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流星の魔女  作者: ごこち 一
第二話「魔女見習いの日常」

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2-4 仕事は手早く確実に


 魔術師協会にてクレア先生から浄化装置の制御装置を受け取ったフィルは、超特急で東へと飛び、昼前には目的地であるポルナへ辿り着いていた。


 真っ直ぐに町はずれにある下水浄化施設を訪れたフィルは、せき止め作業を待つ間、ポルナ町職員の案内を受けつつ施設内を見学していた。


 防壁に囲まれた町の地下に張り巡らされた下水道網。

 全ての流れが行きつく先がこの施設であり、ガラス窓の奥に広がる巨大な装置である。スライムの死骸を利用したゴミを取り除く層が幾層も連なり、その先に浄化の魔法が施された処理層が、また幾層も連なっている。


 巨大装置に流れ込む前の下水は、ガラス越しに見るだけですえた匂いがしそうな色と粘度をしてるのだが、装置で通過し、流れ出た水は透明で清らかであった。


「こうして皆様のご家庭へと届けられるのである」


 流れ出る水を見ながらそう言ったのは、職員の男性ではなくフィルである。

 苦笑いを浮かべた職員の男が、フィルの間違いを正す。


「普通は近くの川や海に流しますので、ご家庭には直接届きませんよ。ポルナは農業が盛んですから、壁外の農地に利用されてはいますが」

「相棒ぉ……しれぇと嘘つくのやめようぜ」

「あはは、ごめんごめん」


 笑うフィルへ、苦笑いのままの職員の男から(いぶか)し気な視線が伸びる。

 本当にこの少女に仕事を任せて大丈夫なのだろうか、と……。

 だが、その低評価もフィルの次の言葉でひっくり返った。


「冗談はさておき問題は三カ所かぁ。全部浄化魔法の部分。まぁ魔力供給が不安定だから起きる不具合だし、あっちの調整は必要ないかな」

「おぉ! まさか見ただけで! おっと、失礼。我々はそれを知るのに交換だ総点検だ魔術師を呼べ、と一月(ひとつき)も掛かったんですよ」


 食い付き近づく男に対し、フィルはすぅーと自然に後ろへ下がり距離を取る。


「まぁ目は良いもので」

「それは良い。いやぁ実に良い。是非ともクリスタさんには、今すぐにでもギルドを辞めてうちで働いて欲しいぐらいです。魔法使いは数いれども『腕のいい』って付くと、どこも人手不足ですから」


「あはは、銀水晶から抜ける気ないんで」

「おいエリック。クソみてえなナンパしてんじゃねぇ。せき止め作業終わったんだからさっさとこっち来やがれ。嬢ちゃんもな」

「はーい」


「すみません! おやっさん! ギルドを辞めたら再就職はこちらへ」

「お断りでーす」


 フィルは職員の勧誘を躱し、おやっさんと呼ばれた施設責任者の元へと向かう。


 年齢四十後半といった男の前には、床から伸びた棒が一本。

 男は、先端が球体となった棒の先を手の平で包み込んでいた。


「嬢ちゃん。今から装置を止めるから、さっそく作業を始めてくれ。止めんのは三日は大丈夫だが、出来れば一日で終わらせてくれると助かる」

「すぐに終わらせるんで、パパッとやっちゃいましょー。お腹も空いたし」


「ハッハッハッ。こんなとこで腹減るなんて大した嬢ちゃんだ。頼んだぜ」

「お任せあれ」


 おやっさんの手から魔力が流れ、浄化装置が止まる。

 それに合わせ、おやっさんの横の床から台座のような円柱が伸び、フィルの腰ほどの高さで止まった。


 台座の中心には青く輝く宝石がはまっており、力を失うと同時に宝石の輝きも消えてしまう。

 フィルは色()せた青い宝石をヒョイと取ると、腰に納まる革の(かばん)の中へと入れ、代わりにクレア先生から受け取った宝石を取り出した。


「まずは、ガチャンとはめて、ビビビッっと……」


 口調は軽いが、フィルの頭の中には先刻読んだ手順書の全てが入っていた。

 制御装置たる青い宝石の向き、魔力の流れを繋ぐ順番、そして続く精密な作業。


 素早く、そして滞りなく作業は進む。


 魔力の流れをつぶさに感じ取っていたおやっさんは「ほぅ」と感嘆(かんたん)の声を上げており、一方、もう一人の職員は何も分からずただ作業を見守っていた。


 ふと、宝石に指を当てたまま動きを止め、フィルが目を(つむ)る。

 その美しい姿に見惚れながらも、職員の男は作業が一日で終わるだろうかと不安に思っていた。


「後はテストをして……OK。組み込み完了っと」

「はやっ!」

「ハッハッハッ。いい仕事だ、嬢ちゃん」


 一分とかからず作業を終えたフィルへ、驚愕(きょうがく)(あら)わにする職員の男。

 おやっさんからすれば想定内であったのか、嬉しそうに笑っている。だが、同時におやっさんの脳裏に昔の記憶がよみがえった。


「しっかし二十年前に同じ事やった奴は丸一日掛かったのによぉ。もしかしてあの野郎、とんだヘボ魔法使いだったのかぁ?」

「駄目だよおじさん。他の人が下手なんじゃなくて、私が凄いだけなんだから、ねっ」

「それもそうか。ハッハッハッ」


 快活に笑いながらおやっさんは、先端が球体となった棒に魔力を流し、浄化装置を再起動させる。

 内より青い光を放ち始めた制御装置は、台座と共に床の中へと消えて行った。


「エリック。試運転始めるぞ。本当は何かあった時の為に、嬢ちゃんも残ってて欲しいんだが……」


 そこで言葉を切り、おやっさんがフィルへ手を伸ばした。

 何かを出せ。

 そう言わんばかりの動きに、フィルは腰の鞄を(あさ)り、一枚の紙を手渡した。


 魔力を込めたおやっさんの指が紙の上を走り、そこに文字を刻む。

 おやっさんは紙を突き返しながら、フィルへ告げた。


「仕事完了だ。あとの責任は俺が持つ。もし何か不具合が出ても、それは制御装置以外の場所だからな、ハッハッハッハッ」 

「ありがと、おじさん」


 仕事終わりの確認書類を受け取り鞄へ入れるフィルへ、職員の男が声を掛ける。


「先程の話、是非とも御一考(ごいっこう)を」

「なぁ相棒。こいつの頭かち割っていいかぁ?」


「んー。次言ったらガツンとやっちゃって」

「ヒィッ」

「エリックよぉ。雑なナンパしてっからだよ。悪ぃな嬢ちゃん」


 宙に浮き威嚇(いかく)をする杖メフィストに怯える職員の男。

 フィルは、職員の男には目もくれず、おやっさんへ向けて仕事終わりのお決まりの言葉を返した。


「いえいえ。それでは、御入用の際は魔都ギルド『銀水晶』の魔女見習い、フィルメイル・クリスタをどうぞ御贔屓(ごひいき)に」

「おう。また頼むわ」


 フィルは笑顔と共に身を(ひるがえ)し、出口へ向かって歩き出す。

 だがフィルは、数歩進んだ先で立ち止まり、再びおやっさんの方へくるりと振り返った。おねだりの視線を添えて。


「おじさん……この町の美味(おい)しい店、教えて欲しいなぁ……だめぇ?」

「おっ、おう」


 少女の視線にドギマギするおやっさんへ、職員の男から冷たい視線が飛んだのは言うまでもない。

 

~~~~


 フィルの去った後、二人の男が浄化施設で確認作業を続けていた。


「おごって欲しいとか、一緒に食事をって話じゃねぇのな……」

「なに期待してたんです? おやっさん。若い子をナンパなんかしてると奥さんにどやされますよ」


 納得いかない顔のおやっさんに対し、先刻の意趣返しをする職員の男。

 その迂闊(うかつ)な言動に、おやっさんの拳と声が飛ぶ。


「うるせぇ。仕事しろ仕事」

(イタ)っ。仕事はしてるじゃないですか、全く……それにしても、今までが嘘のように何の不具合も出ないですね。あれ、本当に設置出来てたんだ……」


「あたりめぇだろ。あの嬢ちゃん恐らく凄腕の魔術師だぞ。俺の昔馴染みに一本線がいるが、奴でもあんな精密な魔力操作は出来ねぇよ」

「へぇ。じゃあうちへの再就職は夢のまた夢か……折角可愛い子とお近づきになれると思ったのに」


 がっくりと肩を落とす男を、おやっさんが笑い飛ばす。


「ハッハッハッ。そもそもお前じゃ釣り合わねぇだろ」

「おやっさんもね」

「だな……不毛(ふもう)だ」


 (うなず)き合い、二人は確認作業を続ける。

 浄化装置を通り抜けた透明で澄んだ水をビーカーに入れたおやっさんが、取り出した瓶から薬を一滴垂らした。

 透明なまま何も変わらぬ水を見て、おやっさんは強く頷く。


「よし。あとは経過を見るだけだな。俺達も飯にするぞ」

牡鹿亭(おじかてい)ですね。クリスタさんの代わりに俺におごって――「アホか」――ちぇ、駄目か……クリスタさんと言えば、おやっさん。魔女見習いって何なんです?」


「さぁな。魔術師の中だけで使う称号かなんかじゃねぇかな……知らんが」


 二人の知らぬ『魔女見習い』について語れるものは、もうこの場には居ない。

 当の少女は『金色(こんじき)の牡鹿亭』にて、大量のパスタと戦っていた。

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