もう一人の被害者
花蓮は、間違いなく娘の産んだ子だ。しかし…
・春菜と雄一君との血液型からは、花蓮の血液型にはなり得ない。
・雄一君と花蓮とのDNA鑑定の結果、二人は親子ではなかった。
・雄一君は先天性の無精子症で、雄一は子を成せない。
三つもの証拠から、娘が他所の男の子を産んだことは疑いも無い事実となった。
美香さんは、娘の言い分に乗って、「花蓮が雄一さんの子である可能性は『ゼロ』とは言えない」という言い方をしたが、飽く迄も『ゼロでは無い』というだけで、現実的には限りなくゼロに近い。
法廷でその様なことを言えば、笑いものにされるだけだ。
しかし、ここまでする必要があるのだろうか?
証拠としては、最初の血液型だけで、十分に足る。念を押すにしても二つあればいい。
美香さんは……なぜここまで用意したのか?
バシッ!
私が思考の渦に飲まれていた最中、音のした方へ視線を向けると、美香さんが娘に平手打ちしていた。
「・・・な、・・・な・・・娘に何すんのよ!」
「見て分かりません?平手打ちしたんですよ」
私の思考が停滞していた間に妻が再起動し、美香さんは幼子に常識を教えるように答えた。
娘もまた突然の事に思考停止しているようだ。
「訴えてくれても構いませんよ。なんなら、追加で壱億払えば満足されますか?」
「な、巫山戯るのもいい加減にしなさいよ!」
「それはこちらの台詞ですが。
貴方方はいつまで被害者面してるんですか?
娘が勝手にやった事、だとでも?」
美香さんのセリフにギクリとした。
確かに、娘自身がやった事で、「どうして私達がこんな目に」という気持ちはある。けれど、私達の育てた『我が子』のやった事である以上、私達の責任でもあり、そこから逃げる事は許されない。
それに・・・
「それに、被害者はもう一人いること、考えもしてないようですね」
「「「「え?」」」」
娘と妻、それに美香さんのご両親がほぼ同時に言った。雄一君と彼の母親は同時に頷いていた。
無意識にだが、考えないようにしていた事だ。雄一君が孫娘の父親でないのなら、他に実父がいるという事を。
15年前に娘が懐妊して間もない内に、当時住んでいた地方から地方へ移り住み、それから半年前の雄一君の転勤まで、一度として県外に出ていない。
ずっと考えも・・・いや、考えようともしなかった・・・娘は相手の男からも『娘』を奪っていたと言うことを。