EX3 天の川飛び越えて
(七夕企画だったもの)
真っ暗な闇の中を、一人の少女が時折屈みながら歩いている。
星型の砂糖菓子をひと粒ひと粒撒きながら。
丁寧に敷き詰められたそれは大きな川のようで、道のようで。
楽しそうに、背中の紫がかった銀の髪を揺らした少女はひとり道の向こうに行ってしまった。
「──……行くな…………!」
「ねー?言ったでしょ?ヴィント様最近病み病みなの」
「夢に見るくらいならリリーに行かないでくれー!って言えば良かったのにぃ」
扉のすぐ側でメイドたちが話す声が聞こえる。
「……頼むから聞こえないところで言ってくれ……」
……夢に見ていたのは本当だ。
ヴィントはため息をついて前髪をかき上げた。
いつの間にか執務室で寝ていたらしい。
きゃあと嬌声を上げて走って逃げていくメイドたちの足音が聞こえた。
リリーが魔法都市ロマネストへ留学へ行く、と惑星エライユを出て行ったのは秋のことだ。
本人がやりたいというのだから、背中を押してあげたかった。
押した。
実際押した。が。
押してものすごく後悔した。
「エライユのみんなに会いたいなあ……」
と、通信映像で肩を落とし目に涙を溜めて語るリリーを見て、ヴィントはものすごく後悔したのだ。
一緒に行けば良かったものの、何かちょっと格好つけて送り出してしまった。
何が何でも離さない!とか言えば良かった。
学校生活は順調そのものそうだが、宇宙を航行した先のロマネストまでは距離遠く、約一年程かかる。
その上、エライユのメイドたちときたら、
「ほらぁ、なんかぁ、うぇ〜いお姉さんどこ星?どこ住み?みたいな男に捕まっちゃって」
とか
「寂しさに耐えきれない所を、今だけぼくを愛してくれ!!みたいな情熱男に押し切られてぇ」
とか事あるごとに煽ってきて、遂に今日夢まで見てしまった。
ヴィントはちらっ、と通信機を見た。
昼間では授業中だろう。
通信したところで連絡はつかないだろう。
「…………。」
ちょっとだけ。
連絡がつかなくてもいい。
かけてみてつながらなければ、それで辞めよう。
…………
『あれ?ヴィント様!?』
通信機越しの、少しくぐもったリリーの声。
意外にも通信はすぐつながった。
あっ、えーっと、もお、えへへ、慣れなくて……とリリーの照れた声が続く。
エライユに来たばかりの頃は敬語で話していたが、付き合い始めたのだから、と敬語をやめ、様付けで呼ばれるのも久しい。
ヴィントは万感の思いでぎゅっと目を瞑る。
そんなこともいざ知らずいつもの調子で、今日はどうかしたんですか?とリリー。
『……いや、急に声が聞きたくなって』
ヴィントの声にてへへ、とでれでれするのも可愛い。
『今日ちょうどヴィントの夢を見たの』
『夢?』
『そう。何か──あまり良く覚えてないけど、ヴィントが遠い所にいた気がする……』
『遠くに行ったのは君のほうだろう』
思わず言い返して、拗ねたような言い回しになってしまい自分に幻滅する。
責めたい訳ではない。
『ごめんなさい。でも、困ったらすぐ飛んできてくれるって言うから……』
『悪かった。すぐ飛んでいくのは本当だ…………寂しい時もあるから、言い方が良くなかった』
通信機の奥で、ふうと大きく息を吸い込む気配が感じられた。
……幻滅されただろうか。
『じゃあ来て。今すぐ来て』
『今から行く』
『ええっ!?』
勢いあまってテーブルの上の書類をなぎ倒しバサバサと崩れるが、どうでもいい。
リリーは普段からあまり我が儘を言わないタイプだ。
それ故に何気ない態度で少しずつ滲み出るのだ。
例えば昼から繋がる通信とか。
真面目な声で。
はっきりと意思表示した、今すぐ来てという言葉とか。
まだ詰めが甘い段階だが、元々遅れてロマネストに向かうつもりだったからちょうど良い。
きっと今が行き時だ。
『懇願されてはな。今から行くしかない』
『え、ど、どう、え?それは、それは確かに、私が、言ったことですけど!?』
動揺しすぎたのか、敬語に戻っている。
『天の川など、越えるには足りないということだ』
『天の川!?』
どう言うことですか!?と通信機越しに叫ぶリリーの声にヴィントは笑みを浮かべて執務室から出た。
途中すれ違った部下に船を出すぞ、と声をかける。
「はぁ?船?了解です…………」
急ぎ準備にかかるヴィントの後ろで一拍置いてふ、船ー!?と部下の絶叫が聞こえた。
『待っててくれ、すぐに会いに行くから』
『……っ。待ってる──!』
通信機越しの涙を飲むような声に。
一秒でも早く。
今すぐ君に会いに行く。
ロマネストまで、あと少し。