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第1話 父の手紙

「オクタヴィア様、お手紙がきてますよ」

 ノルトラント女子大の図書館での自習から学生寮にもどると、寮監のゲルリンデさんから父からの手紙を受け取った。父は母国ヴァルトラントの王であるから、手紙の外観だけでその手紙が父からのものであることはわかる。封は開けてあった。少し前までステファン王子暗殺未遂事件の関係で国境が封鎖されていたのだから、検閲が行われるということは通告されていた。平時でも開封されたことがわからないように検閲されていたとは思う。父もそんなことは百も承知で書いているに違いない。私もそうである。


 自室にもどり読んでみる。




オクタヴィア、学問に励んでいるか。

 大聖女様、ステファン殿下はお元気でいらっしゃるだろうか。オクタヴィアも知っている通り、先日お二人にはヴァルトラントの名産品をたくさん食べていただいたが、まだお食べ頂いていないものが数多ある。ぜひともお越しいただき食べ尽くしてほしいものだ。お二人には冬には冬、春には春、夏には夏のうまいものがあることを、具体例を挙げてご説明申し上げてほしい。

 それはそうと、この夏オクタヴィアは帰国しなかった。学問に打ち込みたいという事情は異理解している。されど家族のことで少々そなたの意見を聞きたい事がおきたゆえ、近々帰国してもらいたい。

 せっかくいただいている学問の機会を失うことになるから、女子大の先生方にもそなたにも申し訳ないと思うのではあるが、なんとか短期間でも帰国することを考慮してほしい。

 お世話になっている方々にはくれぐれもよろしく伝えるように。




 久しぶりの父からの手紙は、私の健康など気遣うことはかけらもなく、むしろ聖女様と殿下のご健康を心配し、事務的に帰国を指示してきただけだった。


 夏の終わり、我が国ヴァルトラントの出身者シモンはステファン王子暗殺事件を起こした。

 シモンはヴァルトラントの農家の末っ子で、相続する畑もないので帝国で船乗りになっていた。シモンの兄たちはヴァルトラントとノルトラントの戦争で皆戦死してしまったため、シモンはノルトラント側の戦争の実質的な指導者アン聖女様を逆恨みしていた。

 彼の乗り込む船が、帝国の陰謀に加担してしまったことは不幸であった。ノルトラントの調査によれば、借金を理由にその船の船長は帝国公安部からの指示により、スパイを乗せ、わざとノルトラント沿岸で座礁事故を起こさせた。シモンはそのスパイではなかったようだが、慰問におとずれたアン聖女様を暗殺しようとしたのだ。ステファン殿下は聖女様を守ろうとして刺されてしまい、聖女様はシモンを一刀のもとにシモンを斬り殺したという。


 聖女様は事件にショックを受けた。先の戦争は我が国ヴァルトラントが聖女様やステファン殿下の国ノルトラントにしかけたものである。多大な努力で戦争を集結させた聖女様は未来に禍根を残さないため、ヴァルトラントに課した賠償金も多くならないよう強く主張されたと聞いている。戦場では我が国の戦死者にも祈りを捧げていたとも聞いている。その聖女様の行いが、この事件によって否定されたと感じられたのだ。私には鬱状態になっているように見えた。


 ノルトラント王室の怒りは当然大きかった。陰謀を企んだ帝国とは国交断絶となった。国境が接していれば戦争である。我が国ヴァルトラントとの国境もすべて封鎖され、私は拘束こそされなかったが常に監視下におかれた。女子大には何人かヴァルトラントからの留学生もいたが、私のようにこちらに居た者は一切の通信が禁止されたし、里帰りしていた者は大学の新学年に間に合わなくなってしまった。


 帝国とはまだ国交断絶のままだが、我が国との国境封鎖は解除された。この事件にヴァルトラント当局は一切関与していないが、ヴァルトラント側からは父が退位し、新国王としてステファン殿下に来てほしいと提案したそうである。我が父ながら大胆なことを言うと思った。しかしそれよりもノルトラントの態度が軟化したのは、聖女様がご回復されたのが大きいと私は思っている。ステファン殿下といっしょにドラゴンのルドルフくんに乗って、ヴァルトラントへ行って美味しい果物を食べてきたら回復できたという噂だ。


 ただ私には詳しい情報はわからない。いくら王女である私であっても、ノルトラントがヴァルトラント人である私にすべての情報をくれるわけがないからだ。ノルトラント側からなにか教えてもらったとしても、それはヴァルトラントに伝えたい内容だけに限られる。父の手紙は帰国してほしいという希望という形式をとっているが実質的には指示であり、私も情報に飢えていたから帰国することに異論はない。ただ学問が遅れることだけが気になるだけだ。


 私は自室を出て、寮監のゲルリンデさんのところへ行った。手紙を見せるためである。寮生はなにかあれば寮監に報告することになっているし、ゲルリンデさんはそもそも聖女様の指揮する聖騎士団の騎士の一人である。ノルトラントの当局は父からの帰国要請は認知しているだろうが、これで私が帰国を承諾したというのもわかるだろう。


「あなたの場合単なる欠席というわけにはいかないでしょうから、学生課に欠席届をだすとともに、一応聖女様にご挨拶しておいたほうがいいでしょう」

 ゲルリンデさんの言う「あなたの場合」というのは私がヴァルトラントの王族であることを意味している。こういった指示には素直に従っておくことにしている。なお、私への呼びかけに「殿下」とか「姫殿下」がついていないのは、私の希望による。大学内、とくに学生寮のような生活の場では基本的に一般学生と同じようにすごしたかったのだ。

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