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VIGILANTE  作者: 平田純希
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The Sun Will Rise At Any Rate

星を見ましょう。

今はただ、昏いあなたの心を引き裂いて。


A級犯罪者「ビジランテ」 古川ありす

「ありす、朝ご飯できたよ」

「ん~~~~早い~~~。お腹すいてない~~~」

ありすは布団を顔まで上げて抗議の意を示す。

「早いって...今6時半よ」

「早すぎ~~~、児童じゃん~~~」

「今日はピザトースト作ったの、早く起きないと冷めるよ」

「おはようございます...これよりわたくし古川ありすはちょうしょくをいにいれるなどします...」

ぼさぼさの髪をかきむしりながらありすは体を起こす。



「それで今日はどうする?」

ピザトーストを頬張りながらありすは世界に尋ねる。

「ターゲットはもう見つけてる。でも今回はありすに任せたい」

世界はありすに一枚の写真を見せる。ありすは写真を見て、トーストの咀嚼を止める。

「分かった」

ありすはトーストを飲み込んで、自室に入る。

「世界」

「今日の晩御飯は和食でお願い」

背を向けたまま世界に言葉を投げかけた。



「クソ暑い~マジで何月だよ~~」

外を歩きながら、ありすは毒づく。車は先日の動画投稿者の一件で廃車にしてしまったので使えない。それに今回のターゲットの人間がいる場所は遠い。幸いにも都内に居ることが救いか。早歩きで電車の改札を通過する。携帯電話には改札を通過した通知がなされた。


車内アナウンスを合図にイヤホンを外し、電車から降りる。

駅の構内を歩く。駅を歩いていると構内に落書きが増える。今回のターゲットが住んでいる場所は都内でも治安の悪い場所。駅に座り込んでいる人間が一瞬こちらを見る、この視線にはいまだに慣れない。人間を人間と認めないような排他的な視線。それを振り切るように早歩きで駅から出る、サイケデリックな落書きが施された巨大な高層ビルが一番最初に目に入る。交番の横では信号機のような髪色をした2人の男性が血を流しながら殴り合って、交番の警官はヘッドセットを付け、マウスをせわしなく動かしてパソコンをいじっている。海府市、24区の外に存在するあまり治安の良くない町だ。ヒッピーのような落書きが施されたバスが止まる、ありすは携帯に表示された目的地に向かって歩く。裏路地に入った時、後ろから爆竹がさく裂する音と男女の大きな笑い声が聞こえた。



「やっと着いた、さて仕事をしよう」

目の前にアパートが見えたところで、ありすは手持ち扇風機をカバンに入れる。そしてカバンから1枚のスカーフを取り出して顔に装着する。柔軟剤の匂いが鼻をくすぐる。


一段、一段階段を登っていく。ぎしりぎしりと階段が軋む。階段を数段登ったところで再び、カバンに手をかけ、それを。真夏の暑さから取り残されたような冷たさを放つ一丁の拳銃を取り出す。

しばらく歩いて、郵便受けに新聞が突き刺さっている部屋の前で止まる。携帯電話のアプリを起動する。

携帯電話に数字がスロットのように流れていき、ある4桁の数字を表示して止まる。

「初めから空いていた?不用心ね」

音も無く開いたドアをありすは進む。月4万円ほどの狭いアパート、狭い廊下は埃が見当たらないほどに掃除されている。ここに住んでいる人間はとても几帳面な性格なのだろう。短い廊下を歩き、ドアを開ける。


一人の男性が背中を丸めてすすり泣いていた。ありすは男に向かって発砲する。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「俺は悪くない...」

何をやっても上手くいかない人生だった。スポーツは平凡、勉強も平凡...恋人は...ずいぶん昔に1人居たことがある。友達も何人か居る。

もちろん強者でもなければ、弱者でもない。心の底から信頼しあえる人間もいない。満たされているようで満たされていない。料理に使う食材、調味料を調理せずにそのまま食べたような、他人から見ればこの孤独は驕りと捉えられるだろう。幸福かどうかは別として社会のレールは外れていなかった。

「なんで...おれどうなって,,,」

ぽとりとナイフを落とす。目の前には男の死体が、何度も刺された刺殺体が転がっている。おれはなんでこんなことを...

救急車...?いやそれじゃダメだ...俺がこいつを殺した。

「何で俺はこんなことを...」

こいつのことは昔本当に大嫌いだった。でも大学進学を機にこいつのことは忘れてしまった。大学に進学して、大学院に進学して、友達ができた、趣味ができた、恋人ができた。楽しい思い出は、過去の地獄のような苦しみをいとも容易く塗りつぶしてくれた。就職先も決まった、懇親会で会った同期、上司は皆人当たりの良い人たちだった。なのに何故、俺は道を踏み外してしまったのか。頭が痛い、さっきからずっと。

「お~お~、分かるぜ。こりゃあれだ無知の四面楚歌ってやつだ」

聞き覚えのない男の声が聞こえる。自分の家の、誰もいるはずのない場所から声が聞こえる。

「無知に無知を重ねて申し訳ない。だから一つずつ取り除いてみよう」

男が俺の目の前に座り込む。派手な服装派手な頭髪、全体的に服のサイズが大きい。それに腕には巨大な蛇と方程式のタトゥーが彫られている。

「まず一つ俺の名前は前原微(まえはらかすか)。26歳身長180センチメートル、体重65キログラムのスーパーハンサムバツイチ子持ちのクリエイターだ」

「そしてこの腕に彫られてるのは、ナビエストークス方程式だ」

男が一方的に自己紹介をする。こいつは一体何なのだろうか、何が目的で俺の目の前に居る?男のことはこいつのせいで知ることができた。名前は前原微、身長体重職業何か子供と元妻が居るらしい...でも本当に知りたいことが知ることができない。

「ナビエストークス方程式っていうのは、流体に関するとんでもなく難しい方程式だ」

「こいつは水、空気、流体の挙動を表してる」

「こいつを解くことができりゃあ...そうだな。台風の発生時刻から消失時刻、天気予報、それに」

一瞬、熱風が鼻腔を通り過ぎる。それが殴られた衝撃だというのは後から気付いた。

「今おまえの鼻から出てる鼻血の挙動も全部分かるだろうな、なあ」

「栗原歩君」

「電磁気学が専門の君には少し縁の無い話だったかな?」

視界に前原の笑みが映る。笑いというものは本来攻撃のために作られたものだという説を今なら指示できる。そう思えるほど前原は満面の笑みを浮かべていた。

「さらにもう一つ君の無知を因数分解するとしよう。俺がここに来れた理由は扉の鍵が開いていたからだ」

「駄目だぜ、家の鍵は閉めなきゃ」

前原はそう言い、栗原の右手を踏みにじる。あまりの痛みに思わず声が漏れる。

「ついでにナイフを拾って俺を殺そうとするのも推奨しない」

「筋力差もあるが...一番の理由はお前の経歴にある」

「お前なんでそいつのこと殺したよ?」

分からない。そんなこと分からない。

「俺は何で...」

視界が涙でにじむ。

「言っておくがお前がそいつを殺したことは事実だ。ナイフには指紋がべったりとついてる、それにお前そいつに引っ搔かれたろ?爪にはお前の皮膚がついてる」

「しかしお前の中にはそんな記憶はない。こいつは変だ、事実があるのに過程が存在しない。パンケーキを作ったのに重曹がどこにもない。俺は何を入れた?そういう感じだな」

「ヒントはここまで、俺みたいな奴が何でここに来たのか、何でお前はこいつを殺したのか」

「何でお前は大嫌いなこいつをわざわざ家まで招き入れて殺したのか。なぜこいつはお前の家に来たのか」

「帰納的に考えるんじゃなくて、演繹的に考えるといいぞ。少年」

前原は芝居がかった話し方をやめ、家から出ていった。栗原は最期までそれに気づくことはなかった。



少し経って、一発の銃声が閑静な住宅街に鳴り響いた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「やりやがった。マジでおっかねえよあの女」

前原は車の中で毒づく。車の外ではパトカーがサイレンを鳴らしながらある方向に向かっている。栗原が居たアパートに向かっているのだろう。

「感想は必要ありません、クラウジウス。事実を述べてください」

電話の向こうから冷たい女の声がする。

「分かったよハミルトン。テストは概ね成功。効果範囲、発症時間どちらも当初想定した値が出た。あとちょっと調整すれば完成するんじゃないかな」

「クラウジウス。概ね..とは」

女の声に戸惑いの色が混ざる。

「あぁ、ビジランテが釣れちまう。あの野郎一瞬で嗅ぎつけやがった」

「ビジランテが...?クラウジウス、テスト開始時間は?」

「ざっと30時間前、栗原(あいつ)が人を刺したのが10時間前、あの女が到着したのが1時間前」

「この件について至急話がしたい。ハミルトン、召集かけてくれ」

「分かりました」

電話が切れる。

「はあ~、パパがんばるからねェ~~~...」

前原は電話が切れ、映った自分の娘の写真に愚痴を吐いた。

流体力学専門外だからマジで適当言ってますゴメンナサイ><

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