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第19話 雪の日

 お料理研究会はうまくいかなかった。正確に言うと、うまく行き過ぎた。


 最初は私達ヴァルトラント出身者でこじんまりと始めた。週末の午後、食堂の片隅を使わせてもらった。ヘレン先生は毎回来てくれた。なぜなら大聖女様が毎回出席したからである。最初の回は簡単な焼き菓子を作った。大聖女様は必ず出席してヘレン先生のすぐ近くに陣取り、熱心にメモをとり、真剣に作業していた。そんな大聖女様にヘレン先生が文句を言った。

「聖女様さ、熱心なのはいいとして、この研究会、学生のためのものだよね。あんたがそんな一番いいところにいるとみんなが私の手元見れないよ」

「いやいや私の場合、国家の超重要人物に食べてもらうんだから特等席にしてもらうのはしかたないのよ」

 大聖女様はステファン殿下に作る気であるのだろう。

「そうだけどさ、それに関してはオクタヴィア妃殿下もそうよ」

「そうね、オクタヴィア妃殿下、どうぞ私の隣へ」

 私は別にそんなに悪い場所にいたわけではなかったが、フローラ先生がどいてくれた。

「あとさ、ネリス、あんたも少しは遠慮しなよ」

「ワシは聖女様の警護中じゃ、離れるわけにはいかん」

 フローラ先生が、

「ネリス全然周囲に警戒してないじゃん」

と指摘すると、

「うるさい! マルスに食わせるんじゃ!」

と開き直った。

 この騒ぎがいけなかったのか、いつの間にか人垣が私達を取り巻いていた。親衛隊のマリカさん、ラファエラさんも警護を放棄し手にはメモ帳をもっている。


 ある回でお菓子を焼いている間、雑談になった。しばらくは今日の出来具合など話していたが、ふと大聖女様がおしゃった。

「ヘレンさ、次、プリンにしない?」

「プリンか、そんな難しくないね」

「そうなの? じゃ次絶対プリンにしよう。プリンがいい」

「わかったわかった、次プリンね」

「やった~!」

 私はつい聞いてしまった。

「大聖女様、プリンとは、そんなに美味しいものなのですか?」

「そうよ殿下、プルンとしていてスルッと飲み込めて、あれは最高よ」

 よくわからなかったが、

「そうですか、それは楽しみですね」

と返事しておいた。

 というわけでその次は「プリン」なるお菓子をつくることになった。


 そのプリンづくりを待つ日々の中、私は女子大の廊下で帝国の聖女候補、カトリーヌ嬢から声をかけられた。

「オクタヴィア殿下、プリンとはおいしいものなのでしょうか」

「ええ、大聖女様によるとプルンとしていてスルッと飲み込めて、最高なのだそうです」

 擬音だらけな私の説明のせいだろう、カトリーヌ嬢は笑い始めた。

「よくわかりませんが、とにかく美味しいのですね」

「ええ、私もよくわかりません。ですからとっても楽しみです。ですがその話、どこでお聞きになりました?」

「聖女様が授業で力説していました」

「力説ですか」

「そうなんです。算術の授業をとめて『あれは食べなければだめです』と仰っるんですよ。ですけど聖女様の説明がよくわからなくて……」

「だれかご質問されなかったのですか」

「しましたけど、『食べればわかる』とだけ仰られて……」

「そうですか、ではカトリーヌ様も次回の研究会いらっしゃいますか?」

「ええ、ぜひ。ですけどこの調子だと参加者がたいへんなことになるのではないでしょうか」

「そ、そうですね」

 私は明日、出席者が部屋に入りきれるか、材料が足りるか心配になってきた。

 

 雪が降り始めた。ついにノルトラントに冬がやってきた。私にとって三度目のノルトラントの冬だ。もちろん祖国ヴァルトラントでも雪が降る。だけど十日に一回降るかどうかである。寒い地域ではそれがすこしずつ溜まり春まで雪に覆われてしまうが、それは我が国のごく一部だ。首都では雪が降っても数日でなくなってしまう。ところがノルトラントでは毎日のように雪が降る。この連日の雪が、私にノルトラントにいることを実感させる。


 明日はプリン作りという日の午後、私は礼拝堂に行った。この日は先の戦争で最後の決戦を我が国がノルトラントに挑み、そして敗れた日であった。戦場に散った戦士たちのおかげで今私は生きている。私は表面的には学問をし、料理を覚えと花嫁修行みたいなことをしているように見えるだろう。しかし本当の私は祖国ヴァルトラントが帝国に飲み込まれないよう、ノルトラントと友好関係を維持する努力をしている。これに失敗すれば戦死した者たちに私はあの世で顔向けできない。かつての敵国の礼拝堂をお借りし、神に祈り、あの世の英雄たちに力をいただきたいと思っていたのだ。夕方には聖騎士団の方たちが礼拝堂で儀式を執り行うことになることを知っていたから、その邪魔にならないように時間をずらしていた。


 礼拝堂に入ると八人の先客がいた。一列に並んで跪いている。私は邪魔をしたくなくて、礼拝堂を出てまた時間をずらそうと思った。


「オクタヴィア妃殿下」


 出ていこうとする私の背後から声をかけられた。声音は大聖女様だった。


 振り返ると大聖女様とお仲間たちがみな涙を流したお顔でこちらを見ていた。

「失礼いたしました。お邪魔いたしました」

 私はとりあえず謝罪して、礼拝堂から出ていこうとした。

「待って、一緒にお祈りしましょう。今日はヴァルトラントにとっても大事な日だものね」

「はい」


 祭壇の前まで来ると、大聖女様が仰った。

「今日は雪だけど、あの日戦いが終わったあと、雪が降り始めたの」

「はい」

「あのね、戦いが終わって朝が来て、私城壁に出たの」

「はい」

「それでね、見えるのよ、ヴァルトラントの方の亡骸が雪に覆われていくの」

 その話は聞いたことがなかった。

「ノルトラントの戦死者は優先して回収したのだけれど、とてもじゃないけどヴァルトラントの方まで手が回らなかったの。地面が真っ白になったんだけど、ところどころ、盛り上がっているところがあるのよ。私、それを見るのがとてもつらかった」

 聖女様は再び涙を流していた。

「敵ではあるけれど、あの方たちは国のため、家族のためにノルトラントまでやってきたことは間違いない。だけどもう、帰れない。私にはお名前も知らないあの人達に、お顔をみることもできないあの方たちに、城壁の上からまとめてお祈りすることしかできなかった」

 私も目から涙が出てくるのを感じた。

「今でも思い出すと辛い、でも今日の儀式で私は泣くわけにはいかない、だから今、仲間といっしょにお祈りしているのよ」

「はい」

 やっと返事をすることができた。

「だからね、一緒にお祈りしましょう。あの方たちも、王女であるあなたがお祈りすれば、きっと喜ぶと思うのよ」


 私は思った。今までは政治的な理由で大聖女様を我が国にお迎えするつもりでいた。しかし今、私の横でお祈りされる大聖女様は国とか関係なく、国を家族を愛する人のためにお祈りしている。この方に我が国の聖女職を兼ねていただければ、両国の外交関係が良好になるだけでなく、ヴァルトラント国民の心の平安をも約束されるだろう。

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