2-3 アイリス・ブラッド嬢襲撃事件
「アイリス・ブラッド嬢襲撃事件。警らや貴族達の間では先日の騒動はそう呼ばれている。魔都の狩人ギルドとの交渉の為に訪れた王都の狩人達。その一団に紛れて魔都に入ったアイリス嬢。蒐集家の夜明け、コレクターズ・ドーンの魔法使い十名が独りとなった彼女を襲撃するも、お前に妨害され失敗」
「あー。やっぱり追手はあれだけじゃなかったのかぁ」
最初に倒した二人。追加で現れた四人。フィルの知らぬ四人。
追加で現れた四人の相手をあの場でしていたら、知らぬ四人にアイヴィが捕まっていたかもしれない。
アイヴィとの合流を急いで良かったと、フィルは自分の判断の正しさに頷く。
「その後、中央門前広場でお前がアッシュ・グラントの相手をしている間、賊共は北部、南部、西部にて破壊活動を開始。そして警ら隊との衝突。戦闘により警ら隊に負傷者二十名。賊二名確保。全員光魔法で回復済みだ」
「それは重畳。でも結局全部で何人いたんだろう?」
「尋問の結果、アッシュ・グラント含め計二十一人による誘拐計画だったらしい。目的は、アイリス嬢の身柄の確保と、彼女が祖父より受け継いだ『鍵』の奪取」
鍵。
アイヴィとグラントさんが鍵の話をしていたなぁ、とフィルは先日の事を思い出す。鍵については何も知らない事も含めて。
「先生。その鍵って何ですか? 家の鍵?」
「鍵の話をするには、アイリス嬢の祖父、ソロモンの再来と呼ばれた星の魔術師セルゲイ・ブラッドの話をせねばな……長くなるぞ」
「いえ、鍵の話だけで」
キラリと目を輝かせ『セルゲイ・ブラッド』の話をしようと意気込むクレアであったが、フィルに水を差され意気消沈してしまう。
だが、しょんぼり不満気であれ、クレアは話を続けてくれる。
「そうか……鍵とは、セルゲイ氏の残した魔法の道具の数々『ソロモンの遺産』の力を解放する為に必要なものだ」
「ソロモンねぇ……」
「君の言いたい事も分かるよ、メフィスト。長い時を生きる君にとっては可笑しく聞こえるかもしれないが、今を生きる我々にとって『ソロモン』とは、旧人類滅亡以前に存在したとされている、魔を用い魔を払った魔導王ソロモンではなく、レリック研究の第一人者であったセルゲイ・ブラッド氏を指す言葉なんだよ」
空中で「けっ」とそっぽを向くメフィストを、フィルは優しく撫で始める。
同時にフィルは先の戦いを思い出しながら、先生へ疑問を尋ねた。
「でも先生。力を解放するって……うん。大天使の剣とか普通に強力でヤバいレリックでしたよ。あれ以上?」
「奴の持つ智天使の眼もだな。ソロモンの遺産には、完全開放で使うには使用者にも対象にも危険すぎるゆえ、その全てに制限がかけられている……と、噂されている」
「「噂?」」
噂と聞き、フィルの首とメフィストが傾く。
急に話の信ぴょう性がなくなったが、クレア先生が態々口にしたのだから何か意味があるのだろうと思い、フィルは引き続き先生の言葉に耳を傾けることにした。
「現状でもソロモンの遺産と呼ばれるレリックは素晴らしい品ばかりだ。だが考えてもみろ。現状でも群を抜いて強力なレリックに、より強大な力が隠されているなどと言って、そんな話誰が信じる? 夢はあるが、与太話にしかならん」
「まぁ、実際疑わしい」
「世の中そんな夢に満ち溢れちゃいねぇよな……」
「残念ながらな。作った本人は強盗に襲われ十一年前に亡くなっており、その時にソロモンの遺産の殆どが盗み出されてしまった……今や調べる事も叶わん。いや、稀代の天才が作りし逸品。調べたところで何か分かるとも思えん。真偽を知るのはソロモンの関係者のみ」
フィルは、クレアのその言葉を本心であると受け取った。
クレア先生程の魔術師が調べても分からないと思うものを、他の魔術師が調べてどうこうなるものでも無い、と。
それこそ星の魔術師でもない限り。
そう思うフィルのクレアへの信頼は厚い。
「だから噂と。でも先生。鍵は本当にあるっぽいですよ」
「あー、あの嬢ちゃん。この鍵死んでも渡すか、みてぇなこと言ってたな」
そういえばアイヴィちゃんって胸元を握りしめてたなぁ、と思い出すフィル。
対しクレアは、老練さを感じる瞳にキラリと光を宿していた。
「ほぅ。用途は兎も角、鍵自体は本当にあったか。まぁコレクターズ・ドーンが動いたのだから当然か」
「ん? 当然?」
「あぁ、アッシュ・グラントもセルゲイ氏の弟子の一人だが、コレクターズ・ドーンの首魁がセルゲイ氏の重用していた愛弟子三人のうちの一人でね。奴らが鍵があるというのだから、あると考えるのが自然……だが分からんのは何故魔都で襲い、そして何故今動いたか、だな」
クレアは背もたれに寄りかかりながら、思案気に顎に手を当てる。
だがフィルとメフィストは、その疑問に対する答えを持っていた。
「それならグラントさんが言ってましたよ。アイヴィ――もといアイリスちゃんを『ヘリクス・トルシオンの庇護下に置かせぬこと』って」
「あの片眼鏡、とんだクソ野郎だったからよぉ、たぶん全部嘘だぜ」
「奴も随分と嫌われているな。全く何をしたのやら」
ブンブンと空中で荒ぶるメフィストの横で、フィルは苦笑いを浮かべている。
その様子を見るに大した事ではないのだろうと、クレアは一笑に付し、話を続けた。
「まぁ奴からすれば部外者のフィルメイルに、そんな嘘を吐いても意味がないと思うがね……鍵を持つアイリス嬢をトルシオン卿の『庇護下に置かせぬこと』それが真実だとすると、トルシオン卿も持っているのかもな……ソロモンの遺産を」
「えっと、持っていると何か問題でも?」
普通の弟子? であるアッシュが二つも持っていたのだから、愛弟子たるトルシオン卿も一つや二つ持っていても可笑しくないだろう。
そうフィルは考えたのだが、先のクレアの口調がそれを否定している。
ゆえに、フィルにとって今の質問の答えは『問題あり』だと分かっていた。
要するに、ただの相槌である。
「トルシオン卿も愛弟子三人のうちの一人でね。彼が善良な心の持ち主なら持っている訳がないんだ。セルゲイ氏の遺志を尊重するのなら、ソロモンの遺産の全ては孫であるアイリス・ブラッド嬢の元になければならない。セルゲイ氏の死後、彼女が正統に受け継ぐ筈だったのだから。もしトルシオン卿がアイリス嬢に隠してソロモンの遺産を所持しているとしたら……」
「悪人かも?」
「結局のところ部外者の我々には分からんがね。なんにせよ、お前も余計なことに首を突っ込み過ぎないことだ。ソロモンのごたごたは根が深いぞ、フィルメイル」
情報提供を装いながらも、クレア先生が本当に言いたかったことは『あまり心配させるな』なんだろうなぁと理解し、フィルの目尻がふにゃりと下がる。
「はい先生、気を付けます。まぁ、他所様のお家事情に立ち入る気なんてないですから。正直、そこには興味ないので」
「フッ……お前が興味あるのは、アイリス嬢だけだろう」
クレアの見透かした視線に対し、フィルはわざとらしく体を後ろへ下げ、お道化た反応を示した。
「げっ! やっぱりお見通し。そっりゃぁもぅ可愛かったですから」
「そっちの趣味も程々にしておけよ」
「はーい」
クレアは気の抜けたフィルの返事に怒ることなく、穏やかな笑みを浮かべる。
フィルは、先生の厳しさが漏れ出している普段の顔も嫌いではないが、こういう顔の方が『趣味』だなと、自身の表情を緩めた。
後で付き合うことになる『先生の暇つぶし』も、同じくらい穏やかならなぁと、淡い期待を抱きながら。




