2-5 早い再会
食事処『金色の牡鹿亭』にて、盛りに盛られたトマトパスタと鹿のベリーソース添えを腹に入れたフィルは、満足げに町を歩いていた。
ポルナの町は魔都とは違い、どこか素朴さを感じる落ち着いた町並みであった。
人通りもそう多くなく、フィルの歩みを邪魔するものも居ない。
「ふぅー。食べた食べた……世は満足じゃ」
「食って偉くなったな、相棒。さてと、仕事も終わったし、帰ると――」
「ストップ! メフィちゃん。大事な用事を忘れてるよ」
「ん? 何かあったか?」
「うん。クレープ食べて帰らなきゃ。さっきいい店見つけたんだぁ」
フィルの青い瞳は、浄化施設から牡鹿亭へと向かう途中にあったクレープ屋を逃してなどいなかったのだ。
弾む様に歩くフィルの右手の中で、杖メフィストがぼそりと呟く。
「今のうち楽しんどけよ、相棒……帰ったらクレアとの訓練が待ってるぜ」
「あははは……まぁ有難いは有難いんだけどね。困ったことに、有難いと嬉しいと痛いと辛いと苦しいって共存しちゃうんだよぉ。ままならないね、人生」
「そんなもんさ」
「だね。今は哲学なんてあとあと。甘いものが私を待っているのだぁ」
意気揚々とクレープ屋へ向かったフィルを、不幸と幸福が待ち受けていた。
不幸は単純。
昼食前に見た時よりも今現在客が増えており、少々時間が掛かりそうなこと。
幸福は偶然。
「あれ? おっ! アイヴィちゃんだ。やっほー」
「その声、フィルメイル?」
「はーい。フィルメイルちゃんですよー」「俺様もいるぜ」
そう。四日前に出会った少女アイヴィ・アルケインが列の後方に居たのだ。
日の光を浴びて明るく輝く短い髪。
パッチリとした橙の瞳を宿す愛らしい小顔。
やや小柄で細身の体を包む洒落た洋装。それを戦闘用に所々なめし革で補強した服装は、騒動の夜に見た時と同じものであった。
恐らく、これが仕事時の格好なのだろう。
四日前と違う点は、三つ。
右腰に携えた魔法の銃が左腰へと変わっていること。そもそも銃が違う物になっていること。そして、逆側に刃渡り四十センチ程の短刀を下げていること。
『仕事用の装備かな?』と考えながらフィルは、他の人へ先を譲り最後尾に来たアイヴィと合流し、共に行列へ並んだ。
「ほんとに奇遇ね……偶然よね?」
「YES、偶然。私は仕事終わりだよぉ」
一瞬、大きな瞳に警戒の色を見せたアイヴィであったが、陽気に答えるフィルの姿に緊張を解いた。
「そっか。こっちはこれから」
「アイヴィちゃんって狩人だったよね。遠出も大変だぁ。で? 獲物はなぁに?」
「……ゴブリン」
アイヴィは、やや戸惑いながら獲物の名を語る。
その理由は、フィルにも分かっていた。フィルの脳内で、銀水晶のギルド職員であるララちゃんが叫ぶ……『おいしくない!』と。
その時、フィルの脳内でちょっとした疑問が浮かんだ。
四日前の事件。寄合馬車や荷馬車だと魔都から三日もかかる町ポルナ。そして、おいしくない仕事……フィルは導き出された可能性を言葉にした。
「ねぇアイヴィちゃん。何で独りでポルナまで来たの?」
「独りで来た訳ないでしょ。他の皆は明日の討伐作戦の準備中なの」
そう。アイヴィの言う通り、本来独りで仕事に来るわけがない。
狩人とは、人を襲う獣を狩る者達である。
それは野生生物のみならず、魔素より生まれる魔物達もまた狩人の獲物であり、魔物が持つ人を超えた膂力、尋常ならざる生命力、恐るべき数の力、驚異的な破壊の業……それらを相手取る狩人が、単独で動く事は殆どない。
例え弱い魔物の代名詞である、ゴブリン相手であれ。
独りで動くのは余程の自信家か、余程の実力者か、余程の……アイヴィがそうで無い事を祈りつつ、フィルはアイヴィへ追及を続ける。
「ふーん。みんなで来たって事は馬車で来たんだ」
「そうよ」
「ふーん。あの後すぐに仕事を受けて馬車でトコトコ三日もかけて来たんだ……ゴブリン退治だなんて美味しくない仕事の為に」
「そ、そうよ」
狼狽えるアイヴィの姿が『自分は嘘を言っています』と白状していた。
だがしかし、襲撃翌朝に狩人ギルドへ行き、依頼を受け、急ぎ仲間を集い、そのまま馬車へ……安い仕事の為にそんな強行軍で行動すれば、一応可能ではある。
故にフィルは、アイヴィの嘘を受け入れ――左手で撫でまわす事にした。
「そっかそっか。狩人って偉いんだねぇ。アイヴィちゃんも小さいのに偉いねぇ。よーしよしよし」
滑らかなアイヴィの髪が、フィルの指をさわさわと刺激する。
極上なベルベットをまったり堪能するフィルと違い、アイヴィの心は導火線のない爆弾と化していた。
「だぁー! やめろぉ! てか貴女分かっててやってるでしょ。嘘よ、はい今嘘つきました! 独りよ。独りで早馬を乗りついで来たのよ。悪いぃ!」
フィルの左手を跳ねのけ、顔に血を濃く巡らせるアイヴィ。
クレープ屋の店員や客たちが『何事か?』と視線を向けているが、怒れるアイヴィは気付いてもいない。
対しフィルは、周囲の視線を気にも留めず、のほほんと笑みを浮かべていた。
「べつにー。ねっ、メフィちゃん」
「おうよ。悪かねぇけどさ、何で単独行動してんだ?」
「そうそう。独りじゃ危ないよぉ」
本心からの心配の言葉を掛けられ、アイヴィの血の気も治まる。
だが怒気が治まると共に、独りであるという現実がアイヴィの心を突き刺した。
「………………からよ」
「ん?」
「誰も組んでくれないからに決まってるでしょ!」
「あー、うん。ご愁傷様です」「そうか……元気だせよ」
「ちくしょー!」
流石に二度目の叫びとなると、周囲の目が冷たくなる。
さしものフィルも「すみません、すみません」と周囲へ平謝りを始めた。
だがフィルの謝罪も虚しく、動き出したアイヴィの口は止まらない。
「こんな中途半端な時期に王都からやってきた狩人なんかと組んでくれるお人好しなんていないのよ。少しは実力示さなきゃそれなりの仕事すら受けさせてくれないし、近場の仕事は残ってないしで、結局遠出してまでゴブリン退治。正直やってらんないわよ。けど、依頼受けたからにはやってやるわよ、こんちくしょー」
「あはははは」
「やる気があんのは良いことだぜ、嬢ちゃん」
恐らく一緒に組んで貰えないのは、主に先日の襲撃事件の所為であり、それに加え選んだ依頼が割に合わない仕事であった為である……フィルは、そう思っても口にはしない。
言わぬフィルと違い、言いたい事を吐き出したアイヴィは少しだけ平静を取り戻していた。
「……ふぅ、ちょっとスッキリした。まぁ、うだうだ言ってても仕方ないもの。クレープで腹ごしらえして行って来るわ」
「今から? 森へ?」
「近くの村で一泊。森に行くのはそれから……チョコかな……いや、バナナも捨てがたい……」
狩りの話からクレープの事へと思考が移ったアイヴィの横で、フィルもまた、顎に左手を当て「ふぅむ」と考え事を始めた。
フィルの右手に納まったままの杖メフィストが、お忍びモードで『相変わらずだな、相棒』とフィルにだけ伝え、上機嫌に笑う。
フィルは相棒の声に一つ笑い返すと、アイヴィの肩を指でトントンと突いた。
「ねぇアイヴィちゃん、もっといい手があるよ」
「いい手? ミックスも良いわね」
「違うよもぅ。食いしん坊さん。ここのクレープ奢ってくれるなら、私がすぃーと森まで送って進ぜよう。当然帰りも。これならお泊りなしで町へ戻ってこれるよ」
いい案だと顔をパッと明るくするアイヴィであったが、すぐに首を横に振った。
愛らしい顔を神妙そうにしながら、アイヴィはフィルの提案を断る。
「この前助けてもらったお礼もまだしてないのに、また貸しを作るほど、私、恥知らずじゃないから」
「ふぅむ真面目だねぇ。そう言うの関係なしに、私はただ、ゴブリンに捕まったアイヴィちゃんがあーんなことや、こーんなことされる所なんて見たくない。ってただそれだけなんだけどなぁ」
「うっ」
アイヴィは、顔を赤らめながらも若干引き気味である。
ゴブリンの女性に対する所業は有名であり、周囲の客達も嫌悪と羞恥を合わせた顔で視線を逸らしていた。
魔素より生まれる魔物であるが、生まれ出でた後はこの世界の慣わしに従い、繁殖活動を以て数を増やすものも多く存在している。
ゴブリンもその一種である。
他種族の雌を用いたゴブリンの繁殖行動において、市民も貴族も老いも若きも魔物も人も、そして狩人も魔法使いも関係ない。
だが、狩人や戦いに身を置く魔法使いならば、ゴブリンの対処など初歩の初歩である。
当然、狩人であるアイヴィにとってもそうだ。
「わ、私、流石にそんな迂闊じゃないわよ」
「ほんとにそうか?」
即座にメフィストから疑念を帯びたツッコミが入る。
合いの手を入れるフィルから、追加の口撃が飛ぶ。
「無策で中央特区に飛んで入ろうとしたのに?」
「……それ言われると……何も言えない……」
「じゃ、OKってことで。お姉さぁん、バナナとチョコと苺クリームを一つずつくださいな。アイヴィちゃんも同じのでいい?」
「いいわけないでしょ。一個でいいのよ、一個で。もぅ……チョコ一つ」
「はーい。少々お待ちを」
生地を焼く甘い香りに、二人の顔がほんわか綻ぶ。
ゴブリンの事など、甘いものの前には些事でしかなかった。




