第28話 ねずみ色の空の下
次の連休を利用して、大聖女様はアルターハーフェンへ行くという。その旅行に私は同行することになった。アルターハーフェンで海の警備をしているレオパルド様と私が頻繁に手紙をやり取りをしていることは大聖女様たちがご存知であろうし、ノルトラントの防諜担当の部署は私達の手紙の中身も読んでいるだろう。レイコ先生を通してアルターハーフェンへの同行を
打診されたのだが、そもそも大聖女様がアルターハーフェンへ行くというのも私とレオパルド様の関係がその原因だろう。大聖女様のことだから、レオパルド様の人柄を確認し、問題がなければなにがしかおせっかいを焼くのではなかろうか。
そう言うわけだから恥ずかしくてならないのだけれども、直接レオパルド様にお会いできる機会は貴重である。レイコ先生に言われたときは反射的にお願いしてしまったものの、恥ずかしいからと言って今更断ることもできなかった。
出発は王宮からとなった。大聖女様とステファン殿下は国王陛下にご挨拶してアルターハーフェンへ向かう。私もそのご挨拶の場に同席を求められた。私も一応王女であるし、かつての敵国の要人だから王都を離れる際に無断でいいわけがない。女子大の寮を真っ暗なうちに出発した。王都までは大聖女様、ステファン殿下、フローラ先生、ヘレン先生、大聖女様の身のまわりのお世話をするネリーさん、それに私が一代の馬車に乗り込む。
ぎゅうぎゅうの車内で早速大聖女様がお尋ねになった。目がうるうるとされている。
「オクタヴィア殿下、レオパルド様って、どういう方ですか?」
「アン」
大聖女様のご質問を、ステファン殿下が遮った。フローラ先生、ヘレン先生の方からは呆れたようなため息が聞こえてくる。
「アン、そんなにいきなり聞いちゃだめだよ、殿下が困っていらっしゃるだろう」
「だって、夜会のときいろんな男性にお会いになって、その中で選ばれたのよ。きっと素敵な方よ」
「それはそうだけど、逆にアン、ぼくのどこがいいのかとかって、聞かれても困るだろう」
「困んないわよ。やさしいでしょ、私のことよく理解してくれてるし、何と言っても、自分の幸せより、国の未来、そして私の幸せを優先してくれるところよ」
「もういい、それよりアン、僕に最初に会ったとき、そこまでわかんなかっただろう」
「わかったわよ」
「ほんとに?」
「う、うん、多分」
「ま、僕はわかったけどね。アンの学問に対する姿勢とか、情熱とか」
するとヘレン先生が横から口を挟んだ。
「殿下、それはそうだけど、逆に、学問以外の点、なんかわかったの?」
「いや、それだけで人柄がよくわかったよ」
「はいはい」
その後大聖女様はなんかデレデレしていて、気がついたら王宮にもう着いていた。大聖女様は馬車を降りるとステファン殿下に完全に体重を預けるようにして歩いていった。それを見てフローラ先生は、私に言った。
「ほんとしょうがないわね。見ていて恥ずかしくなるでしょう、殿下」
「いえ、なんか羨ましいです」
「あ、そ、そうですか、失礼しました」
フローラ先生は、そそくさと先に行ってしまった。
私達は謁見の間に通された。とても大きい部屋で、何回か来たことがある。今日は大聖女様一行がアルターハーフェンへ発つ前の挨拶ということで、僅かな人数しかいない。整列して待っていると、国王陛下が入室された。跪いて挨拶する。
「聖女アン、オクタヴィア姫、忙しいところ済まない。楽にしてくれ」
一同、起立する。
「オクタヴィア姫、アルターハーフェンは我が国でもっとも古い港の一つだ。今は貿易量は国内一位ではないものの、貴重な不凍港なのだ。姫の目で、その地の民と産業を直接見てきていただきたい」
「貴重な機会をいただきありがとうございます、陛下」
「本当はじっくり時間をかけて見てもらいたいのだが、姫にも学業がある。暖かくなったらまた行く機会もあるだろう」
「はい、陛下、ありがとうございます」
謁見はごく簡単にすみ、退室した。
王宮の廊下を下がりながら私は考えていた。さきほどの陛下のお言葉の意味である。もちろん陛下は私とレオパルド様との文通をご存知だ。私はもしかしたら将来アルターハーフェン領主の妻になるのかもしれない。今のうちにその地を見ておけと言われた気がした。
王宮から出て王都の外に出たところで橇に乗り換えた。馬車は6人乗りであったが、ここからの旅はアルターハーフェンまで2日かかる。橇1台に6人乗れることは乗れるのだが、狭い車内はつらいということで、2台に分乗となった。私は大聖女様、ステファン殿下、フローラ先生と一緒に1台目の馬車に乗る。大聖女様と一緒というのは光栄だが、大聖女様おつきのネリーさんが別の馬車になるのは、ちょっと申し訳なく思った。
もう明るくなったのだが小雪が舞っている。ねずみ色の空の下の旅は少し不安だが、レオパルド様はこんな空の下でも海に出ているのだろう。私はもっと心を強くする必要を感じた。




