3話 馴染む
(意外と順調に馴染んでいるみたいだな……)
遥か後方で悶えている少年の様子を思い返す。 『アレ』は適合者を、自分にとって都合の良い器に作り替えるが今回は進行速度が尋常じゃない。 本来であればもう少し時間をかけて肉体が変化をするはずなのに、よほど相性が良かったのか。
「妬けるなぁ……」
我ながら意外だ、あんなモノにまだ感傷が残っていたとは……。
「まあどうでもいいか」
『反応が近い、全員警戒体制!!』
「さぁて英雄様の凱旋に相応しい舞台を用意しなくては」
長かった。
私は
僕は
ようやく貴女に逢いに行ける。
「さあ諸君! 乱れ合おう! 交わおう!」
こうしては魔王は今日もまた、この世に深い『恥』刻む。
● ○ ●
「ぎ、ぎも"ぢわ"る"い"ぃ……」
あれからどれほど経ったのか、腹の中身が蠢く感覚は消えたけど余韻がしぶとく残ってる。 あぁ〜何か痒いんだか、痛いんだかこんがらがるし、掻きむしってやりたいのに体内だからどうしようも無い。
(あぁ、クッソ頭が痛い……。 耳鳴りもするし、何か地響きみたいな音が聞こえて最悪だ)
これも全部あの自称……いやこの悪辣さは間違いなく魔王だ。 人をいきなり体調不良にさせた挙句放置して帰るとか、辻斬りの方がよっぽど善良に見えるような所業してくれやがった。
あ〜目がチカチカする。 ていうかほんと耳鳴りがひどいなぁ、何か金属同士が擦れ合うみたいな高い音が聴こえてくるなんて……もしや、やばいウィルスでも注入されたのか?
いや、それにしてはどうも身体の調子が良い。 あげ芋の食い過ぎでキツかった腹は楽になってるし、それどころか荷車で擦れてヒリヒリしてた尻に痛みがない……ていうか畑仕事でできた手のマメまで治ってる!?
幻覚か?脳がやられてるのかもしれない。
痙攣でも起こしたのか、妙に身体に振動を感じるし、地響きみたいな音はどんどん大きくなるし、何なら人の叫び声みたいなのが聴こえてきた。
これが俗に言う走馬灯ーーーーー
「ーーーーいや、違うわコレ」
身体に伝わるこの断続的な揺れは、多分あの野郎が呼び寄せた聖十字教徒の騎士たちの足音だ。 そんで聴こえてくるこの金属音と怒声からして……うん! なんか戦いが始まってるなコレ!!
しかも途中から『ゴォォ』とか『バチバチッ』とかのデカい音同時に閃光や物が崩れる音が聴こえてきた。 多分『魔法』の類まで行使されてる。
本来魔法は、それこそ小さな火種やコップ一杯の水を出す程度の便利技術でしかないけど、《魔導士》とか呼ばれる連中は大木を炭に変えるほどの業火や岩を砕けるほどの水流を出せる。
特に、離れてても分かるほどの破壊力の魔法を使えるような魔導士は一握り、そんな連中が動員されるようなやばい戦場がすぐそばにあるわけだけど……
オレは自分の腹を見下ろした。
そこにはハートマークのサインは無く、見慣れたツンツルテンな腹とマイリトルサンだけがあった。
「よしっ、帰ろう!!」
ここにはオレを縛るものは無いらしいし、あんだけ戦力揃えてるなら流石にあの化け物も身動きできないはず!!
今こそ好機……とばかりに駆け出す体に強めの電流
くそがよぉ……
♢ ♢ ♢
巻き上がる土埃は雲のように厚く、数多の怒号が嵐雨のように全身を打ちつける。
(懐かしい感覚だ……)
眼前に迫る重装の聖騎士達の圧力はまさに迫る岩壁、生半可な抵抗など構えられた盾による突撃ですり潰されらだろう。
そしてそんな彼らを超えた先、詠唱を奏でる数人の影が術具であるロッドを向けている。 込めた魔力を力に変えて輝く魔石は、顕現させる事象を思い返せば銃口のような禍々しさを醸し出している。
そして何より恐ろしいのはその統率。
重装は獲物の動きを抑え込めば、魔導士は即座に発砲する。 相手の反撃も逃走も許さない前衛と、一切の誤射もない優秀な後衛が一糸乱れぬ動きで襲いかかってくる。
その闘志も、殺気すらも重ねたように同質、まさに『群』にして『個』でもあるという歪な怪物たち
「……これだか宗教家とやらは厄介なんだ」
同じ思想と理念、更には盾や鎧だけでなく杖から剣といった装備すらも清く美しい純白に染め上げた
この狂った連中だからこそ可能にしたこの戦術は、確実にこちらの体力をーーー
「く、クソがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「早漏め、相手を無視して先走るとは滑稽極まる」
ーーーー削り切る前に、前衛はボロを出した。
「……ナバス!? ナバス、戻って来い、ナバスッ!!」
「誰か見たか!? ナバスの位置は!? ……くそ、煙で何も見えん!!」
「おい、どうなってる!? 詠唱班は何をやってるんだッ!?」
「《制圧結界》が揺らいでいる!? どういうことだ、報告しろ!」
「奴を閉所に追い込め! 誘導部隊、圧をかけろ!」
「もうやってる!! だが奴の動きが読めない!」
「このまま撃ち続ければ……スラムが更地になるぞ! 威力を落とせ、出力調整しろ!!」
「ゼェ、ゼェ……洗礼装が過熱してる……制御が効かない……!」
「結界班、限界か!? 誰か前衛を交代しろ、前に出られる者は!?」
「ダメだ、あの野郎……戦場のど真ん中で笑ってやがるッ!!」
(……堕ちたな)
———まずは一人目
ナバスと呼ばれていた青年が突出してくる。
聖域が安定していない今、身体能力を補助していた洗礼装も今では身体を縛る重りでしかないはず。
だというのに彼は砲弾の如き威力と速度を持った突撃を敢行してきている。
良い動きだ。度胸もあるし、実力も申し分ない。何よりその見上げるような巨体に反して、その刺すような警戒心に肌が粟立つ。 素晴らしい才能だ。
だが少々……
「動きが素直過ぎる」
瞬間、肉体は螺旋を描く。
ミシリ
金属がひしゃげる音を伴って、ナバス青年は地面と熱い抱擁を交わすこととなった。
「『首引き恋慕』」
引き千切った頸当を放り捨てた
カラン、と混沌とした路地裏に甲高い音が響き渡ると同時に彼らはこちらに向かって駆け出した。
コレで何人目になるだろうか、今更人間のように疲れるような身体ではないが、いささか……
(諦めが悪過ぎる)
視界の端に焼き付くような閃光が走った
小規模の爆炎系
範囲は狭く、それでいて人の頭程度なら水風船のように破壊する威力を宿している。
反射的に足元で起きあがろうとしていた青年を蹴り上げる。
瞬光、轟音、熱い風
肉の焦げた匂いが漂い、黒々とした煙が不気味にたなびく。
晴れた煙の先には、兜越しにも分かるほど青ざめた聖騎士たちの顔
そしてその後方で、白煙を上げるロッドを構えながら今にも吐きそうなほど狼狽した若い女が、焼け焦げたナバスを見つめていた。
今年の人材は随分と豊作らしい。
「………ぁっ……」
「ほぅ、アレを喰らって生きているとは頑丈だな、あとで良い癒者に治してもらうと良い」
ちょうど良い盾は、あちらの士気も程良く下げてくれた。
奴らが乱れた理由は明白だ。
彼らの結束は、単なる命令や利害じゃない。同じ信仰を抱いた“仲間”だからこその結びつき——その絆が、根底にある。
そんな連中にとって、“同志への攻撃”はただの損耗じゃない。“裏切り”に近い感情を喚起する。
とくに、それが——自分たちの手で焼いてしまった仲間であれはなおさらだろう。
ナバス青年を蹴り上げ、爆炎を浴びせたあの瞬間。
彼らの一人が、俺の顔を見て呻いたのが見えた。「ナバス……」と。
どうやら効いたらしい。
この半刻で、私が直接屠った五十人より——
たった一人、ナバス青年の犠牲のほうが、ずっと深く連中の心を抉ってる。
皮肉なものだ。敵の刃より、味方の痛苦の方が効くとはな。
《フレンドリーファイア》——それは私にとって、ただの戦術の一つ。でも、奴らにとっては、魂を裂かれるような悪夢に違いない。
ただ、まぁ……
あぁ、やっぱりだ。
連絡用宝珠に何やら怒鳴ってるな。少し景気良くやりすぎた。そろそろ《怖いヤツ》を呼び出されてしまうかもしれない。
(それでは困る……)
そうして私は、紐付けられた印へと魔力を流した。
「さぁて、魔王はここだぞ勇者様」
早く助けに来てくれたまえ。