関係は分かってないんだよなぁ、これが」


 隣で肩を(すく)めるフィルを見て、アイヴィは疑問に思う。

 アイヴィは、その疑問を内に留めておける少女ではなかった。


「フィルメイルは信じているんじゃないの? 地獄の穴が魔物の発生に関わっているって」

「信じてるよ。アイヴィちゃんと違って、ねっ」

「うっ……だっていきなり見えない穴がどうとか魔素がどうとか言われても……」


 狼狽(うろた)えながらそっぽを向いてしまったアイヴィを、フィルは陽気に笑い飛ばす。


「アハハハハ。それが普通だよ。気にしなーい気にしなーい。それに地獄の穴を放置したら危険なことと、それが近年の魔物の異常発生に関わっているかどうかは、全く別の話」

「あっ、それもそうね」


「と言うか、その話って昨今の魔女界隈でも意見が分かれててね。穴が発生してるから魔物が多いのか、魔物が多いから穴が出来るのか……魔物や地獄の穴の発生原因が分かってないから、結局どっちも憶測なのさぁ。研究も進んでなぁいし」


『魔女界隈って何よ……』と気後れすると共に、アイヴィの頭の中には『???(クエスチョンマーク)』が増え続けていた。

 その中でも一番の疑問を、フィルへ突き付ける。


「ごめん。そもそもの話なんだけど、何でそんな大事な話をみんな知らないの? もしかしてこれ……魔女の秘密?」

「秘密なら教えないってば」


「ならどうして? みんなに教えれば研究だって進むし、王都の学院で発表すれば名声だって得られる。だって魔物の発生原因の追究よ。地獄の穴を塞ぐのだって国からお金が――「フフフッ」――私、そんなに可笑しいこと言った?」


 自分の言葉を遮るフィルの笑い声に、アイヴィは大きな目をジトリと細めた。

 対しフィルは、(とが)める視線を変わらぬ笑みで受け止める。


「ごめんごめん。アイヴィちゃんが純粋で可愛いなぁって……ぜーんぶ私の嘘かもしれないのに」

「本当なんでしょ」


「うん。けど、見えもしない、知りもしない、分かりもしない……そんなことを信じる人なんていないよ……ん-、そーだなぁ……信じてもらえないついでに、一つ魔女の昔話をして進ぜよう。話のあてにクッキーはいかが?」


 フィルはそう言うと、鞄から取り出した小さな袋をアイヴィへ手渡した。

 アイヴィが袋の口を開くと、中から香ばしい匂いが空へと広がった。


「いい匂い。ありがとう」

(こぼ)すんじゃねーぞ」

「ではメフィちゃん、アイヴィちゃん、ご清聴を……昔々、この王国には一人の魔女がいました。彼女は魔物に苦しむ人々を助けたいと願い、日夜魔物たちと戦い続けていました。終わらぬ戦いの中、ふと魔女は『どうやって魔物は生まれているのだろうか?』そんな魔物が現れるという当たり前の現象に疑問を抱いたのです」


『そういえば何故(なぜ)だろう』とアイヴィは疑問を抱くが、さしものアイヴィでも人の話の最中に自分の疑問をぶつける事を良しとはしなかった。

 代わりにアイヴィは、つまむクッキーで己の口を塞ぐ。


 フィルはそんなアイヴィを(ほが)らかに笑い、遠くの空へと視線を移した。


「百の魔法を手に数多(あまた)の戦場に立ち、千の魔物たちを(ほふ)り続けた魔女は、ある時、一つのことに気が付きました。大量の魔物が出現したあの場所にも、強大な魔物が現れたあの場所にも、魔素が濃く溜まっている場所があると。その目には見えぬ魔素溜まり。そこに流れる魔素をつぶさに観察した魔女は、あたかも魔素が地から湧き上がって来るかのように感じ、それを『地獄の穴』と名付けたのです」


『さっき聞いたのってこれのことなんだ……クッキー美味(おい)しい』という言葉は、ガジガジとクッキーを(かじ)る動きに阻害され、アイヴィの口から出ることはない。


「そして、来る日も来る日も人の立ち入らぬ自然の奥地へと通い続けた魔女は、地獄の穴の周辺では、再び強大な魔物が現れ、再び多くの魔物が生まれた事を知ったのです。さて問題が見つかれば解決を試みる。そう。魔女の研究は終わりません。穴をどうにかしようと考えたのです。この草はどうだ? この鉱石は? この魔法では? 長い長い時間を掛けた思考錯誤の結果、それは実を結び、ついに魔女は地獄の穴を浄化する特製の薬を作り上げたのです」


 フィルは遠くの空を眺めながら、右手に持つガラス瓶を振り、聞き手であるアイヴィへ示す。これが、そうであると。


 透明な瓶の中で、青い液体が揺れていた。

 アイヴィの相槌を待つことなく、フィルは話を続ける。


「それを振りかけるとあら不思議。地獄の穴に溜まっていた魔素が辺りに溶け込んでいくではないですか。魔女は成功に喜び、王国各地を旅しながら次々と地獄の穴を消してまわったのでした。かくして長い間王国を悩ませていた魔物の発生は落ち着きを見せ始め、人々は小さな平和を得たのです」


 小さな平和。

 その言葉に不穏な空気を感じながらも、アイヴィは『良かった良かった』と頷きながら、安心して袋へ手を入れた。


 当然、フィルの話はここで終わらず、彼女は変わらぬ口調で続きを語る。


「ですが、穴は依然として生まれ続けていたのです。ゆえに魔女は『なぜ地獄の穴が生まれるのか?』その謎を解き明かすため諦めず研究を続け、薬を用いた穴への対策も続けました。しかし困ったことにその薬は、とても高価な材料を用いなければならないものだったのです。お金に困った魔女は、自らの研究結果を公表し、人々に資金援助を求めました……」


『自分でもそうする。独りで抱え込む必要はないんだから』

 そんな事を思いながら、アイヴィはフィルの横顔へ微笑(ほほえ)みを送る。

 クッキーを頬張りながら。


 フィルの語りが止まり、ほんの(わず)かな沈黙が二人と一杖の間に流れる。

 クッキーを飲み込み『どうしたの?』と問おうとしたアイヴィの耳に、話の続きが聞こえ始めた。沈黙の理由を結末に乗せながら。


「そして魔女は詐欺師と呼ばれ、絞首刑になりましたとさ。おしまい……ご清聴ありがとうございましたぁ」

「ひでぇ結末だなぁ、おい」「えっ……えぇぇぇぇ……ただのお話、よね?」


 同時に響く、(あき)れかえったメフィストの声と混乱気味なアイヴィの声。

 突然の結末に唖然としたアイヴィの目と、遠くの空から視線を戻したフィルの目が、互いを見つめ合う。


 フィルは『やっぱりこういう顔も可愛いなぁ』と緩みそうな顔を(こら)えながら、彼女の質問に正直に答えることにした。 


「少なくとも魔女の中では実在していたと言われている人の話だよ。彼女の残した研究資料も残ってるし。たしか処刑されたのが……ファザム新暦1296年だったかな? もう二百年以上前の人だねぇ」


「もしかして研究が進んでないのって……」

「禁忌とかそういうのじゃないよ。ただそんな精力的で献身的な天才を国が処刑しちゃったから、ねぇ……まぁ、その後もお弟子さんが頑張ったお陰で、見習いな私でも作れる安価な薬のレシピが今でも残ってるって考えると……うん。昔の人、偉い! 超偉い!」


 明るく話すフィルとは対照的に、アイヴィはちょっとしょんぼりしていた。手で()まむクッキーを口に運びもしない。

 フィルはそのクッキーを横から強奪し、己の口に放り込んだ。


「……んん~、美味(おい)しい。さて、これでちょっとは伝わったかなぁ? 皆に教えてもそもそも信じて貰えないし、魔女に名声なんて与えられない。穴を消すのにお金は要るのに、誰かから報酬がもらえる訳でもない。悲しいかなそういうものなの」


「そうかも」

「第一、私みたいなひよっこ魔女見習いがいきなり現れて『世界を守ってるから金をよこせ』なーんて言ってもそれ、詐欺師ですらないただの強請(ゆす)(たか)りだよ……てなわけで、本日のタダ働きでしたぁぁ。まーる」


 楽し気に『タダ働き』と語るフィルを見て、その内心は全く違うのだろうとアイヴィは感じ、顔を渋く(ひそ)めてしまう。

 その渋い顔に似た声が、少女の(のど)から絞り出された。


「……魔女も大変なのね」

「ギルドの仕事と違って、魔女のお仕事は修行ついでに好きでやってるだけだし、別にいいけどねー」


「ねぇフィルメイル。正直私、貴女(あなた)の言ってることも、そして魔女のこともそんなに信じてないの……けど、これだけは言わせて」

「んにゅ?」


 酷い物言いと共に、アイヴィが真剣な眼差しで隣のフィルを見上げる。

 対しフィルは、真剣さとは真逆のゆるい顔で彼女の言葉を待った。


「お仕事お疲れ様、一緒に来てくれてありがとう」


 そんな在り来たりな言葉に合わせ、アイヴィの目と口がゆったりと曲がった。

 その柔らかな笑みは、愛らしき顔を輝かせ、フィルを薄っすらと照らす。


 (まぶ)しくて、眩しくて、フィルは目を細めてしまったものの、彼女はその笑顔から視線を逸らす事が出来なかった。

 何も言わぬフィルへ、アイヴィが言葉を続ける。


「たとえ信じてなくても、これぐらいは言っても良いよね。変わり者の魔女さん」

「うん。どーいたしまして」


 普段と変わらぬ明るい声を返し、フィルは進行方向へと顔をそむけた。

 青い空に響く相棒の笑い声が、フィルの心を表していたのかもしれない。

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