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流星の魔女  作者: ごこち 一
第二話「魔女見習いの日常」

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2-7 好奇心に『仕方ない』はない


 戦闘中、一歩も動く事のなかったフィル。そんな彼女の元へと戻るアイヴィ。


 だがフィルに近づいた瞬間、アイヴィの顔が「ゲッ」という声と共に不快に歪んだ。

 アイヴィの視線の先に、頭を砕かれ、潰れた脳らしき何かが露出しているゴブリンが横たわっていたからである。


 即死であった事は、見るに明らかだ。

 そんな他人(ひと)様には見せられぬ死体の側で、浮かぶ杖メフィストが笑っていた。


「ケッケッケ。迂闊(うかつ)に近づくからだぜ……あの片眼鏡も、もうちょっとでこうなってたかもなぁ」

「あいつ、ギリギリで生き延びたのね」


「次は期待に応えて、頭ザクロにしてやんぜ」

「んー。次は警戒されてるだろうし、また別の作戦考えないとなぁ……うーむ。わからん! とりあえず耳剥ぎしよっ、みっみはぎっ」


 そう言ってフィルは、腰の(かばん)をガサゴソと(あさ)り、ナイフと袋を取り出した。

 そしてフィルは、後頭部が残念なことになったゴブリンに近づくと、その右耳をスパッと切り落とし、袋へ放り込んだ。


 あまりにも平然と行われた行為に『慣れてるんだなぁ』と心で思うアイヴィ。

 何故(なにゆえ)ゴブリンの右耳を回収しているのか?


 それは、魔物の討伐の証明として必要だからである。


 討伐の証明として死体をそのまま持ち込んでも良いのだが、ゴブリンの死体なんて持って帰ってもろくな金にはならない。

 食いもしないし、何かの材料になる訳でもない。

 処理に困るだけだ。


 人間からすれば、ゴブリンとは本当にろくでもない魔物である。


「ほーら、アイヴィちゃんも。日が暮れちゃうよ」

「おっとごめん。それじゃあ半分お願い」

「はーい」


 元気に耳剥ぎを始めたフィルとは違い、アイヴィは『何度やっても慣れないのよねぇ』と心で愚痴りながらゴブリンの死体へと向かった。

 流れる緑の血液と広がる悪臭に耐えながら、アイヴィは無心に作業を続け、十個の右耳を手に入れた。


 フィルの回収分も合わせた二十の耳が入った袋を掲げ、アイヴィは問う。


「袋、これ汚れたけど、使っちゃってよかったの?」

「別にいいよっ。いっぱい持ってきてるから。備えあれば憂いなしって、ねっ」


 そう言い腰の革鞄を叩くフィルを見て、アイヴィは『素材回収用に持ってきてるものなのに、無理にそう言ってくれているのね』と、勘違いした感謝をしていた。

 実際に大量の袋が鞄に入っていることを、アイヴィは知らない。

 

 当然フィルはアイヴィの心の感謝になど気付く訳なく、彼女はゴブリンの遺体へ目を向け始めた。


「ねぇアイヴィちゃん。狩人的にはこの死体、このまま放置?」

「そうね。持って帰らない死体は基本放置よ。最悪燃やしても良いけど――」


「ここじゃ山火事待ったなし、だね。んー、なら土葬でいいか」

「放置したら駄目なの?」


 なぜ態々死体の処分をするのか分からぬアイヴィは、顔をきょとんとさせながら首を(かし)げていた。

 その愛らしい表情に、フィルの顔に自然と笑みが浮かぶ。

 (ほが)らかなフィルは、魔法の準備を進めながら、アイヴィの疑問へ答えを返した。


「んー、そこまで問題じゃないけど、魔女的にはちょっと問題。こういうのの塵積(ちりつも)で、いきなりヤバい魔物が生まれたりするんだぁ。困っちゃうよね」

「……本当に?」

「本当に。地よ(アース)沼と化せ(スワンプ)


 フィルの右腕の赤い腕輪が輝くと、ゴブリンの死体がずぷりずぷりと地面に飲み込まれていった。ニ十体同時に。

 死体が消えた跡には草の生えぬ土が残っており、洞察力に優れたものが見れば、ここで死体が消えた事に気付くだろう。


「あとは森にお任せっと」

「器用に魔法を使うわね……あれ? アーススワンプ? 今の魔法って第三階層のグランドスワンプでしょ」

「うん。そうだよー」


「そういえばあの時も……たしか『アース、クラッシュ、ウェイブ』……これでアースクラッシュとクラックウェイブの二つを……これって魔女流?」

「あはは。魔女は関係ないよ。どっちかというと古風、かな。気になる?」


 フィルはそう問いながら、体を少し(かたむ)け、アイヴィの顔を覗き込んだ。

 フィルの青い瞳に、諦めにも似た(わび)しい表情が映る。


「ちょっとだけ……魔法を使えない私が気にしても、仕方ないのにね」


 そう言い薄っすらと笑ったアイヴィ――の両頬を、フィルの両手が挟み込んだ。

 両方の手の平が、アイヴィの両頬にピタリと吸い付く。

 左右から挟み込まれ、アイヴィの唇が中央へと寄っていた。


「そーいうのなし! 興味があるなら『仕方ない』はポイッと捨てちゃおう、ね」

「そうね……ありがとう、フィルメイル。手、退()かして」

「うんうん。本当に知りたいのなら、また今度ゆっくりと教えて(しん)ぜようぞ」


 フィルはニッコリ笑顔で喋りながら両手を動かし、アイヴィの両頬に円を描き始めた。

 それに合わせ、アイヴィの柔らかほっぺがむにゅむにゅと動く。


「そうさせて貰うわ……この手、退かしなさい」

「うむ。フィルメイル先生と呼び(たま)え」

「いやよ。いい加減手を退かせ! ムニムニするなぁ!」

「そんなー」


 ペシペシと手を払われ、悲し気に(なげ)くフィル。

 二人は(しば)し無言で見つめ合い…………同時にクスッと笑った。

 敵意のない森の中で、フィルとアイヴィの笑い声が弾む。


 無言で二人を眺めていたメフィストが、頃合いをみて二人へ話しかけた。


「仲いいのはいい事だけどさ、お二人さん。いつまでもここに居ても仕方ない(しゃーねー)し、そのまま帰るか奥に行くか。どっちか決めようぜ」

「奥?」


 短く問うアイヴィへ向け、メフィストが空中で前に三十度傾く。

『杖って(うなず)けるんだなぁ』と変な感心を抱くアイヴィ。


「そう、奥だぜ。気になってんだろ、相棒」

「おっ! 流石メフィちゃん。細やかな乙女心にも気付いちゃうねぇ」

「ヘヘッ、だろ」


「乙女心……まぁいいわ。で、フィルメイル。何か回収したい素材でもあるの?」

「違うよ。おいしくない魔女の仕事が一つ。ねぇアイヴィちゃん……帰りがちょっと遅れるけど、付き合ってくれる?」


 ほんの少しだけ真剣みを帯びたフィルの青い瞳を、アイヴィは真っ直ぐに見つめていた。

 そしてアイヴィは、さも当然とばかりに頷くと、口角をニュッと上向かせた。


「当たり前でしょ。ていうか、ここでもし断る奴が居たら、それ、人としてどうかと思うわ」

「えへへ。ありがと、アイヴィちゃん。それじゃあ近いし、歩いてレッツゴー」


 フィルは、緩む顔を隠す様に森の奥へと進む。

 遅れて歩き出したアイヴィは、背を追う事を良しとせず、フィルの隣に並んだ。


「それにしてもアイヴィちゃんって本当に良い子だねぇ。よーしよしよし」

「テイッ――「痛っ」――そういう過度なスキンシップは遠慮するわ。第一、貴女(あなた)にいい子いい子されるほど歳離れてないと思うんだけど」


 フィルは、隣を歩くアイヴィの頭からつま先まで舐める様に見ると、暫し首を(かし)げ、そして「ハッハッハッ」と笑い出した。


「ご冗談を。わたし十七だよ。お姉ちゃんって呼んでいいんだよぉ」

「私も十七よ。って、なんだ同い年じゃない」

「えっ……嘘だ……そんなの嘘だぁぁぁぁ!!!」


 魂の慟哭(どうこく)を上げたフィルが、虚ろな目でフラフラとよろめき始めた。

 だが、器用にも前に歩く速度はそのままである。


 (あき)れ顔のアイヴィが、フィルの隣でふわふわ追従しているメフィストへ問う。


「ねぇメフィスト。あなたの相棒って、いつもこうなの?」

「普段はもうちょい真面目――いや、概ねこんなんだな。まぁいい奴なのは間違いねぇから、仲良くしてやってくれ」


「いい奴ってのは否定しないけど……仲良くする自信ないわ」

「まっ、俺様みたいに自然体でいいんだよ、自然体で」

「自然体ねぇ……」


 暫しトコトコ歩いていると、ハッとフィルが我に返った。

 そしてボソリと(つぶや)く。


「可愛いから別にいいか」


 アイヴィはそれを聞かなかったことにして、フィルの隣を歩き続けた。


 十分ほど歩いた頃。

 フィルとアイヴィの目が、森には不自然に思える粗雑な木の柵を発見した。


 何者かの侵入を阻むよう横に並ぶ木の柵。雑な作りとはいえ人工的なその光景を見て、アイヴィもこの場所が何なのか理解した。


「フィルメイル。目的地って……」

「そう。ここ」

「これ、ゴブリンの拠点じゃない」 


 そう。アイヴィの言葉通り。

 粗雑な木の柵の奥にあったのは、森の中で小さく開けた場所に作られたゴブリンの小拠点であった。

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