婚約破棄
『ルメルシエ王国第一王子
サミュエル・ルメルシエの名に於いて
シャヴノン公爵家長子ヴィオレーヌとの婚約を破棄する』
王室からそんな手紙が届いたのは一週間前。
王妃教育を受ける必要がなくなったヴィオレーヌは、自室で窓の外をぼんやりと眺めていた。
「なんでこんなことになってしまったのかしらね…。」
ぽろりとそんな言葉が溢れた。
家同士が決めた婚約とはいえ、良好な関係だった筈だった。
月に一度は王宮の中にある庭で二人でお茶会をし、他愛ない話をして笑い合った。
『サム』『ヴィオラ』と、愛称で呼び合っていた。
贈り物だって何度も頂いた。
公爵家に生まれたヴィオレーヌにとって、皇太子妃に選ばれたことは何より誇らしくこの上ない喜びだった。
逢瀬を重ねるうちに次第に彼に惹かれていき、その気持ちがあればこそ過酷な王妃教育にも耐えられた。
それを一夜にして奪われたのだ。サミュエルからの一方的な通達によって。
何か粗相をしたのだろうか。
いくら考えても正解は分からないし、婚約者の座から降ろされてしまったので王族相手に直に聞くことも叶わない。
慕っていたのは自分だけだったのだろうか。
「はあ…。」
何度目か分らない溜め息を吐いた。
「…ヴィオレーヌお嬢様。差し出がましいことを申し上げますが、気分転換にお出掛けになられてはいかがでしょう。お部屋に篭ってばかりでは気が滅入りませんか?」
心配そうに声を掛けてきたのは侍女のエマだ。
「旦那様も奥様も心配しておいでですよ。」
そう言って弱々しく微笑む。
ああ、本当に何故こんなことになってしまったのだろう。
みんなに心配を掛け申し訳ない気持ちはあるものの、どうしても前に進む気力が沸かないのだ。
8歳の頃から10年間育んできた気持ちをどうして消化すればいいのだろう。
それが分からない私は殻に閉じこもることしか出来ずにいた。
そんなとき、コンコンと扉をノックする音がした。
居住まいを正し、「どうぞ」と入室を促す。
爽やかな香りと共に入ってきたのは、予想もしていなかった人物だった。