第22話 ダンス
レイコ先生ネリス先生は、夜会の前日も勉強につきあってくれた。私達の他にも夜会に出席予定の学生は何名かいて、私達の勉強会に合流した。その中には帝国のカトリーヌ様もいた。
夜会への移動はマクシミリアン大使が差し向けてくれた馬車だった。大使とは現地で合流する。薄暗くなりつつある雪道を馬車はゆっくりと進む。季節が進めば橇になる。そうなってしまうと女子大から王都へは自由に移動できないから、多分今年の私が参加する夜会はこれが最初で最後の夜会になるだろう。女子大からの私達ヴァルトラント以外の出席者も、後続の馬車の中で同じことを考えたり話題にしているに違いない。
私達の馬車の中も、夜会に関する話題だった。
「私達の衣装、大丈夫でしょうか」
そう心配するのはグリゼルダ嬢である。私達ヴァルトラント組は最新のドレスなど着れない。そんなお金もないし、それをオーダーする時間も無いからである。だから私達は皆、ヴァルトラントでもクラッシックだが廃れることのないデザインのものを祖国から持参していた。私としては、森の国ヴァルトラントの色である緑をベースとしたデザインのものを着ていた。グリゼルダ嬢は濃紺のドレスで一見地味だが、生地に光が当たると美しく輝く。
「グリゼルダ嬢、似合っていますよ。あなたの瞳の色といい取り合わせだと思います」
「そ、そうですか」
そして私達は皆、ヴァルトラント特産のリボンを髪につけていた。
「このリボンの意味、殿方にわかっていただけるでしょうか」
私達がつけているリボンは、白地にヴァルトラントの森を表すデザインが入っている。その色は各人のドレスの色に合わせてある。白地のときは未婚であることを示し、色の入った地であれば既婚または婚約中であることを示す。貴族の場合今夜のような夜会、庶民であればお祭りのとき女性はこのリボンを着けるのだ。同様の習慣がノルトラントにあるかどうかは知らない。
「いずれにせよ、みなさん似合ってますわよ」
と本心から返事しておいた。
馬車の外が明るくなった。王都に入ったのである。私達はだれが指示したわけでもないが居住まいを正した。ほどなくして王宮正面の車止めに馬車が止まった。
ドアが開けられると冷たい風が入ってきた。外には私のエスコート役のマクシミリアン大使、さらには同行の留学生たちのエスコートに若手の外交官が4人見えた。にこやかな大使の手をとり、導いてもらう。王宮の中はすでに到着した人々が沢山いて、会話する声でいっぱいだった。
知らない顔も多いが、時々挨拶される。女子大の学生、先生も多いが王女という立場上、ノルトラントや他国の外交関係者は頭に入っている。意識してにこやかに挨拶を返す。私はかつての敵国とは言え王女であるから、エスコートのマクシミリアン大使とともに別室に導かれた。
別室ではノルトラントの王太子夫妻がお待ちだった。ミハエル王子とヴェローニカ妃である。
「オクタヴィア殿下、お越しいただきありがとうございます」
王子はにこやかだった。
「こちらこそ、ありがとうございます」
礼を返すと、ヴェローニカ妃は、
「我が国の聖女様ですが、簡単にお渡しするわけにはいかないですよ」
と、目だけは笑っていない笑顔で冗談めかして釘を刺されてしまった。
「ヴェローニカ、そんなふうに言っては殿下がお可哀想ではないか。我が国とヴァルトラントはもう友好国だ」
「もちろんそうですが、それとこれとは別です」
「ははは、申し訳ないですな。なにせヴェローニカはアン聖女様がまだ8歳の時からのつきあいなので、特別な思いがあるのですよ」
私は思い切って、少し突っ込んだ話をさせてもらおうと思った。
「ミハエル殿下、ちょっとお時間をいただけないでしょうか」
「わかりました、では夜会のあとで」
「ご配慮、ありがとうございます」
夜会は盛会だった。次々と若い男性からダンスに誘われる。男性は皆、由緒ある名家の子息ばかりであった。どの方も理智的かつ引き締まったスタイルで、甘やかされて育ったような悪い意味の貴族のようには見えなかった。それでも心惹かれる方は一人を除いていなかった。その方はその夜私が踊った最後の方だった。
最後に踊ったその方は、夜会の終盤におずおずと私に声をかけてきた。
「あの、オクタヴィア殿下、もうお疲れでしょうか? そうでなければ私と一曲お願いできないでしょうか」
「ええ、喜んで」
そうは答えたもののもう私の足は重くなっていたし、その方の服装はすこし古臭く感じられた。
「アルターハーフェンのテオパルドと申します」
「テオパルド様、どうぞよろしくお願いします」
テオパルド様は、あまりダンスが上手ではなかった。そもそも少し緊張しているのか、動きが硬い。おそらくお父上あたりからこの夜会で女性の知人を増やすよう厳命されたのではなかろうか。ただ、私の足を踏まないように相当気を使っているのは伝わってくる。
ダンスが終わったところで、私は話しかけてみた。
「テオパルド様、すこしご領地のお話、お聞かせいただけないでしょうか」
「あ、はい、光栄です」




