第25話 厄介事
「ステファンは差し上げるわけにはいきませんよ」
ヴァルトラント次期国王にステファン王子を、同じくヴァルトラント聖女職にアン聖女様をと乞う私に、ミハエル殿下は笑顔ながらもはっきりと仰った。私は思わず、
「それは困りました……」
とこぼしてしまった。それでも私は勇気を奮い起こし、言葉を継いだ。
「私としましては、幸せなご家族を引き裂くようなことをお願いするつもりはありません。ヴァルトラントをもそのご家族にお加えいただきたいと願うばかりです」
「そう仰られましても、ヴァルトラント王室も幸せなご家庭をお築きのことでしょう」
「おかげさまで家族は睦まじく暮らしております。しかしご存知のように、王家の幸せは国民生活が幸福であってこそです。残念ながらヴァルトラント国民は、遠からず困窮生活に再び陥ることが目に見えているのです」
「それはまた、どうしたことでしょう」
それから私は先の帰国の際、父や前宰相のディートリヒ、現外務大臣のゲオルグから聞いた我が国の状況、特に財務状況について説明した。大聖女様には伝えてあったが、先日ノルトラント国王陛下にはここまで詳しく報告していない。説明するに連れ、ミハエル殿下、ヴェローニカ妃殿下の表情はみるみる暗くなった。
私が説明一通り説明したあと、しばらくお二人からお言葉はなかった。
永く感じられた沈黙のあと、ヴェローニカ妃殿下がつぶやくように仰った。
「それでは、アンが貴族たちの反感を買ってでも賠償金を抑えたのに、それでも、ヴァルトラントは救われないというのか」
そしてミハエル殿下も仰った。
「とにかく早晩、ヴァルトラントが財政破綻することは理解しました。私としてはせめて、ノルトラントへの支払いがおくれても大丈夫なように、各方面に交渉します」
「ありがとうございます」
「それでオクタヴィア殿下、お願いなのですが」
「はい」
「今のお話、しばらくでいいですから、聖女様にはお話しないでいただけませんか」
「それは」
「今のお話ですが、聖女様にせよ、ステファンにせよ、あの二人はそれを知れば、ヴァルトラントを救うため具体的に行動を始めるに違いない」
「申し訳ありません、殿下。もう、大聖女様にはお伝えいたしました」
「な、なに、いつですか?」
「秋、帰国したすぐあとです」
「え、な、なんと、まずい。ヴェローニカ、なにか聞いているか」
「いえ、何も」
「ということは、あの者たち、我らに知られないよう、各種研究をしているにちがいない」
「そ、そうですね、しかしアンが、私達に隠れてそのようなことなど、できるでしょうか」
ヴェローニカ様は、大聖女様に対する敬称を忘れてしまっている。
「そなたの気持ちはわかる。確かに昔なら、感情のままに突っ走ってしまうだろう。だがことがことだ。慎重に仲間たちと動いている可能性がある」
「ですが殿下、あのアンがノルトラントの人々や女子大を捨ててまで、ヴァルトラントを救うために動くでしょうか」
「ああ、もちろん苦悩しているに違いない。だがわかるだろうヴェローニカ、そんなときこそアンは、自分を捨て、困っている人のために動くだろう」
「は、はい」
ヴェローニカ殿下は、うなだれてしまった。
しばらくの沈黙のあと、ミハエル殿下は口を開いた。
「オクタヴィア殿下、具体的にどうするとは申し上げられないのですが、必ず、必ず悪いようにはしませんから、しばらくでいいので、このお話、待っていただけませんか」
「待つとは、どのように」
「ええ、聖女様をに決断をせかすようなことさえしないでいただければ、それで結構です」
「わかりました、ご迷惑をおかけします」
「お願いします。とにかくお時間だけいただければ」
「はい、殿下、妃殿下」
会見はこれで終わりだった。私は会見の部屋から王子ご夫妻より先に退出したのだが、廊下に出る際視界の端にご夫妻の様子が見えてしまった。ヴェローニカ妃殿下はミハエル殿下の胸に顔を埋めていた。私はノルトラント王室にとんでもない厄介事を持ち込んでしまっていたことに今更ながら気付いた。
女子大の寮へは行きと同じくヴァルトラントからの留学生たちと一緒に馬車で帰る。彼女たちは誰とダンスしたとか、誰々が素敵だったとか盛り上がっていた。しかしノルトラントに負担をかけてしまっている我が国の現実に、気持ちが盛り上がらなかった。その気持が通じたのか、車内はいつのまにか静かになってしまった。
寮に帰って自室に帰ろうとすると、夜会に同行した4人は着いてきた。そして私の許可もなく私の部屋に入ると、一番後ろにいたグリセルダ嬢がドアを閉めた。そしてシルヴィー嬢が言った。
「殿下、今夜、重大な会談を王子ご夫妻とされたのはわかっています。殿下のお顔から、それがあまり思わしくない状況だということもわかります。そしてその重大性から、私達にお話いただけない内容だということも理解しております。ですが殿下、私達はただ単に学問をするためだけにノルトラントに来ているわけではありません。どうか殿下、どんなささいなことでもいいですから、殿下のお仕事のお手伝いを私達にさせてください」




