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流星の魔女  作者: ごこち 一
第二話「魔女見習いの日常」

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2-8 地獄の穴


 ゴブリンの小拠点の側まで来たフィルとアイヴィ、そして杖メフィスト。

 ささっと茂みに身を隠すアイヴィと違い、フィルは身を隠す事なく、横に続く粗雑な木の柵を観察していた。


「ちょっと、隠れて……もしかして、今からここ落とす気?」

「大丈夫だよ、アイヴィちゃん。ここ、空っぽだから」

「だな。騒がしい鳴き声どころか物音一つしねぇ」


 フィルに手招きされたアイヴィが、茂みから姿を現し、己が服を手ではたく。


「誰もいないってこと?」

「んー。むしろ誰か居たら厄介だねぇ。心情的に」


 フィルの言葉を受け、アイヴィの思考に二つの可能性が浮かび上がった。


 一つはゴブリンに連れ去られた人間が居る可能性。

 ゴブリンは捕虜を取らない。連れ去るのは繁殖に利用する女性のみ。

 そして、そんな女性がゴブリンの居ない拠点に残っているとしたら……アイヴィの眉が(しぼ)む。


 もう一つの可能性は、ゴブリンの集落を何者かが利用している可能性。

 そんな人間、お察しの通りろくでもない奴であるのは火を見るよりも明らかだ。


 フィルが『心情的に』と言ったので、もし仮に誰か居たとしても、恐らく前者だろうとアイヴィは結論付けた。


「あー……うん。誰も居ない事を祈りましょう」

「そーだね。衝撃インパクト


 フィルは正面に軽い衝撃の波を生み出し、粗雑な木の柵を粉砕した。

 そのまま「おっじゃましまーす」と無防備に拠点の中へ入っていく。


 のほほんとしたフィルと違い、アイヴィは周囲へ注意深く目を配りながら、ゴブリンの拠点へ足を踏み入れた。


 二人の目に映るのは、木やら大きな石やら侵入者対策に置かれた適当な防壁、夜露(よつゆ)すら(しの)げそうにない小さな小屋の数々、地べたに植物を重ねただけの簡易的な寝床、立てかけられた棍棒。隅に積まれた骨、そして小動物の頭蓋骨と木々を組み合わせた小さく奇妙なオブジェ……人も、ゴブリンも、野生動物も居ない。


「うん。とりあえず安心かなぁ」

「ええ、良かった……この感じだと、狩人がこの拠点のゴブリンを片づけたあと、そのまま放置して帰ったってところでしょうね」


 アイヴィは推測を述べながら、奇妙なオブジェを根元からベキッと折り、それをゴブリンの耳が入った袋へと放り込んだ。


 それを見たフィルは『あんなゴミ、何に使うんだろう?』と首を(かし)げるも、別の疑問を口に出した。


狩人(かりゅうど)さんって、こういう拠点壊さないの?」

「ギルドでは破壊を推奨しているわ。別のゴブリンに再利用されたら困るもの。けど壊す労力と貰える報奨金を考えると、ちょっとね……子供の小遣いみたいな金額なの」


「どこもかしこも、おいしくない仕事ばっかりだ」

「世知がれぇなぁ、全く」


 後ろ向きなことを言いながらも、フィルとメフィストの声は楽し気であり、そこに悲壮感は全く存在していなかった。

 再び歩き出したフィルを追いながら、アイヴィはフィルの目的を問う。


「フィルメイル。さっき『おいしくない魔女の仕事』って言ってたけど、もしかして拠点を壊すのが目的なの?」

「んー。それもやるけど、べーつ。それに私が壊したってお金貰えないよぉ」


「相棒、狩人じゃねーしな」

「じゃあ――」

「こーれ」


 何も無い場所で足を止めたフィルが、数歩先を指さした。

 アイヴィが指さす方へ目を向けると――特になにもない。ただ雑草が生えた地面があるだけである。


「その草?」

「残念はーずれ。実はそこに地獄の穴があるんだ」


「…………何もないわよ」

「まぁ、見えないよねぇ――あっ、近づかない方が良いよ」


 指さす場所に近づこうとするアイヴィの肩を、フィルが掴んだ。

 制止を受けたアイヴィも流石に進むのを止め、代わりに質問を投げ掛ける。


「もしかして、入ると落っこちるとか?」

「ううん。穴って言っても別に穴がぽっかり()いてる訳じゃないから。この『地獄の穴』って魔女の間で使ってる言葉で、魔素がどろーと濃く集まり、残り続けている場所の事なんだぁ」


「へぇ」と相槌を打つアイヴィであったが、いまいちよく理解していない。

 そもそもアイヴィからすれば、フィルの指し示す場所には何もないのだ。


「ちなみに視覚的に言うと、真っ黒な水たまりがあって、そこから黒いもやもやが立ち昇ってる感じ」

「あぁ、下から何かが(あふ)れ出てるから『地獄の穴』なのね」


「命名した人も、そんなイメージだったらしいよ。という訳でアイヴィちゃん。気持ち悪くなるから、間違っても入らない方が良いよぉ。オロオロしちゃうよぉ」

「まぁ見えないから、入るも入らないも分からないけど。それに私なら入っても平気だろうし」


 思ってもみなかった『私なら入っても平気』という言葉に、フィルの首が少し横に(かたむ)いてしまう。


「まさかアイヴィちゃん。魔素が人間にとって毒って――」

「流石に知ってるわよ。それで大昔、一度人類滅びかけたんだから」


 アイヴィの言葉に何か言いたげなメフィストであったが、グッと(こら)え、杖は無言を貫いた。

 その小さな変化にフィルは気付き、メフィストを優しく撫でる。

 そしてメフィストに代わり、フィルが口を開いた。


「そうそう。私達はその頃の人達より魔素に強いけど、それでも濃すぎる魔素は体に悪いんだから、入っちゃ()ぁー()っ」

「だから大丈夫よ」


 そう言ってアイヴィは、地獄の穴があるとフィルが言う場所へ歩みを進め、くるりとフィル達の方へ向き直った。


「ねっ。なんともない」

「あっっれぇぇぇ?」


 何ともないアイヴィの姿を見て、フィルの首がぐにゃりと横に曲がる。

 先程も横に傾いた首であるが、今度の傾きはフィルの頭の疑問符の大きさを表すかのように盛大に傾いていた。


「フィルメイル。もしかして立つ場所間違ってる?」

「ううん。ちょーど真上……見た目ほど濃くない? いや、そんな訳……普通の人でもその濃さだと……」


 そう呟きながらアイヴィの元へと近づくフィルであった――が、アイヴィの側に足を踏み入れた瞬間、彼女は口元を押さえ、脱兎(だっと)(ごと)く走り去ってしまった。


 げに恐ろしき速度で姿を消したフィルを、アイヴィとメフィストは見送ることしか出来ない。


 静かな森の中。

 取り残された一人と一杖の耳に、遠くからオロオロオロオロと音が届く。


「そんなにヤバいの? ここ……」

「まぁな。俺様も見えねぇけど」


 アイヴィは『自分は大丈夫』だと分かってはいても、その場に立ち続ける気にはなれず、そっとその場を一歩、二歩と離れた。

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