EX4.巣穴に籠る
最近、口付けが深すぎてそのまま食べられてしまいそうと思う。
でも体の一部になれるのなら、それもいいかぁと思ったりもする。
「……もしかしてこのまま、お昼ごはんをうやむやにしようと思ってます?」
唇が離れて、長ソファーに寝転んだままリリーは不服の声を上げた。
「ばれたか」
ヴィントは身を起こして自身の唇をぺろりと舐めて言った。
心臓が跳ねて、なるべく顔を見られないようにゆっくりとソファーから体を起こす。
……もしかしたら、欲求不満なのかも。
リリーは、ん、と両手を広げて身を起こすのを要求した。
「運転手さんキッチンまで」
「寝室の片道切符だな」
「こらぁ」
向かい合ってくすくすと笑い、抱きすくめられたままキッチンへ移動する。
こんな晴れた日にどこへも行かず、買ったものをキッチンで温めて適当に食べようなどと画策する自分も同罪だとリリーは思う。
「平和だな」
「本当。いつ事件が起こるか変な教師がなだれ込んで来るかびくびくしてたのに」
降ろされて体から離れる熱に寂しさを感じてしまう。
……すぐそばにいるのに、変なの。
お茶を淹れるヴィントの背中に名残惜しげに目線を送ってしまう。
「うん?」
間を置かず笑顔で振り向かれて慌てて手元の料理を盛り付ける振りをする。
「えーっと……えっと、そうだ、友達がね、一緒にエステに行こうって」
「……エステ」
「えーっ。不満?」
リリーの後ろに回って抱きしめたヴィントの顔を見て、リリーは目を輝かせた。
「こら。嫉妬する顔を見て喜ぶな」
「ふふ。行っちゃおうかな」
リリーは後ろを振り仰いでヴィントと軽く口付けた。
「保留で」
了承してくれなさそうなヴィントの顔を見てリリーは満足げに微笑む。
どんな劇より激しく溺れるような深い口付けも、口付ける時に目を瞑るのも、角度を変えてまた口付けるのも、どこの誰と覚えてきたの?
聞きたいけど、聞けない。
聞けないから、夢中になって追いかけてきて欲しい。
「おいで。巣穴」
「巣穴かあ」
おじゃましまあす、とリリーはベッドに入ってヴィントとふたりでタオルケットを被った。
ヴィントが翼を立ててテントのようにしてふたりで籠る。
「夏の長期休暇はどこか旅行に行こうか」
「無人島がいい!だーーーれもいない所!」
「もういっそ無人惑星に行くか」
タオルケットの中でもぞもぞ動き回って体制を整えると、甘えるように擦り寄ってリリーは言う。
「ねぇダメ?エステ」
「今で充分可愛いから行かなくていいんじゃないか?」
「想像よりもーっと可愛くなった所、見たくない?」
「筆毛」
「あっダメッ!」
ヴィントはリリーの背中の翼を摘んで、筆毛になって硬くなった部分を目ざとく見つける。
リリーは赤くなった頬に両手を当て、
「もうやだぁ、それ、髪の毛の枝毛が見つかるくらい恥ずかしいのに……」
と言ってあーっと続ける。
「そうやってすぐ恥ずかしがる所見て喜ぶ!」
「性分」
開き直ったヴィントの返答に、リリーはタオルケットから顔を出して包まり頬を膨らませた。
ベッドのヘッドボードに置かれた缶から羽づくろい用のオイルを取り出して戻ってきたヴィントにリリーは観念して枕に顔をつけてうつ伏せになる。
「優しくしてね」
「うーん。もう一回言ってくれ」
「やだ!退学になるっ」
覆い被さってリリーの耳元に顔を寄せたヴィントが、
「退学になったら朝昼晩、うちの庭の花でも見てにこにこするだけしててくれ」
と言った。
一瞬、それもありかな、とリリーは思いながら唇を重ねた。