どうして孫娘はこちらにつかないのか
「こちらが、慰謝料となります」
「確かに受け取りました」
ここはとある旅亭の一室。
座卓を挟んで、こちら側は私、妻、娘、孫娘・・・の4人。
あちら側は、娘の夫と彼の母親(父親は鬼籍)、そして彼の浮気相手と彼女の両親・・・の5人。
娘の夫・・・いや元夫か・・・の雄一君が浮気した事を認めた事で、今後、互いに如何なる理由にも問わず、接触しない条件に、あちらは慰謝料として壱億円を支払う事に同意した。
その同意書を先ほど互いに署名し、今あちらから慰謝料の小切手を妻が娘に代わって受け取ったところだ。
これで娘と雄一君との離縁が成った・・・のだが、どうにも先ほどから違和感が頭を離れない。
確かにあの浮気相手は年収が十億を超えているから、慰謝料に壱億など大したことではないだろうが、一般的に不倫の慰謝料は高くてもせいぜい数百万程度だ。
妻は「娘と孫娘を傷つけたのだから、これでも安い方よ」と言うが・・・。
また雄一君は、証拠らしい証拠も無く娘が浮気を問いただしたところ、否定することもなく認めたという。
潔いといえばそれまでだが・・・。
一番気になるのは、慰謝料の条件にある、「互いの家族が不可避な事態を除き、接触を禁ずる」の件だ。それを破った場合、破った側が5千万を支払うという。
娘も妻も「二度と会わないのだからどうでもいい」と言ってはいたが・・・。
どこだ?違和感の大本は?
それはすぐに分かることになった。
「それではこれにて失礼いたします」
浮気相手である彼女が席を立つと同時に雄一君も席を立った。
雄一君の母親は息子のやらかしを理解していないのか、始終こちらを睨んでおり、彼に遅れること数拍で立ち上がった。
彼女のご両親は怒りに震え、まだ動けないようだが。
「行きましょう、花蓮ちゃん」
「うん」
度肝を抜かれたというか、驚愕したというか、呆然としたというか、唖然としたというか、言葉を失ったというか、仰天したというか、肝を潰されたというか・・・あ、全部同じだ。
「待ちなさい花蓮、あなたはこっちでしょう!」
一際早く正気に戻った妻が、孫娘の花蓮が敷居をまたぐ前にあの子の腕をつかむ。
それに対し花蓮は妻の腕を振り払い、「私、そっちに付くなんて言ってない」と。
これか、違和感の正体は。
同意書には「互いの家族が」とあるが、明確に誰と誰がとは書いていない。
私たちは、「娘と花蓮」と「雄一君と浮気相手」との二組と勝手に判断していた。
実際は、「娘」と「雄一君と浮気相手と花蓮」との二組だったのか。
だがなぜ花蓮は向こうに付いた?
花蓮は昔からパパっ子だったが、昔から浮気や不倫の類の話を嫌悪していたはずだ。
なぜ雄一君に付いた?