EX1 愛で世界を屈服する
「はー…………デッカ」
日当たり良好な一等地に居を構えるヴィント邸である。
「何だお前か」
「遊びに来たよぉ〜」
惑星エライユではヴィントの部下、今は邸宅の管理を任されているシスカが勝手に入ってきたクルカンに応対する。
門も開けずにどうやって入ってきたのやら、シスカとクルカンもエライユ時代から付き合いが長く、そんな事はいちいち突っ込んだりしない。
「見ろ。この庭を」
「立派だねぇ。君、顔に似合わず花とか育てちゃうんだ」
ちげーよ、と腰に手を当てて呆れ気味に答えるシスカは無骨な中年の髭面男で、色とりどりに咲き誇る花々が似合うかといえば……まぁ庭師といえば似合うかもしれない。
「こう、あれだ。ふたりきりで、って気を使ううちに俺は……こんなに庭いじりが得意になっちまってよぉ」
「それだよそれ。もー、甘やかすからさ……」
フンとクルカンは鼻を鳴らして続ける。
「若い男女が昼間から部屋でふたりきり。となればやる事はひとつじゃん」
「勉強だろ」
「勉強なんかするわけないだろ!?」
「仮にも教師の台詞かそれ!?」
「という訳で清く正しく学校生活。抜き打ち不純異性交遊調査に来たってワケ」
ずかずかと邸宅に足を踏み入れるクルカンを待て待て、とシスカは止める。
「や、やめろ!き、清く正しいからさっさと帰れ!」
「動揺してんじゃん。身内の言葉が一番怪しい!大丈夫ツイストまではギリセーフにしてあげるから」
「何だよツイストって!」
シスカを振り切り、クルカンは二階のヴィントの自室の前まで登ってきた。
二階の廊下はしんと静まり返っていて気配はない。
「あれ意外と」
「勉強だって言ってんだろ」
ドアに耳をつけるも何の音もしない。
「一戦終わったかな」
「やめろって言ってんだろ!」
「はぁーい!僕だよ!!遊びに来たよぉ!!」
「あっ!?」
必死の制止も甲斐なくクルカンはドンドンと扉を叩いた。
部屋の奥からガサガサと何やら慌てる音がする。
(どうしよう……!?何で!?)
(来る前に一報入れるとかできないのかあいつは!?)
(ふ、服が…………!)
小声でこそこそと中で話しているリリーとヴィントの声が聞こえる。
「いやこれ絶対脱いでるでしょ」
「脱いでるなら余計入るな!」
「こんにちはぁー!抜き打ち脱衣チェックです!!」
どばぁんと魔法で蝶番と鍵を吹っ飛ばし、クルカンは強引に部屋に立ち入った。
「いやあああ!?」
「不法侵入の上にドアを壊すな!」
リリーは悲鳴をあげてぴゃっとヴィントの後ろに隠れる。
「あれ服着てる」
ヴィントははぁー、と深いため息をついた。
確かに二人とも服は着ていた。
着ていたが……
「何でドレス?」
タオルケットを即席で巻き付けて隠れようとしているリリーだったが、隠しきれないドレスのトレーンが布越しに溢れ出ている。
「結婚式の……ドレス何にしようかな、って……」
「結婚?するの?」
はあそりゃオメデトとあまり興味なさそうな声で返事をするクルカンにふるふるとリリーとヴィントは二人揃って首を横に振る。
「しないの?」
どっちだ。
「ドレスはいくつあっても良いってヴィントが……」
はぁー、と今度はクルカンが深いため息をついた。
パーティー用のドレスとは違う主役を彩る為のランク上の装飾が施され、たっぷりと生地のあるドレスはいったいいくらするのやら。
テーブルの上にはいくつも小箱が並び、まあ何となくそうだとは思うが試しにひとつぱかっと開けると目を刺すような眩きがすごすぎる指輪が入っていた。
「指輪は資産だからってヴィントが……」
「君たちホント、どうかしてるよ!!」
「勝手に押し入ってきて何言ってるんだ」
出ていけ!ドアも直していけ!とヴィントに雑に蹴っ飛ばされ追い出されるクルカン。
いまいち釈然としないが毒気を抜かれすぎてされるがまま追い出されるが我を取り戻し、クソッ!一生やってろドア上下逆につけて出られなくしてやる!!とがったんごっとんドアを付け直した。
「何がしたいんだお前は……大体、二人を引き合わせたくてリリーをエライユに連れてきたんじゃなかったのか?」
一連の流れを横で呆れながら見ていたシスカが言った。
「それは……」
うーん…………いや、と歯切れ悪く押し黙るクルカン。
ちょっと考えてから、
「君なしじゃ生きられない、みたいなのをさ、想像してたわけよ」
と言う。
おうよ、そんな感じだろ?とシスカ。
「思っ…………てたのとちょっと違うっていうか…………」
「どう違うんだよ?」
「愛で世界を屈服しにかかってくるっていうか」
何言ってんだこいつは。
「……お前も大分あてられたな。奢ってやるから酒でも飲むか?」
「飲む飲む。昼から飲む酒最高」
シスカはクルカンを伴って繁華街に繰り出した。
……まあ、でも、分からなくはないがな。
大変仲良しでいらっしゃる主人と彼女に関して、いつまでも愛で世界を屈服させて欲しいものだと思うシスカだった。