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流星の魔女  作者: ごこち 一
第二話「魔女見習いの日常」

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2-9 おいしくない魔女のお仕事


 戻って来たフィルは、清々しい笑顔を浮かべていた。


「チョコ君とバナナ君がお亡くなりになりました」

「そういう報告はいいから……ここにある地獄の穴をどうにかしに来たんでしょ」


 何も無い空間を指さすアイヴィに「こっち」と隣の正しい位置を指さすフィル。

 フィルに合わせて指をすぃーと動かすアイヴィを見て、フィルが一つ(うなず)く。


「そう。まぁ片付けるのはそう難しくないから、任せて任せて」


 そう言うとフィルは(かばん)に手を入れ、一本のガラス瓶を取り出した。


「ちゃっちゃらーん。魔女の秘薬ぅ」


 ふざけるフィルを、メフィストは遥か昔を思い出し「ケッケッケッ」と笑う。

 独りアイヴィは、冷たい視線をフィルへ送っていた。


「で?」

「まぁまぁ、効果は本物だよ。ちょっと待ってって、ねっ」


 フィルはガラス瓶の栓をスッと抜くと、中の青い液体をゆっくり(こぼ)しながら、円を描く様に歩き始めた。瓶の中の液体がなくなるまで歩き、歩き――


「はい。おーわりっ」

「おう、お疲れさん」

「本当におわり? もう消えたの?」


 ふわふわと身を寄せ、フィルを労うメフィスト。

 だがアイヴィにとっては、フィルが何も無い場所に謎の液体を()いていただけにしか見えていない。


 地を濡らしたはずの液体すら、もう消えてしまっていた。

 疑念が顔に出ているアイヴィに対し、フィルは大真面目に大きく頷く。


「うん。消えたよ。まぁどんよりしてる所を浄化して、残りは辺りに散らしただけなんだけど」

「それだけでいいの?」


「アイヴィちゃんもご存じの通り、魔素自体はそこら中に満ち溢れてるからねぇ。一カ所にギュって集まらないなら、そこまで問題じゃないのさぁ」

「もしも集まったら?」

「質問が多いねぇアイヴィ君。勉強熱心で先生とっても嬉しいよ。うんうん」

 

 フィルは、ガラス瓶と入れ替える形で鞄からサッとハンカチを取り出し、流れてもいない涙を拭き始めた。

 そして、チラッ、チラッとアイヴィへ視線を送る。何かを催促するように。


「呼ばないわよ」

「先生が駄目なら、お姉ちゃんでも――」

「呼ばないわよ。同い年」

「ちぇー。ちなみにアイヴィちゃんは、今の質問の答えをもう知ってたりする」


 アイヴィは「ふふふ」と見つめるフィルの視線から、別に疑問をはぐらかす為にそう言っている訳では無いと感じ取り、思考を巡らせる。


 考えるまでもなく、一つの答えが浮かび上がった。


「それってゴブリンの死体と同じってこと、よね」

「正解! ご褒美として特別に先せ――」

「しつこい」「くどいぜ、相棒」


 一人と一杖の同時ツッコミに、フィルは「ちっ、失敗か」と露骨に舌打ちする。

 だが彼女はすぐに気を取り直し、笑顔で説明へと戻った。


「おっほん。魔物の死体を放置したら危ないのは先に説明した通りであるが、これは『あまり放置しないようにしましょう』という努力目標に過ぎんのです。ですが地獄の穴は違う。程度が違う。えー、放置すれば町一つ容易く滅びてしまう程の魔物が出現すると、過去の魔女論文にも書かれておりまして、地獄の穴は見つけ次第処置が必要なほど危険なものなのです……わかった?」


「魔女論文が何かは知らないけど、危ないものってのは理解したわ」

「うん。それだけでじゅーぶん。他に質問はないかね? 生徒アイヴィ君」


 賢ぶって生えていない顎髭(あごひげ)を撫でるフィルへ、アイヴィは酷く嫌そうな顔を向けながら、首を横に振った。


「聞きたい事は色々あるけど、今はいい。それより拠点も壊すんでしょ。急がないと日が暮れるわ……あぁ、あの斧、拾っておけばよかった」

「ん? 斧? あー、私が全部ぶっ壊しちゃうから気にしなくていいよー」


「魔法で?」

「そう。実はもう準備出来てるんだぁ。土の(アース)(ウォール)


 フィルの呪文と共に、拠点の周囲で土が(うごめ)き始めた。

 ゴゴゴゴゴと音を立てながら盛り上がる土は、拠点を覆っていた木の柵を破壊し、そのまま上へ上へと育ち続ける。


 周囲の木々を破壊しないように形を変えながら伸びる土の壁は、木々よりも高い位置にて成長を止め、完成した。


 ゴブリンの拠点は四方を完全に覆う土の壁の所為(せい)で、粗雑な木の柵など比べ物にならないほど強固な拠点と化してしまった。


「いつの間に……こんな規模で魔法使って大丈夫なの?」

「ゆっくり柔らかだから問題なーし。戦闘中みたいにちょっ(ぱや)バリ(かた)で作ると大変なんだけどねぇ。メフィちゃん」

「おうよ。ほれ、嬢ちゃんも乗りな」


 座って乗りやすい位置で地面と平行になった杖メフィストが、アイヴィへ着座を促す。フィルはと言うと、既にメフィストに腰を下ろしていた。


 アイヴィがフィルの隣に腰を下ろすや否や、メフィストが上昇を始める。


 ぐんぐんと空へと昇る二人と一杖。

 木々の背を超え、土壁の背を超え、飛ぶ鳥を超え、青空の下で停止した。


 恐る恐る下を覗いたアイヴィの目に、広がる森と土壁に囲まれた拠点と、遠くの地面が映る。


「これ、変に座り心地いいから忘れてたけど、落ちたら死ぬわね」

「私にぎゅっとしてる方が安全だよぉ」

「……そうする」


 アイヴィはそう小さく呟くと、隣に座るフィルにギュッとしがみついた。

 アイヴィと密着したフィルは、別に嬉しがることなく、穏やかな笑みを浮かべていた。


「ハハハ。まぁ大人しくしてりゃ、俺様から落ちたりしねぇよ。相棒、もうちょい上行くか?」

「ううん。ここでOK。じゃっ、いっくよー」


 アイヴィに抱き着かれたまま、右手を天へ掲げるフィル。


風よ(ウィンド)破裂せよ(バースト)


 フィルの腕輪が赤く輝き、掲げた手の平に周囲一帯から風が流れ込んだ。


 手の平一点に風が収縮し、収縮し、収縮し、透明な一つの球体へと変化する。

 球体の中では、今にも破裂し外へ出んとする風の力が暴れていた。


「ぽいっとな」


 フィルは手首を前へ倒し、球体を手放した。

 フィルの手から離れた風の球体は、フィルの意思に従い急速に地面へと降下し、球体の丸みが地に付いた――瞬間、風の力が解き放たれ、荒れ狂う嵐と化した。


 落下した一点から外へ外へと風の暴力が吹き荒れ、そこに存在する小屋を寝床を、いやゴブリンの残した全てを吹き飛ばし、土壁の内側を破壊し尽くす。

 嵐が治まった後には、木々で作られていた拠点の残骸が、土壁近くで粉々となり残るだけであった。


 眼下の惨状を見るフィルとアイヴィ。

 二人は杖の上で顔を見合わせ――フィルがニコリと笑い、グッと親指を立てた。


「よし、一件落着ぅ。あとは自然に任せちゃおう」

「……まぁ元々この森にあるもので作られているものだし、いいと思うわ。帰りましょう」


「狩人のお墨付き、頂きましたぁ! さぁメフィちゃん、帰ろ帰ろ」

「ポルナでいいんだよな?」

「そう。カラスがぁ鳴く前にかーえりましょー」


 針路を北へ。消える土壁を背に、メフィストは空を駆ける。

 当然、飛ぶ高度は落ちたら死と見える高さのまま。

 怯えの消えぬアイヴィは、フィルに抱き着いたまま放さない。


「飴ちゃん食べる?」


 アイヴィはコクリと頷くと、己の口に運ばれた飴を受け入れた。

 広がる甘さに少々落ち着きを取り戻すアイヴィ。


 彼女は口の中で飴を転がしながら、フィルのことを『お姉ちゃんって言うより、なんか微妙にお婆ちゃんっぽいのよねぇ……本当に同い年?』と、心の中でそう評していた。

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