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第2話 車中にて

 私が聖女様に初めてお会いしたのは、シモンによるステファン王子暗殺未遂事件が起きる3年近く前になる。ノルトラント第一王子のミハエル殿下の結婚式にヴァルトラント王の名代として出席したときだ。戦争の記憶も生々しく、最高責任者である父は出席を遠慮した。

 我が国との戦争に勝利し半年ほどたったノルトラントは、ロイヤル・ウェディングに沸き立っていた。失礼ながらミハエル殿下よりも、配偶者であり戦争の功労者でもあるヴェローニカ第三騎士団長の人気が高かった。国中が彼女の結婚を祝福していた。

 情報によれば戦争中、第三騎士団長の側には常に若き聖女がいて、常に有効なアドバイスのみならず新兵器も開発していたとのことだ。聖なる力を持つ者との戦いに勝てるわけもなく、我が国が練りに練った戦争計画は、聖女によってすべて打ち砕かれたのだ。

 敗戦後当然ノルトラントからヴァルトラントに賠償金の要求があったのだが、驚くほど少ない金額であった。和平がなったあと帰国した捕虜であった下級騎士のヘルムートによると、それは聖女の強い意志によるとのことだった。

 不思議だった。我が国の戦争計画を察知し、我が国の作戦をことごとく叩き潰した彼女は我が国を憎んでいるはずである。


 結婚式にはヘルムートが同行した。彼は聖女が同行した部隊と交戦し、その際に捕虜になってしまった。彼は聖女による拷問にも口を割らず我が国の情報を一切漏らさなかったことが英雄視され、ヴァルトラント国民の人気が高い。捕虜生活中に恋仲になったノルトラント女性ユリアを娶ったが、そのユリアは聖女の身の回りの世話の経験もある。また捕虜生活もいつも聖女の近くに置かれたため、ヘルムート夫妻が私の同行者に選ばれたのだ。


 ノルトラントに向かう馬車の中で、私はヘルムートに聞いてみた。

「アン聖女とういうのは、どういう方なのですか」

「恐ろしい方です、殿下」

 私はやはり、と思ったがユリアが口を挟んだ。

「あなた、それは違います」

「どういうことだ、ユリア」

「失礼ながら殿下、ヘルムートは聖女様との出会いが出会いでしたので、印象が悪いのだと思います」

 報告によれば、捕虜となったとき尋問したのはヴェローニカ騎士団長だが脇に聖女が居て、ヘルムートが何度自殺を図ってもそのたびに蘇生したそうだ。

「ヘルムートが話さないとなったら、その場で処刑してもおかしくないと思うのですが、ヘルムートはそのときの恐怖が忘れられないようです」

「うむ、まあ死すら許されないというのは恐ろしいのでしょうね」

「殿下、雨のように降る矢の中を前進するよりも恐ろしいことでした」

「そうですか」

 納得しそうになった私にユリアが発言した。

「恐れ多いですが、殿下、よろしいでしょうか」

「はい」

「聖女様は下級騎士でしかないヘルムートをきちんと治療しました。また、ヴァルトラントの捕虜はみなきちんと治療され、戦死者はていねいに葬られたとのことではないですか」

「それもそうですね」

「殿下、聖女様は平和を愛する方です。ただお仕事に忠実で責任感も強いお方ですから、戦争という現実から逃げず、一日も早い終戦を願い、やるべきことをなさったのです」

「拷問もそのためでしょうか」

「そうでもありますが、殿下、聖女様の拷問の話し、なにか変ではないですか」

「そうでしょうか、ノルトラントは公式に認めていますが」

「そうですが私には、聖女様やヴェローニカ様がそのようなことをするとは思えないのです。ヘルムートの報告では、具体的に拷問の記録は無いではないですか」

「確かに無いですね」

 するとヘルムートが発言した。

「あのときヴェローニカ殿は、確かに拷問を匂わせたのです」

「でも実際には行われなかったのですね」

「はい」

「ですがそれは、私が口を割らないと判断したということで、必要ならばあの方々はなんでもやると思います」

「あなた、それはあくまで、任務上ということでしょう」

「それはそうだ、私にはむしろ、日頃穏やかな聖女様が戦闘となったらどれだけ恐ろしい戦士と化すか、それを恐れているのだ」

「情報では、最後の大規模戦闘となったヘルムスベルクの戦いに直接参加されたのことでしたね、ユリア」

「はい殿下。私はそのとき王都におりましたので詳しくは知りませんが、城壁上に出て陣頭指揮をとったと聞いています」

「それが初陣ですか」

「いえ、戦闘には何度か参加されているようです。ある戦闘では負傷もされたそうです」

「負傷してでも戦場にもどる勇気は、すごいものですね」

 ヘルムートが私の感想に答えた。

「我々職業軍人であればともかく、あの方は聖女様です。それでも必要であれば甲冑を着て前線にでるのです。そういうときノルトラント兵は聖女様だのみにはならず、一致団結して聖女様を守りながら攻撃してくるのです。それだけならともかく、ドラゴンが来ますから」

「そうでしたね」


 私はしばらく考えた。アン聖女という人はいったいどういう人なのか。戦場における彼女の姿はヘルムートの話で見えてきたが、普段の彼女はどうなのだろうか。

「ユリア、あなたから見ると、アン聖女とはどのような方なのでしょうか」

 ユリアはちょっと考えてから答えた。

「殿下、一言では言えませんが、お仕事では学者、プライベートでは恋に溺れる女の子ですね」

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