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掌編置場

秋の花庭

作者: 須藤鵜鷺

 ピンク色の海。いや、そんなものはない……いや、どこかにはあるのか?ピンク色の川があるってのは聞いたことあるけど。だったらもしかしたら海もあるのかもしれない。地球って案外広いよね。

 ただ、今目の前に広がっているピンク色の海は、本当の海じゃない。その正体は、コスモス畑。赤白ピンクのコスモスがこれでもかというくらいに咲き乱れていて、風にさらさらと揺れるさまがまるで波打つ海面のように見える。ここはコスモス畑が有名な公園で、今がちょうど見ごろだからわりと人も多い。みんなそこここに散らばって写真を撮ったり撮られたりしてる。SNSにあげるのかなぁ。うーんでもコスモスだよ?わりとありふれた花だと思うけど……。しかもここに咲いてるのは別に珍しくもない赤白ピンクばかり。植物園とかじゃないから、変わった品種が咲いてるわけでもない。

「ここの花三本まで摘んでいいんだって」

「へぇ」

 声を弾ませて話しかけてきたのは、私をここへ連れてきた張本人。といってもまぁ実際に車を運転してきたのは私だから、「連れてこさせられた」という方が正しい。私に背を向ける格好で、いつも首から下げているごついカメラを花に向けて上機嫌でシャッターを切りまくってる。そんなに撮ったらフォルダの中もピンクで溢れかえっちゃうんじゃないの?花とかほとんど興味がない私は車で待ってるつもりだったのに、「きれいだから!せっかくだから!」と結局引きずられるように付いてきた。まぁたしかにきれいだとは思うけど。

「ねぇねぇ」

 一度私から離れていったくせに、こっちに小走りで戻ってくる。楽しそうだね。

「来てよかったでしょ」

「まぁ、うん」

「じゃあさ、どこにもあげないから記念に一回だけ被写体に」

「ならない」

「早っ。でもそっかぁ。まぁそうだよねぇ」

 へらへら笑いながらまたピンク色の波間へ泳ぎだしていく。

 私はカメラを向けられるのが好きじゃない。友人の趣味を否定する気はないけど、どうにもあの大きなレンズが苦手。なんだか、見透かされてはいけない自分の奥底を暴かれてしまうように感じて、心臓がヒュッと縮み上がる。スマホのカメラなら、まだいいけど。だからといってわざわざ苦手な写真を撮ってまでSNSを盛ろうとも思わない。いつの間にかずっと沖のほうに流されつつある彼女にしても、そういう目的で撮ってるわけではないことは、知ってるけど。

 波をかき分けて、テンションが上がって周りが見えなくなってるその子に背後から近づく。

「ねー。そろそろお腹すいた」

「うわっ早っ。でもまぁ結構撮ったし、いっか」

 私が言えば彼女はあっさり引き上げる。まぁそうしないと置いて帰るからだけど。

「んじゃ今日はこのお店ね。ナビOK」

「りょ。頼んだ」

 私は完全に花よりスイーツ。おいしいカフェで甘いものを奢るのが、この子の運び屋をする交換条件。おいしいものには目がないけれど、これが悔しいことにそういう店にはこの子の方が詳しい。それでまんまと運び屋をさせられてる。これはあれだ、胃袋掴まれてる……?いや、なんか違うな。どっちかというと、餌付けされてる。

 今日彼女のナビで辿り着いたのも、小洒落た雰囲気の喫茶店。路地をかなり入ったところにあるから、ちょっと隠れ家的な感じ。三台しか停められない狭い駐車場に車を停めて降りると、もう甘いシナモンの香りがする。私はちょっと呆れた気分になった。この子自身は甘いものほとんど食べないのに。

「本当に詳しいよね、こういうとこ」

 ため息交じりに言うと、彼女はやはりテンション高めで。

「ふっふっふ。それもすべて私の趣味のためだよ」

「……それってどっちの趣味のこと?」

「えっ☆」

 ったくいい笑顔しよってからに。

 スイーツを頬張る私を見る彼女のニマニマした笑顔を思い浮かべて少しげんなりし、それでもまぁいっかとその店の扉を開けた。

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