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わたくしを捨てた婚約者が、やっと愛を誓ってくれました

作者: 秋津冴

「イザベラ、この結婚は破棄だ! 俺は望んでいない! ……君も、冷たい檻のように感じているだろう?」


 冷たい夜風が、神殿の裏庭に吹き込んでいた。幾分乾いた空気に混ざる草の香りと土の匂いは、この土地に深く根を下ろした古い時代の残り香のように思えた。静まり返る中で、わたくしは、彼――エミリオの冷たい声を受けて、思わず息を飲んだ。


「そうだろ? イザベラ、この結婚……君も望んでいないのだろう?」


 硬い調子でそう言い放つ彼の横顔を見上げた。淡々とした響きは、まるでこちらの心をなぞるようで、ぞくりと背筋が震えた。この男は、どうして、いつもわたくしの心をこんなふうに無造作に掴んでしまうのだろう。どうして、そうやって簡単に、わたくしの大切にしているものに触れるのだろう。


「……わたくしが、望んでいない? どうして、そんなふうに決めつけるの?」


 気づけば、いつもより少し高めの声が出ていた。抑えようとする意識とは裏腹に、わたくしの内から溢れる反発が言葉に乗るのを止められない。エミリオは一瞬眉をひそめたが、それもすぐに冷たく淡い表情へと戻った。


「……家のために君を妻に迎えようとしている。それがすべてだ」


 そう言い放つと、エミリオはわたくしに背を向けるように、少し顔をそらした。いつもそうだ――わたくしが彼の本心に触れようとするたび、彼はいつだって冷たく線を引く。もう何度その距離に苛立ち、何度傷ついたことだろうか。


「"家"のためですって? それだけで……それだけであなたには十分なの?」


 喉の奥が熱くなるのを感じた。わたくしの心の中で少しずつ積み重ねてきたものが、あっけなく彼に崩されていく気がした。エミリオはわたくしの反応に動じる様子もなく、表情を変えないまま短く言い切る。


「君がどう思っているかは……重要ではない」


 その一言で、わたくしは全身が凍りつくのを感じた。わたくしの気持ちなど不要だと、あっさりと言い放ったのだ。彼にとって、この結婚においてわたくしの気持ちは本当に何の意味も持たないというのか。震える唇を引き結び、わずかに眉を寄せながら、わたくしは彼の顔をじっと見つめ返した。


「そう、わたくしの気持ちは"不要"だと。……それが本気で?」


 わたくしの問いかけに、彼は一瞬だけ何か考えるように眉を動かした。だが次の瞬間には、それを振り払うかのように無表情な面持ちへと戻り、また淡々とした口調で返してくる。


「……俺は、家を守らねばならない。それがすべてだ」


 静かに言い切るその姿に、わたくしは言葉を失った。彼にとってわたくしはただの道具に過ぎないのかと、心の中で言葉が浮かんでは消える。ここで彼に問いかけるのは無意味だと、そう理解しているはずなのに、どうしても本音を探りたいという衝動が止められない。


「"すべて"……。なら、わたくしは、あなたにとって何なの?」


 小さく震える声でそう問うた。彼にわたくしの気持ちなど届かない、それはよくわかっているはずだったが、このまま押し黙ってしまうと、自分自身が消えてしまうように感じたのだ。わたくしはもう、これ以上この関係において、自分の存在を無にしたくはなかった。


 エミリオは、わたくしの問いに、微かに息を漏らした。そして、強く心を閉ざすような声で応えた。


「君にも理解できるはずだろう? 貴族としての責任が」


 またその言葉だ。責任、義務、誇り――彼はまるでそれに縛られているかのように振る舞う。彼の眼差しの先には、"家"という名の重荷しか存在していないのだろうか。


「理解……。あなたは"家"のことしか、何も見えていないのね」


 自分でも驚くほど冷たい口調が口をついて出た。わたくしの言葉に、エミリオはわずかに表情を歪めたように見えた。しかし、それも一瞬のことで、またすぐにその顔は何もかもを遮断したかのような無表情に戻ってしまう。


「君だって、この町を守ることを望んでいるはずだ」


 言葉に力を込め、まるで自分の信念を再確認するかのように話すエミリオ。わたくしのことを、本当は少しも理解しようとはしていないのだろうか。いや、理解しようとしてもいないのかもしれない。冷たさが、胸を締め付けるように広がっていく。


「そうです、町を守りたいです。でも……あなたがいるこの町を守りたい」


 心の中からこぼれ出るように、わたくしはそう言った。これが自分の本音なのだと、その瞬間、わたくしは確信した。エミリオのために、彼が生きるこの町を守りたい。彼がいなければ、この町に尽くす意味は何だというのか。


 エミリオは驚いたようにわたくしを見つめた。その顔に動揺の色が浮かんでいるのがわかった。それがわたくしには、どうしようもなく悲しく映った。彼は、こんなにもわたくしを拒絶し、距離を保ちたいのだろうか。


「俺を? ……君がそんなふうに思っていたなんて」


 わたくしの言葉が彼を動揺させたのだろう、エミリオは戸惑いを隠せずにいるように見えた。その姿に、一瞬の希望を見出しそうになる自分がいた。


「それがいけないの? ……わたくしがあなたを愛したいと願うことが?」


 心の奥底から湧き上がる思いに、抑えがきかなくなっていた。そう、わたくしは彼を愛しているのだ。彼がすべてを拒んでも、冷たく突き放しても、どうしてもその思いが消えてくれない。


 神殿の中庭は、どこか静謐で、それでいて重たい雰囲気に包まれていた。わたくしとエミリオの二人きりでこの場所にいることが、こんなにも息苦しいなんて思いもしなかった。


 エミリオは冷たい表情を崩すことなく、低く静かな声で問いかけてきた。


「イザベラ……君は何を求めてここにいる?」


 冷えた声に、わたくしは心の奥に寒気を感じた。けれどその問いには答えず、エミリオの顔を見上げた。彼の瞳には、わたくしに対する苛立ちと迷いが見え隠れしている。


「わたくしは……ただ、あなたのそばにいたいのです」

「……その必要はない。君には君の道がある」


 エミリオは視線を外し、わたくしの言葉を振り払うように冷たく言い放った。その冷淡な言葉に、胸が締め付けられるのを感じる。でも、わたくしは彼から引き下がるつもりはない。


「あなたは、わたくしを拒み続けるおつもりですか?」

「そうだ……君には、俺のような男はふさわしくない」


 エミリオの言葉に、心の奥で怒りが湧き上がる。なぜ彼はいつも、わたくしの気持ちを無視して、ただ自分の誇りや責任だけを見ているのだろう。わたくしがここにいる理由を、どうして考えようとしないのだろうか。


「それでも、わたくしは……あなたのそばにいたいのです」

「イザベラ……どうしてそこまで俺に固執する?」

「固執ではありません……これがわたくしの"意志"です」


 わたくしが毅然と言い切ると、エミリオの眉が険しくなり、少しだけ目に苛立ちが浮かんだ。


「意志……俺に執着することが、君の誇りだというのか?」

「誇り? いいえ。あなたを愛することが……わたくしの生きがいです」


 エミリオはその言葉に動揺した様子を見せたが、すぐにまた冷たく視線をそらした。そして、自嘲するような笑みを浮かべ、静かに言った。


「……君は、何も理解していない。愛など脆く、いつか壊れるものだ」


 彼の言葉に隠された冷たい鎧が、彼の心を守っているのだと感じた。けれどわたくしは、それにすがっているだけでは意味がないことを知っている。だからこそ、わたくしは彼の冷たさに動じず、ただ真っ直ぐに自分の気持ちを伝えた。


「それでも……わたくしは、この気持ちを信じています」

「君の気持ちは、いずれ俺にとって重荷になる」


 エミリオの言葉は、わたくしの心を刺すように突き刺さる。それでも、わたくしの想いが揺らぐことはなかった。むしろ、彼の言葉が冷たいほど、彼を愛する気持ちが強まるのを感じていた。


「重荷だとしても……わたくしは、あなたを支えたい」


 その一言に、彼の顔に驚きが浮かんだ。わたくしもその表情に驚きつつ、それでもしっかりと彼を見据えた。


「君が傷つくことになるんだ……俺は、君を守れない」

「守られなくてもいいのです。わたくしは、あなたを信じている」


 わたくしが言葉に覚悟を込めると、エミリオの目にわずかな戸惑いが浮かんだ。けれど、彼はすぐにその感情をかき消し、低く押さえた声で言った。


「俺には……君のその気持ちが理解できない。愛だけで生きていけるのか?」

「ええ、わたくしには、それが生きる意味になるのです」


 その言葉が口をついた瞬間、自分でも驚くほど心が軽くなった。エミリオのために生きたい、それこそがわたくしの本心なのだ。エミリオはその言葉に驚き、まるで信じられないものを見るようにわたくしを見つめていた。


「君の信念が、俺を縛るだけだとは思わないのか?」

「いいえ、わたくしが縛るのではありません。あなたを解き放ちたいのです」


 エミリオは、わたくしの言葉に目を見開いた。彼のその表情には、驚きと戸惑いが混じっていた。まるで自分が囚われていることを自覚していなかったかのように、彼は沈黙の中で何かを噛み締めるように目を伏せた。


「解き放つ……? 俺が何から逃げていると?」


 その問いにわたくしは静かに微笑んだ。彼は、きっとわかっていないのだろう。"家"の誇りや責任に囚われ、自分の心を閉ざしてしまっていることに。


「あなたが"誇り"に囚われ、心を閉ざしているのがわかります」

「君には、俺の重さが理解できないのだろうな」

「ならば教えてください。あなたの背負うもののすべてを」


 わたくしがそう言うと、彼は少しだけ目を伏せた。そして、まるで心の奥底に隠していた本音を語るかのように、ぽつりと口を開いた。


「俺の誇りは"家"だ。それが俺のすべてであり、重荷でもある」

「それがすべてなら わたくしも、あなたの"家"に入りたい」


 わたくしが真剣にそう告げると、エミリオはわたくしの顔をじっと見つめ、驚きと苛立ちが混じった表情を浮かべた。


「君には君の人生があるはずだ……俺のような男に関わるな」

「いいえ、わたくしの人生は……あなたのそばにこそあると信じています」

「君は甘い。いつか俺の存在が苦痛になる日が来る」

「その日が来ても、わたくしは、あなたと共にいます」


 わたくしの覚悟が伝わると、エミリオは苛立ちを抑えながら視線をそらした。彼はもしかしたら、わたくしがそこまで強い意志を持っていることに驚いたのかもしれない。


「……俺のために苦しむなど、君には理解できないはずだ」

「いいえ、あなたがどれほど苦しもうとも、共に耐えます」


 わたくしの言葉には、エミリオに対する揺るぎない愛が込められていた。エミリオはしばらく言葉を失い、困惑しながらわたくしを見つめていた。


「イザベラ。君のその覚悟が、いずれ重荷になる」

「重荷で構いません。それがわたくしの選んだ"誇り"です」


 エミリオの目には、わたくしの覚悟に対する戸惑いが見えた。彼は深く息をつき、低く震える声で問いかけてきた。


「誇り? 俺を愛することが君の誇りだというのか」

「ええ、あなたを愛し、あなたのそばにいることが誇りです」


 わたくしの言葉に、エミリオの冷たさが徐々に揺らいでいくのが見えた。彼は言葉を失い、わたくしをじっと見つめ続けていたが、やがて小さくつぶやくように言った。


「君の覚悟が本物だと言い切れるのか?」

「はい。わたくしは――あなたの"すべて"を愛したいのです」


 その言葉に、エミリオの瞳がかすかに揺れた。けれど彼はまだ心を開くことはせず、冷静を装うように言葉を続けた。


「君のその気持ちが、いずれ俺にとって枷となるだろうな?」

「いいえ、わたくしが誓います……あなたを束縛するものにはなりません」


 エミリオはしばらく沈黙し、わたくしの言葉を深く受け止めようとしているようだった。やがて彼は目を伏せ、低く問いかけてきた。


「本当に、それを君が誓えるのか……?」

「ええ……あなたがいつかわたくしを信じてくれるまで、そばにいます」


 わたくしが優しく微笑むと、エミリオは驚きを隠せずにわたくしを見つめ返した。その表情には、いつもの冷たさではなく、わずかな感情の揺らぎが浮かんでいるのが見えた。


「面白い。君の覚悟が、どれほどのものか。いずれわかるだろう」

「そのときこそ、わたくしはあなたを支えます。どれほど辛くても」


 わたくしの言葉に、エミリオは再び沈黙した。彼の瞳にわずかな動揺が浮かび、その姿にわたくしの胸はじんわりと熱くなった。



 館の中は、冷え冷えとした空気に満たされていた。裁定の場に集まった貴族たちが厳しい眼差しでエミリオを見つめている。エミリオは正面に立つ貴族たちからの問いかけにも、ただ沈黙を保っていた。


「エミリオ卿、あなたの決断が町を危機にさらした!」

「領地の秩序を守るべき立場で、なぜ実利を軽んじたのですか!」

「あなたの行動が民に与えた苦しみを、どう償うおつもりですか?」


 次々と浴びせられる鋭い非難の声に、わたくしは思わず前へと出たくなる衝動を抑えた。裁定の場に踏み込むわけにはいかないことはわかっていたが、それでも彼のそばで支えになりたい気持ちは募るばかりだった。


 やがてエミリオがゆっくりと口を開いた。


「……わたしは、ただ町と人々を守ろうとしただけです」


 けれど、エミリオの言葉に貴族たちは容赦しなかった。


「それで混乱を招いたことがわからないのですか?」

「すでに町の人々も、あなたに不信感を抱いているのですよ」

「町を守るはずの方が、町を危うくした……この結果、どう償うのか!」


 次第に厳しさを増す非難の声が彼に向けられ、エミリオは視線を落としたままだった。わたくしは、彼がどれほど苦しんでいるのかを知っていた。貴族たちの視線がエミリオに向けられた瞬間、彼に対する町からの追放が言い渡されたのだった。


 それから数日後、エミリオが町外れの隠れ家に身を潜めていることを知り、わたくしは彼を訪ねた。薄暗い小屋の中、エミリオは一人で佇み、まるで空虚に沈むように座り込んでいた。その姿は、かつて町を守り続けた彼の姿とはまるで別人のようだった。


「エミリオ……」


 わたくしがそっと声をかけると、エミリオはゆっくりと顔を上げた。しかし、そこに宿っているのは深い絶望だけだった。


「……すべてを失った。俺にはもう、何も残っていない」


 虚ろな声に、胸が締めつけられる。エミリオが自分を見失ってしまうなど、あの誇り高い彼からは想像もできなかった。


「いいえ……あなたはここにいる。まだ終わってなどいません」


 わたくしの言葉にも、彼は力なくかぶりを振った。


「イザベラ……なぜ来た? 俺のもとに来る必要など、もうどこにもないだろう」


「必要などなくとも、わたくしはあなたを……放っておけません」


そう答えたわたくしに、エミリオは虚ろな目を向け、深い嘆息とともに言葉を漏らした。


「……今の俺には、誇りも何の意味も持たない」


その言葉にわたくしは彼のそばに歩み寄り、言葉にできる限りの思いを込めて答えた。


「それでも、あなたの誇りは、わたくしの誇りです」

「……そんなふうに俺を見るな。俺には……君に応える資格がない」


 彼の顔には、自分を責める苦しみと諦めがにじみ出ていた。わたくしはそっと、まっすぐに彼の瞳を見つめ返した。


「資格なんて関係ありません。わたくしがあなたを選んだのです」

「……俺を選んだ? こんな惨めな姿の俺を?」


 彼の口調には、自らを嘲笑するような響きがあった。しかし、わたくしは彼のその心を打ち消すかのように真剣に言葉を続けた。


「ええ。あなたが苦しんでいるなら、わたくしがその支えになります」

「……愛だけでこの苦しみを支えられると思うのか?」

「ええ、わたくしが支えます。どれだけ辛くても」


 わたくしは彼の手を握り、揺るぎない覚悟で彼を見つめた。エミリオの瞳が揺れ動くのを感じる。彼は驚きに顔を上げ、やがて少しだけ目を伏せて言った。


「君にはわからないだろう、俺がどれほど無力か……」

「無力? あなたが人々を守ろうとした姿が、わたくしの支えです」


 エミリオが、驚いたように顔を上げた。わたくしの言葉が彼の心に届いたのだと、その瞬間感じた。


「……君を苦しめる俺を、それでも君は……」

「わたくしに苦しみを与えるのは、あなたの心の壁です」


 彼はわたくしの視線から逃れるように目をそらしながらも、心に灯るものを感じているようだった。


「……君が俺に尽くしてくれるのは、もったいなさ過ぎる」

「もったいないことなどありません。わたくしはあなたを愛しているのです」


 わたくしが微笑むと、エミリオの頬にはわずかに戸惑いの色が浮かんだ。彼の顔をそっと見つめ、わたくしは彼の手を再び握り、優しく告げた。


「あなたはわたくしの支えです。そして、今度はわたくしに支えさせてください」

「支えられる……? 君に……?」


「はい、わたくしがその支えになります。今度は、わたくしを信じて」


 エミリオは静かに息を吐き、わたくしの言葉を受け入れるように、少しずつその手を握り返した。


「……君のその強さが、俺には眩しいよ」

「あなたがわたくしに与えてくれた強さです。共に乗り越えましょう」


 わたくしの言葉に、エミリオの心がわずかに和らぎ始めているのがわかる。彼の眼差しが、どこか柔らかなものに変わっていくのが感じられた。


「共に……君が本当に俺を支えてくれるのか?」

「ええ、わたくしが誓います。あなたを支え、共に歩むと」


 わたくしの言葉に、彼は静かな驚きを浮かべながらわたくしの顔をじっと見つめた。


「……その誓いを、俺が信じてもいいのか?」

「どうか、信じてください……あなたのためにわたくしがいるのですから」


 わたくしが彼の頬に手を添え、穏やかな微笑みを浮かべると、エミリオはその視線に応えるように目を閉じ、わたくしの手をそっと握り返してきた。


 彼は、とうとう心を開き、わたくしの支えを受け入れる覚悟を決めてくれたのだと感じた。

 

 隠れ家の小さな小屋で、エミリオは壁にもたれて静かに目を閉じていた。やつれた頬にはまだ疲れが見え、彼の中で苦しみや無力感が完全に消えたわけではないのだろう。

 

 けれども、わたくしがそばにいることを彼が少しずつ受け入れてくれていることを感じられるだけで、わたくしの心は満たされていく。彼がわたくしを必要としてくれているのだ。それは、わたくしにとって何よりの幸福だった。


「……イザベラ、君がここにいてくれると、不思議と心が和らぐよ」


 エミリオの声が静かに響いた。彼の眼差しには、わずかだが希望の光が戻りつつあるように見えた。


「わたくしもです。あなたのそばで心が満たされるなんて……思いもしませんでした」


 わたくしが応じると、エミリオの表情がわずかに緩み、口元が柔らかくほころんだように見えた。彼は再びわたくしを見つめ、どこか深い想いを込めて告げた。


「君がこうして信じてくれたから、俺はもう一度立てる気がする」


 わたくしは頷き、笑みを返した。わたくしにとって、彼の存在こそが生きる意味であり、支えそのものだ。どれほどの時が過ぎようとも、その気持ちは変わらないと心から思える。


「あなたが歩む道がわたくしの道です。あなたがどこへ行こうとも、共に歩んでまいります」


 エミリオの手がそっとわたくしの手を握り返してきた。その手のひらから伝わる温もりは、彼が再び自らの道を歩む勇気を取り戻しつつある証のようで、わたくしは胸が熱くなるのを感じた。


「イザベラ……。俺は君に、何を返せるだろうか?」


 彼の言葉に、わたくしは軽く首を振った。彼がわたくしに返してくれるべきものなど何もない。ただ、彼がわたくしのそばにいてくれるだけで、それで十分なのだと告げたかった。


「返す? あなたがわたくしに愛をくれるだけで十分です」


 エミリオの目に驚きの色が浮かび、わたくしの顔をじっと見つめる。その視線の中に、彼の戸惑いや感謝が見て取れた。やがて、彼は小さくかぶりを振り、そっと口を開いた。


「君の愛は……それほどまでに深いものなんだな」


「わたくしの愛は、永遠にあなたのそばで息づいています」


 その言葉に、エミリオの目が見開かれた。彼が目を伏せ、そしてわたくしをまっすぐ見つめるその目には、かつての彼の誇りや強さが少しずつ戻りつつあるのを感じた。やがて、彼は声に決意を込めて誓いを口にした。


「ならば……君に誓おう。山が朽ち、海が干上がるその日まで」


 その言葉に、わたくしは思わず息を呑んだ。エミリオの目には、わたくしに対する変わらぬ愛と決意が込められている。彼が心の奥底から、わたくしと共に歩む覚悟を決めてくれたのだとわかる瞬間だった。わたくしの胸は熱く満たされ、喜びが溢れてくるのを感じる。


「……エミリオ、それは……あなたの誓いなのですね?」


エミリオは微笑み、真摯な眼差しを向けて深く頷いた。


「そうだ、イザベラ。どれほどの時が過ぎようと……俺は君を愛し続ける」


 彼の誓いに、わたくしは言葉もなくただ涙を浮かべて頷くことしかできなかった。わたくしが長い間待ち続けた、彼の真心からの愛の告白だったからだ。思いもよらず涙が頬を伝い、彼の温かな誓いの言葉が心に深く染み渡る。


「その誓いを聞けて、わたくしの心は……こんなにも満たされています」


「俺もだ、イザベラ……君がそばにいる、それが俺の誇りだ」


 エミリオがわたくしをそっと抱きしめ、その胸の中にわたくしは身を委ねる。彼の温もりが心地よく、優しくわたくしを包み込んでいく。彼の腕の中で、互いに支え合う決意がわたくしの中でより確かなものとなり、未来への希望が胸に広がっていくのを感じた。


 ※


 それから数か月後、エミリオは以前のように堂々とした表情を取り戻し、わたくしの隣を歩んでいた。私たちは町外れの小道を歩いていたが、その歩幅が自然と揃い、互いの存在がいかに支えであるかを改めて実感させてくれる。


 エミリオはわたくしの手を握り、穏やかな声で囁いた。


「こうして君と並んで歩けることが……こんなにも幸せだなんて」


 その一言に、わたくしも自然と微笑みが浮かぶ。わたくしは彼の手をさらにしっかりと握り返し、彼に伝えた。


「わたくしもです……あなたと共に歩む未来が信じられます」


 エミリオは優しい眼差しでわたくしを見つめ、その顔には穏やかな喜びが漂っていた。彼もまた、未来に向かうことに対する希望を抱き始めているのがわかった。


「これからは、どんな苦しみも共に乗り越えよう。君のためなら、どんな困難にも立ち向かえる気がする」

「ええ、わたくしがあなたを支え、あなたもわたくしを支えて」


 わたくしの言葉に、エミリオは満足げに頷き、再び歩き始める。彼がわたくしの手を離すことなく、しっかりと握り続けているその温もりが何とも言えず心地よい。エミリオのそばにいるだけで、わたくしの心が強くなるのを感じた。


「君がそばにいる限り、俺はもう何も怖くはない」


「わたくしも、あなたのそばでなら、どんな苦しみも耐えられるのです」


彼はわたくしの言葉にほほ笑み、静かにわたくしの肩を引き寄せ、腕を回した。彼の腕の中で感じる温もりがわたくしの心をさらに温かく包み込み、未来に対する揺るぎない確信を持たせてくれる。


「いつか、君が辛い時も……俺が必ず支えるから」

「ええ。わたくしも、あなたが苦しむときには、全力で支えます」


 わたくしたちは互いにそう誓い合い、その瞬間、心の中に静かな幸せと希望が満ちていった。エミリオと共に歩む未来、それは確かな愛によって支えられているのだ。


「未来がどんな形であれ、君と共に生きると誓う」

「未来が訪れるたび、あなたを愛し続けると、わたくしも誓います」


 エミリオとわたくしが共に歩む未来。その道のりがどのようなものであれ、二人で支え合いながら進んでいけるという確信がわたくしの胸に満ち溢れていた。


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