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第6話 道具

 目が覚めたとき一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。住み慣れたはずのヴァルトラント王宮の自室に違和感を覚えてしまったことに、少し動揺した。こうして独り立ちしていくのかとも思える。


 朝食は自室で一人で食べた。

「よくお休みでしたので」

 マリアの言葉で寝坊してしまったのだとわかった。

「陛下は、午前は予定が外せない故、昨日のつづきは昼食で、とのことでした。それまでは自室でゆっくりとしてほしいとも」

「陛下にお礼を」

「かしこまりました」


 自室のテーブルで遅い朝食を摂る。ノルトラント式のガッチリとした朝食に比べると、パンとヨーグルト、そしてお茶だけというヴァルトラント式は物足りない。つい1年前まではこれで満足だったのだから笑ってしまう。食後のお茶をいただいていると、マリアが書類の山を持ってきた。ここ1年のヴァルトラントでのできごと、経済情勢、政治情勢をまとめたものにくわえて、ステファン殿下を刺したシモンについての詳細な報告書もあった。

 いずれも私がノルトラントにもどったときの行動指針として知って置かなければならない内容だ。随分な量があったが丁寧に読む。もちろん持ち出しは許されないから、一発で頭に入れなければならない。


 資料に向かおうとしたら、マリアがエルハルトの来室を告げた。

「おいそがしいのに申し訳ありません、父上が必要ならば手伝いをせよとおっしゃいまして」

「ありがとう、助かるわ」


 エルハルトは来年には中等学校にあがるのだが、私とは結構年の離れた弟である。私はエルハルトが生まれたときから、彼がかわいくてならなかった。昨日の夕食は実質報告の場であったから、父上は短い時間でも姉弟で一緒の時間をすごせるようにとお命じになったのにちがいない。


 最初にシモンについての調査を読む。ノルトラントで聞かされていた内容とほぼ同じだが、聖女様とステファン殿下がシモンの生家を訪れた話が追加されていた。聖女様が植えた木は日に日に大きくなっているという。近隣の農民たちが朝と夕方に礼拝しているという。


 続けて経済情勢についての報告を読む。我が国は農業国だ。昨年は豊作でなんとか輸入を輸出が上回った。今年も現状そうなりそうである。しかしノルトラントへの賠償金だけでなく戦争準備のためにつくった借金の返済が苦しい。最終的にこれが原因でヴァルトラントからお金が流出している状態になってしまっている。


「姉上」

「なに、エルハルト」

「僕なりに経済については勉強してみた。豊作でお金が足りないのならば、我が国は近々破綻する。ヴァルトラントの経済が破綻した場合、お金を借りた先は主に帝国だから我が国は帝国に飲み込まれることになると、陛下は判断されているよ」

「そっか」

「それで今国内は、現状維持派、帝国派、ノルトラント派に分かれているよ」

「父上は?」

「ノルトラント派だね。だけど他勢力も弱くなくて、なんとか陛下が抑え込んでいる形だよ」

 エルハルトはそう言いながら政治情勢をまとめた報告書を持ってきてくれた。


 大雑把に言って地方貴族たちは現状維持派が多い。ただ積極的に現状を維持しようというのではなく、日和見的なのだ。情勢次第で強い派閥につくだろう。

 中央の重臣の3分の2は、帝国派だ。筆頭は宰相のベルティルである。戦争にもかかわらず生活水準を落としていないのを、報告書は帝国からの支援をうけているという間接的な証拠としていた。

 ここまで見ると帝国派が主流を占めそうなものだが、そうなっていないのは軍部のためだ。軍部はもともと王室への忠誠心が強いが、この国の誰よりもノルトラントの強さを知っている。食糧不足が原因でやった戦争だが、軍事的なきっかけとしては魔物の使役に成功したことがある。魔物の使役はいまだ続けられてはいる。使役の方法はすでにノルトラントに知られてしまっているから、ノルトラント相手の優位性はもはやない。軍部がノルトラントとの融和を望んでいるので帝国派が動けないのだ。


 ただ帝国派による軍上層部の切り崩し工作はとっくの昔に始まっているともある。


 このように我が国は危なっかしいバランスの上でなんとか日々を過ごしているのだ。

 私は今まで、なんとなくエルンハルトが将来国王を継ぐものと勝手に思っていた。彼自身もそう思っているだろう。しかし今、国の本当の状態を見てみるとそんなことはどうでもよくなっていた。


「エルハルト」

「はい、姉上」

「私は明日、ノルトラントにもどるわ」

「はい、寂しいです」

「私も寂しいわ、でも今、ヴァルトラントの危機を前にして、グズグズとしてられないわ」

「そうですね。私も来年、ノルトラントに向かいます」

「それまで今まで通り、しっかり勉強してね」

「はい、姉上」


 父上はとにかく国を守り、民を守るために、正しい選択をしなければならない。私もエルハルトも、そのための道具にすぎない。


 誇りをもってその役割を果たそうと思う。

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