1-2 少女を追って
魔都西部から感じた魔法の気配を追い、フィルとメフィストが飛ぶ。
空から見る魔都には未だ異常は見受けられない。だがフィルは確信をもってトラブルの元へと一直線に向かう。
しかし、邪魔するもののない空であれ、広い魔都の移動には時間が掛かる。その間にも、問題の攻撃的な魔力の異常は西方端から中央へと向かっていた。
近付くにつれ、フィルは暗い裏路地に走る風の魔法を感じ取る。
路地裏に響く破壊音は、喧騒に隠れ、町ゆく人々の耳には届かない。
「風の槍か。危ないなぁ。風よ、響き渡れ」
フィルは呪文に合わせ、右手を一つ二つと振る。すると、右腕に収まる赤の腕輪が輝き、フィルの右手に緑色の光の玉が生まれた。
フィルが「ほいっと」上方に投げた光の玉は、魔都上空にて破裂する。
魔法を使いながらも急行していたフィルの目が、暗い裏路地の中を逃げる少女の姿と、それを追う黒いフードを目深に被った二つの影を捉えた。
空中にて静止したフィルは、その場から警告を放つ。
「あーあー。こちらギルド『銀水晶』のフィルメイル! そこの怪しい魔法使い! 危ない魔法をぶっ放すのを止めて大人しく投降しなさーい!」
拡声の魔法に乗って届くフィルの声に反応を示したのは、二つ。
慣れた様子で「逃げるんだよぉー」と叫び散る群衆と、路地にて立ち止まった狼藉者二人による魔力の行使であった。
高まる炎と風の魔力を見て取りながらも、フィルは特に動かない。
「あちゃぁ。あれ、やる気だねぇ」
「止めねぇのか?」
「狙いはこっちだから、だいじょーぶ」
フィルの言葉通り、上方へと放たれる二種の魔法。
緑色で細長い円錐型のウインドスピア。そして暗い路地を照らす火球ファイヤ―ボール。
次々と地上より飛ぶ魔法が、魔都の空を彩る。
だが、ゆらりゆらりと宙を舞うフィル達にとっては、夜空を裂くウインドスピアも爆発するファイヤーボールも意味を成さない。
止まぬ攻撃を眺めながら、フィルは魔法使いの実力を計る。
魔法の練度は低いが、放つ数は多い……恐らく実践派の魔法使いであろうと。
フィルは己が相棒に回避を任せながら、ゆったりと口を開いた。
「しかし町中で火の魔法とは宜しくないですなぁ……メフィちゃん、いくよ」
「あいよ、相棒」
言葉と共に上昇し、魔法を放つフードの人影から距離を取るフィル達。
それを追う風の槍と火球。
迫る攻撃魔法を意にも介さず、フィルは右手を小さく振る。
「風よ、守り給え。それじゃぁ、とっつげきー」
空中でくるりと弧を描き反転したフィルとメフィストは、飛ぶ勢いそのままに地上へ向け突撃を開始した。
空へ迫る火球と地へ迫るフィルとメフィスト。
相対速度が上がろうとも器用に躱すフィル達に、魔法は一片すら掠りもしない。
フィル達の前方に展開された風の障壁が意味をなしたのは、フィルが空中で杖から飛び降り、メフィストと離れた後の事であった。
飛翔の加速を乗せ、斜めに落下するフィル。
その落下地点には火の魔法を放つ狼藉者が一人。
「げほぉぉおぉ」
勢いよく魔法の障壁に跳ねられた黒いフードの男は、情けない声を上げながら吹き飛び、二度ほど地面を跳ね、その意識を失った。
仲間の行方を目で追ったもう一人の黒いフードの男に責はない。
だが、咎は既に目の前に迫っていた。
滑るように地面に着地したフィルが、素早く男の懐に飛び込んでいたのだ。
「そいっ」
軽快な声と共に放たれた掌底。
地から天へと向かう一撃は顎を打ち抜き、いとも簡単に男の意識を刈り取る。
倒れる男をにわかに掴み、地面へ横たえるフィル。
「ふぅ。この手に限る――げっ!」
フィルが不快を口から漏らしたのも無理はない。
周囲を見回したフィルの視線の先、突撃にて吹き飛ばされたまま動かぬローブの男、その更に奥から黒いフードを被った四人組が現れたからである。
暗む路地の中、即座に身を翻し、フィルが跳ぶ。
空中へ跳んだフィルの体に寄り添うようにメフィストが飛んで現れ、自然と横から杖に座る形で飛行体勢へと移った。
後方より放たれる風の槍を避けながら、フィル達は路地を縫うように飛び、先に逃げた少女を追う。
「追手の数が分からないなら、人命優先」
「だな。飛ばすぜ」
追手との距離が離れ、後方から魔法が飛ばなくなった後も、フィル達は位置を悟られぬよう上空には飛び上がらず、低空を飛び、暗い路地を駆ける。
相棒たる杖メフィストに逃走を任せながら、フィルは先程までの少女とローブの男達との追走劇を思い出し、少女の現在地を予測していた。
言葉にせずとも予測地点へ向かっているメフィストの優秀さに、騒動のさなかに似合わぬ笑みを浮かべ、フィルは杖を撫でる。
前方に見える少女の背が、二人の考えの正しさを証明していた。
走る姿からも分かる、やや小さめの体。
暗い中でも明るさを感じる短い髪。
なめし革で所々を補強された洋装。
高級そうでありながらも、よく使い込まれた靴。
そして腰に携えたフィルの知識にない武器……恐らく魔法の道具。
只の少女じゃない事を感じ取ったフィルは『思ったよりやっかいな事件かも』と心の中で苦笑しながらも、すぅーと少女を抜き去り、少女の前方で止まるメフィストの動きに同調した。
驚き立ち止まった少女へ向け、フィルは笑みを作りながら陽気に声を掛ける。
「はぁーい、お嬢さん。どちらまで?」
突然現れたフィルに対し、少女は腰の武器に手を当てあからさまに警戒する。
だが、フィルの声に聞き覚えがあった少女は睨む目を弛緩させ、腰の武器から手を放した。
「あなたさっきの声の……えっと。フィルメイル……であってる?」
「せいかい! ご褒美は飛行送迎でどう? お安くしとくよぉ」
「駄目! 巻き込まれる前に逃げて」
「ざーんねん、もう絶賛巻き込まれ中ぅ。二人倒したら四人に増えちゃった」
杖に乗ったまま「テヘッ」とお道化るフィル。
一方、少女の方はクリッと大きな目を苦々しく細め、愚痴を吐き出した。
「チッ。そんな人数……魔都に来るのは読まれてたって訳ね……」
「呑気な嬢ちゃんだな。追手が来てんの忘れんなよ」
「子供? 誰!」
少女からすれば突然に思えるメフィストの声に、少女は周囲を見回す。
が、彼女の目には暗い路地と、浮かぶ長い杖に腰掛けたとんがり帽の女性の姿しか見えない。
対し、フィルは慣れた様子で「気にしない気にしない」と宥めながら、長い杖の先端方向へと滑るように体をずらした。
「で? 乗る? 乗らない?」
少女へ左手を差し伸べるフィル。
その救いを取ろうと進む少女の手は、これ以上自分の問題に関わらせるべきか否か、その逡巡を表すように途中で止まってしまう。
その止まる手を、迷う瞳を見たフィルの目と口は、嬉しそうに歪んでいた。
途中で止まった少女の手を、フィルの左手がグイッと掴む。
「はい時間切れー。風よ」
「ちょっ、ちょっと待って」
引っ張り上げる手と巻き上げる風の力が少女を持ち上げ、フィルの隣へと誘う。
風に操られる少女のやや小柄な体は、あたかもそこが定位置であるかのようにフィルの横、すなわち長い杖の後方に納まった。
「待ったなーいよ。しっかり掴まってて、ねっ」
「飛びながら言わないでぇぇぇ」
少女の驚きも抗議も待たず急加速したメフィストが、二人を乗せ路地を飛ぶ。
飛ぶ事に慣れぬ少女は、品のある顔を強張らせながらも己が体をフィルに寄せ、助言通りにぎゅっと掴んだ。




