1話、大きければ大きいほど良い
「実家に帰りたい……」
呟いたところで意味はない。
けれど同じことを思っているのは自分だけではないのだと俺ーーーー《アラタ》は粗末な大型馬車に漂っている重苦しい空気から察していた。
「……はぁ、念願の都会行きが『こんな』なんて」
「マリーは俺のこと忘れないでいてくれるかなぁ」
「腹が減った……」
「死にたくねぇ……死にたくねぇよぉ……」
皆一様に項垂れて、出荷される畜生にでもなったかのように絶望している。 まあ、行き先を考えれば似たようなものであることは確かだ。
現在、『エゼル=ベリア帝国』は魔王の軍勢と抗争中ーーーというか俺が生まれる前からずっと戦争している。 そして悲しいことに連敗中でもある。
理由を挙げればキリが無いけど、今のところ一番の敗因は三十年前に《勇者召喚》の儀式がまた失敗に終わったことだろう。
一定の周期で現れる魔王という存在を、これまた一定周期で発動できる『異世界から勇者を召喚できる』技術を用いて撃退する。 これがこの世界でのいつもの流れというヤツだった。 そしてこの儀式は我らが偉大な帝国が独占していたもんだから、それはもう過去の皇帝達は他国に対してブイブイやってこれた。
そう、300年前までは……。
「おい、聞いたか? 再編された騎馬隊が《憤怒の魔王》に全滅させられたってよ」
「はぁっ!? ま、待てよっじゃあ俺が丹精込めて育てたジョセフィーヌは……」
「黒コゲだろうな……良い牡馬だったのになぁ」
「ジョッ…‥ジョセフィィィィィィヌゥゥゥゥゥゥ!!!」
(いや馬の方かよ!?)
生産者側からすればそうかもしれないけどさあ! 『また帝国軍が負けたことについて言及しようぜ?』などと言いたくもなったが仕方ない。 何せ帝国が負けるのはいつも通りだし。
俺たち平民が気にするべきなのは、今回の戦争で失った物資の補充として帝国全土から持っていかれる税と人員だ。 つまりーーーー
「ドナドナドーナードナドー……」
「おい兄ちゃん、その歌やめてくれなんか分からんけど悲しくなる」
「あっ、すんません」
「それにしても兄ちゃん若いなぁ。 歳いくつだ?」
「はぁ、そろそろで17ってところっすかね」
「なるほどなぁ。 若ぇのに残念だったな……」
「あははは……」
こちらはたったの3日前、俺が生まれた辺境の農村にやたらと豪華な馬車がやってきた。 そんでそこから出てきたコレまた豪華な服を着たオッサンが『この村にいらない若者をよこせ』という内容の勅使をそれはそれは丁寧に飾り立てた言葉で伝えてきた。
で、今の俺がいるわけよ。
なんて現実逃避しているうちに目的地に着いたらしく、見えないほど遠くから聴こえる指示に従って馬車を降りた。
ギラリと目を刺す陽光を手で防ぎながら見渡したそこは巨大な城門の前だった。 死んだ爺さんから話を聞いて一度は見てみたいなぁ、なんて思ってたけどコレはないでしょ……。
ふと他の馬車に目を向けると俺と同じ安そうな汚れた服を着た少年少女がゾロゾロと降りて来るのが見える。 思えば同年代の女子なんていない村だったから、少しワクワクするーーーー余裕が無い。 そもそも少年少女全員の目が死んでる。
嗚呼ーーーーー
(異世界転生ってこんな感じかぁ……)
⚪︎ ● ⚪︎
死因は食中毒。
あ、前世の話ね? なんかしらす食ってたら急に息ができなくなってそのままポックリ。 気づいてたら貧しい農家の家庭で次男坊として生まれ育つことになった。
そんで現在
「《君が勇者だ!!》……って言ってもなぁ」
手元の金属板ーーーー勇者証?をチャラチャラと鳴らしながら一人呟く。
何と徴兵かと思ったら国中から勇者を選定し、魔王を討伐するという素晴らしい国家事業だった。 そして俺はめでたくその勇者に選ばれたのだ!!
「いや、まあ今日呼ばれた全員がそうなんだけど」
はぁ……何が『世界を救う勇者は君だ!!』だよ。しまいには『アタシ以外にも言ってるんでしょそんな甘いセリフ!!』っ叫んだオカマのおっさんに係の人が絡まれる事件まで起きてたし。
王様何考えてるんだ?と考えながら黄昏ている俺が居るのは小さな酒場。 え?ルイーダの酒場?知らない店ですなぁと言われた記憶はまだ新しい。
ただまあこの世界でも有名な冒険者達が酒場で運命の仲間と出会い偉業を成した話がそこそこあるため、ここでも少年少女達が死んだ瞳に光を灯して楽しげに仲間を集めていた。
まあ、俺はガッツリ出遅れて一人寂しく揚げ芋を齧っているんだけどね。
(良いもん別に! 俺はただポテトフライを食べにきただけだし……そもそもこちとら前世含めたら精神年齢35だから若い子の話題について行くとか……)
「やあ、こんにちは」
「ん?え?誰?」
「ああ、ごめんよ。 他に席が空いていなかったので相席させてもらっても良いかな?」
そう話しかけてきたのは、村でもよく見かける神官さんと同じ真っ白い装束に身を包んだ気の良さそうなお兄さんだった。
どうもこの人もパーティ結成の際にあぶれてしまったためこの酒場の隅に流れ着いてしまったらしい。 そんな縁もあってか、お互いコレからどうするか、里に帰りたいが交通手段がないとか取り止めのない愚痴を酒も飲んでいないのに酔っ払ったみたいに話していた。
「……初対面の相手に長々となんかすんません」
「気にしてないよ! なんなら懺悔室でこの手の話を聞くのが私の仕事ですからね!!」
「バリバリの業務態度で聞いてたんすか!?」
「おっとコレは失礼」
何て馬鹿話をし続けている内にあっという間に日が沈んでしまった。
● ⚪︎ ●
「いやはや怒られてちゃったね」
「はは……そりゃまああげ芋一皿で日が落ちるまで粘られたらそりゃキレるよな」
店から追い出された俺たちは、当てもなく夜の街を散策する。 まあこの人は、ただ話し足りないらしいから勝手についてきてるだけなんだけど……。
「にしてもやっぱり都会ってすごいな。 魔石灯がこんなに設置してあるとか潤ってんなぁ」
「んーたしかにそれもあるけど、やっぱり人が増えると治安も悪くなるので暗いところを無くしておきたいって理由もあるらしいよ」
「へー」
「『光を灯し闇を照らすが如く、正義は悪を拭い去る』という教えが我らが教団にもあるくらいだから、ほらその勇者証を見てみなよ」
さてどういうことかとポケットから取り出した勇者証は、十円玉サイズのベース型をした金属板には十字架から放射状に光が放たれているというシンプルな紋章が彫られていた。
「それもうちの教団が監修して作らされたものでね。 何せ勇者様とは我らが《女神ウェニアス》様が使わしてくださる存在だから、それはもう強めにプッシュしたらしい」
「この国に政教分離って言葉あります?」
「経典と法典に載って無いなら無いですね」
「世も末だー」
「まあそんなわけで、国も教団も新しい勇者を輩出した成果が欲しいので数打ちゃ当たると言わんばかりにこんな物を大量にばら撒いたわけ」
「あー確か30年前ぐらいにまた勇者召喚に失敗したって話ですもんね〜」
「うん、正確には33年前に7度目の正直とばかりに実行したのに失敗といった所かな」
「ははっ辛辣!」
「というわけで少年、勇者目指してみない?」
「文脈って知ってます?」
いきなり話ぶっ飛んだなぁ。
この人飲んだわけでも無いのに酔っ払ったみたいな事言い出してびびったわ。 新たな宗教勧誘? いや、そもそもこの帝国に生まれた時点で自動的に入信させられてたわ。
「いやぁ向いてると思うんですけどなー。 ほら夢も大きければ大きいほど良いって言うじゃない」
「だとしても結構です! 俺争い事とかぜんぜん無理だから」
「いやー残念残念」
「まったく油断も隙もーーーーあれ?」
「ん、どうした?」
「そういや俺たちって『どこ』に向かってるんですか?」
「どこ、かぁ……」
ふと気付く、最初は当てもなく散策していた。 けれどある時からこの人の迷いのない足取りに釣られて何も考えずに随分と歩いてきてしまった。 周囲を見渡すと魔石灯の光が微かにしか届かない薄暗闇の路地裏で、物音は俺たとこの人の二人分の足音しか聞こえない。
この人……いや、そもそも俺はなんで気付かなかったんだ!?
俺はずっとーーー
「別に場所はどこだってよかったんだよ、ゆっくり人に聞かれずにおしゃべりするには丁度良い所を探していただけだから」
ーーーーずっと『名前も知らない人』と話していたのに、何でこんなに気を許していたんだ?
⚪︎ ● ⚪︎
「そんな顔しないでよ。 確かに君は純粋だ、けど意識を向けないように私が誘導したから別に君が不注意ってわけじゃない。安心していい」
この人は、いやこの正体不明の男は悪びれもせず貼り付けたような薄い笑みをこちらに向けていた。
「な、なんでそんな事を!?」
「んーそれを話す前に、ちょっとおしゃべりしようか」
「なっ……こんな状況で何を!?」
「一応君にも関わりがある話だし? 何せこの世界に勇者が現れなくなった理由についてのお話だからね」
「!?」
ここにきてまさかの急展開……何かこの世界この世界の核心を突くようなヤバい事態に巻き込まれる予感に冷や汗が滲む。 異世界転生してかれこれ17年経ったがこんな一大イベントが起こるだなんて!!
(いったいどんな情報が来るんだ……)
「端的に言うと700年間儀式を邪魔してました。 私が」
「………………はい?」
「はい、では自己紹介が遅くなってしまってすみません。 現『色欲の魔王』を務めているものでーす」
そう告げるや否や神官服に包まれた細身な身体が、突如爆発するかのように膨張し隆起する。 細く長い腕は丸太のように膨らみ、胸襟は切り出した岩石のように分厚くなり神官服に悲鳴を上げさせる。 それと同時に目に見えない力の波動のような物が体の中を通り過ぎ、そのショックで思わず腰が抜けた。
「あ、あわ………」
「ふぅ、まあこれくらい目に見える変化の方がいいかな、何事も大きいことは良いことだって言うし……あ、口調とかも変えた方がいいか。 その方がらしいだろう?」
「ら、ライザップだって加減は知ってるだろ……」
「だが説得力はあるだろう? では本題に入ろうか」
そう言うや否や魔王の手から光が溢れ出した。 光は次第に強くなり、やがて一つの球形となってその掌で滞空した。 瞬間悟った、『あ、ドラゴンボールで見たやつだ』と。 そう悟ってしまった俺は気功法が出る前に命乞いの準備に――――――
「何を勘違いしているのか知らないが、私はお前を殺すつもりはない」
「へ? じゃあいったい何をするつもり……なのでございましょうか?」
「そういう切り替えの早さは嫌いじゃないが……まあいい、と言って本題に入るもなにももう伝えてはいる」
「は? それって……まさか」
魔王の言葉をきっかけに、前世、今世ともどもろくな働きを見せなかった俺の脳みそは類を見ない最高速で答えを叩き出した。 そう、魔王が本性を表す前に行った一言、今まで聞きに回るだけだった神官の男が初めて見せた『冗談のような一言』を
「『勇者になれ』って真剣っすかッ……」
震えながら吐き出された俺の声に、魔王は『正解』と言わんばかりに笑みを深めるのだった。