余命一ヶ月の「近所のお姉さん」に推されて恋人になった俺たち~何故か課金までしてくるんだけど~
真っ白な壁に覆われた病院の個室に、私、東城小夜は居た。
やせ細った身体をベッドに横たえて。
「なんで小夜さんだけ」
目に涙をうかべ、ぐすぐすと鼻をすするのは、近所に住む一つ歳下の夏音ちゃん。昔から彼女を我が家に招いて一緒に遊んだのが懐かしく思えてくる。夏音ちゃんは聞き分けの良い子だから、妹ができたみたいで嬉しかったっけ。
そんな妹分とも一月足らずでお別れかと思うと切なくなる。
「やりきれないよ。なんで小夜姉が」
男の子が泣いてはいけないと涙を我慢しているんだろうか。
同じく近所に住む一歳下の春樹君が鼻を鳴らしながら言う。
夏音ちゃんと同じように我が家に招いて一緒に遊んだことが懐かしい。
夏音ちゃんを妹分とするなら春樹君は弟分。
夏音ちゃんと同じく聞き分けの良い利口な子。
三人で遊ぶことが多かった私たちだけど、ここ二年くらいは夏音ちゃんと春樹君が仲良くやっているのを眺めることが増えたかもしれない。
「仕方ないよ、春樹君。人はいつか死ぬものだし」
澄んだ境地でその言葉を口から発する。
何度も、本当に何度も悩んだ。
中学になったばかりなのに死ぬなんて嫌だ。
両親やこの子たちには秘密にして一人で悩み続けた。
不思議なもので。
ヒトは死期が近づいてくると自分の死を受け入れられるようになるらしい。
どこかの本に書いてあった。
神様がいるなら、そのことだけは感謝したい。
この子たちの前でみっともない姿を見せずに済むのだから。
余命一ヶ月未満の私の心は、でも、静かだった。
「なんで。なんで、小夜さんは平然としてるの?もう一ヶ月無いんだよ?」
涙声で叫ぶ夏音ちゃん。
(ここまで慕ってくれてたんだな)
改めて嬉しくなる。
死ぬのはもう怖くない。
でも、この子たちを置いていくのは心が苦しい。
「私だって諦めがつくまでは悩み抜いたよ」
本当に悩んだ。でも、と。
「ようやく納得できたんだ。だからね」
二人のお姉さんとして、ただ優しく静かに言う。
「せめて、笑って見送って欲しいな」
でも、やっぱり二人は納得できないらしい。
病室で盛大にわんわんと泣き出してしまった。
(二人にはずっと笑っててほしい)
夏音ちゃんと春樹君は本当に仲がいい。
仲睦まじげな様子を見てるだけで元気が出るくらい。
最近覚えた言葉だけど、二人は私の「推し」と言えるかもしれない。
「もし良ければ、お姉ちゃんの「最期のお願い」聞いてくれるかな」
「それで小夜姉の気が済むなら」
「うん。私も同じだよ」
涙の残る神妙な顔で頷く二人。
二人には私がこの世を去ってもずっと仲良くして欲しかった。だから―
「私はね。春樹君と夏音ちゃんが恋人になった姿がみたいな」
そんな提案をしたのだった。
「え……」
「え……」
あれ?二人は固まってしまった。
あ。考えてみれば。
余命幾ばくもない重病人と言っても、このお願いはまずかったかも。
「えーと。言葉が足りなかったね。二人はいつも仲がいいでしょ」
「「……」」
「お姉ちゃんとしては、ずっと仲良くして欲しいから。ね?」
慌てて言葉を継ぎ足したのだけど。
「春君はどう、なの?」
ワンピースと笑顔が似合う、小柄で清楚な少女はおずおずと言葉を発する。
「どうって?」
「私は……春君の事、好き。恋人って少し憧れがあったし」
「なら。俺もナツの事、好きだ」
「じゃあ。これから恋人同士でいいの……かな?」
「いいんじゃないか?たぶん」
両想いだったらしく、あっさりくっついちゃった。
お姉さんとしても逆にびっくりだ。
「おめでとう。二人とも。晴れて恋人同士だね」
よく考えずに言ったお願いだけど、いざ成就すると言葉に困る。
「でも、俺は何すればいいのかわからないけど。ナツはどうだ?」
「私も詳しくは。デートとか、キスとか、手を繋ぐとか。色々見る、けど」
「デートって……あれだろ。二人で同じとこに待ち合わせてどっか行くヤツ」
「たぶん。春君はデート、どこ行きたい?」
「急に言われても。近所の公園とか?」
早速、デートの話し合いを始めている二人。
そんな様を見て未練が出てきてしまう。
もっと二人のことを見守っていたいと。
(でも)
人生の最期にこんな素敵な光景を見られただけで良かったかな。
(二人とも。お姉ちゃんが居なくなっても元気でね)
そんなことを天に祈った私だった。
この時の私は出来立てホヤホヤのカップルが
あんな風になるなど知るよしもなかった。
だって、この世を去るはずだったのだから―
◇◇◇◇
ぽつり、ぽつり。お昼休みの教室。
窓の外を雨露が流れていく、高校一年生の六月初旬。
雨が続くと少し憂鬱だ。
降り続く雨は、四年前を思い出すから。
右隣の席を向くと、目があった。
幼馴染で、四年前に恋人になった北里夏音だ。
「考え事?」
ちらりと見れば憂い顔。どうやら心配させてしまったみたいだ。
「ああ」
端的にそれだけを返す。
「小夜さんのこと?」
図星だった。
「なんでわかるんだよ」
「私は春樹の嫁だから?」
少しだけ勝ち誇った夏音のドヤ顔が憎らしくも可愛らしい。
あれから数年。小柄な体躯はそのままに、出るところは出る体型。
ほっそりとした身体つきで、笑顔が最高に可愛い美人に成長した。
「嫁じゃなくて恋人だろ」
もちろん悪い気はしないんだけど。
「んっふっふー」
何故か不敵な笑い。
「こうされても余裕ぶってられるかなー?ぎゅっ」
背中に手を回してぎゅうっと抱きしめられる。くっ。
「ま、まあ。悪い気はしないけどな」
照れてるのを悟られまいと彼女の腰に同じように手を回す。
「照れてる、照れてる」
「お前が可愛いから、仕方ないだろ」
「むふー。嫁としては、旦那のその言葉が何よりの栄養だよー」
「嫁じゃなくてまだ恋人」
「卒業までに別れるつもり?わ、私とは遊びだったんだ!」
明らかに嘘泣きなんだけど、何故かじんわりと瞳が濡れている。
「い、いや。それはない。誓ってない」
「もー。春君は素直じゃないんだから」
「お前が積極的過ぎるんだってば」
俺と夏音のこれは平常運行だ。
恋人同士になったばかりのカップルがはっちゃけてるわけじゃない。
そんな光景をクラスメートがどう見ているかと言えば-
「付き合って数年なのに逆にすげえよな」
「出来立てホヤホヤならまだわかるんだけどな」
「もう四年でしょ?」
「いいんじゃね?人それぞれだって」
あまりにいちゃいちゃしてるせいか。
まーたやってらあ、くらいにしか見られない。
さすがに二ヶ月近くも見てれば慣れるか。
「小夜さんのこと。何考えてたの?」
ようやく満足したのか。
俺から離れたナツが問いかけてくる。
「そういえば、今日、小夜姉が退院だったよなって思っただけ」
本当は、付き合うきっかけになった日の出来事を思い返していたけど。
また何か言って来そうなので伏せておく。
「そうよねー。小夜さん、また私たちを質問攻めにするんだろうなー」
嬉しそうなナツ。
スマホを開くと、小夜姉からの
【放課後は15:30に駅前集合!】
のメッセージ。俺とナツ、小夜姉の三人のグループだ。
「15:30駅前集合、か。はぁ……」
あの人が俺たちに聞きたいことなどよく知っているのだ。
この数年間、ずっとそうだったのだから。
「なんで苦い顔してるの?」
「いくら小夜姉でもさー。思春期なりの照れというかさ……」
最初、小夜姉にせがまれるままに交際模様を伝えていた俺たち。
ただ、高校生にもなると自分たちの恋愛模様が第三者に筒抜けになっていることに、少し思うところはある。
(ま、それでも嫌ではないんだけど)
俺たちがこんな関係になるのはあの時に決まっていたことなんだろう。
小夜姉が俺たちにそう望んだときから。
小夜姉が退院したあの日から。
◇◇◇◇放課後◇◇◇◇
「それで?私が入院してた間、二人はどうしてたの?」
退院した小夜姉を駅前に迎えに行った僕たちが連れて行かれたのは、
近くにある個室喫茶店だ。
何故「個室」喫茶店なのかというと-
「いつも通り、ラブラブでしたよ。ねー?春君」
「ラブラブって。まあ、そうだけど」
「具体的には?」
これである。小夜姉は俺たちの交際っぷりがとても気になるらしく。
長期入院になると、退院直後はいつもこんななのだ。
「こないだ、春君の部屋で一緒に寝たのは良かったよねー」
ナツはこの姉貴分に交際模様を報告することを欠片も疑問に思っていない。
嬉しそうにこないだのお部屋デートのことを言い出す。
「一緒に?ついに一線超えちゃったの!?」
ほら。小夜姉が食いつく。
「小夜さんはどう思います?」
ニヤリと返すナツは確実にわかっている。
「……二人のことだから、どうせ別のお布団で寝たっていうオチでしょ?」
伊達に長い付き合いをしていない。
ただ、いつもならそれは正しいんだけど-
「ぶぶー。実は、実は……一緒のお布団で朝まで寝ましたー!」
「ええ?さすがにお姉ちゃんにとっても、すっごく意外なんだけど。詳しく!」
「簡単な話ですよ。俺の家にこいつが遊びに来て。寝てる間にひっそりと布団に忍び込んで抱きついて寝てたってオチです。起きた時は慌てましたけど」
あることないこと言いそうだったので、簡潔にあったことだけを述べる。
「お姉ちゃんとしては、「ただ寝ただけ」が逆に疑問だなー」
「さすがに起きたら隣にコイツがいても、対処に困るんですよ」
「据え膳食わぬは男の恥と言うじゃない?」
「準備ができてないでしょう」
暗にブツがないのだと小夜姉に伝える。
「うーん……それならそれで、仕方ないか」
「春君も今度はちゃんと準備しといてよね?」
わかってるよね、と目で伝えてくる。
「なんで夜這いされること前提なんだよ」
本当に。小夜姉も、それに影響されたナツも。
色々困っる。
それからも二時間程、色々な話をした。
カラオケでデートをしただの(例によってナツが密着してきた)、
もうすぐプールの季節だから、俺を悩殺したいだの。
さんざんな話が続いた後に解散となったのだった。
「二人ともいつも通りラブラブで安心した。それじゃ、またね!」
小夜姉とは駅を挟んで反対に住んでいる俺たち。
駅前の交差点で手を振って解散である。
個室デートでのお茶……もとい聞き取り調査は小夜姉の自腹である。
曰く、
「推しに課金を惜しむ人はいないわよ」
とのこと。
「つかれた……」
気がつけば、雨が止んでいて夕日が西に沈もうとしていた。
「小夜さんがああなのはいつものことでしょ?」
あの日恋人になった大好きな彼女。
腕を組んで頭を預けてくる仕草がとても可愛らしい。
「といってもなあ。お前も少しは恥ずかしがれ」
「小夜さん相手だもの。今更でしょ?」
「まあ、それはそうなんだけどさ……」
「もうちょっと控えめな方がよかった?」
ナツは感情の機微に聡い。
声を落として、そんなことを聞いてくる。
「いや。小夜姉のことは諦めてるしさ。ただ……」
こんなくだらないのを打ち明けるのは気が引けるけど。
「ただ?」
「もうちょっと恥じらってくれた方が彼氏的には、嬉しい。くらい?」
「ぷっ。春君の悩みもずれてるんだからー」
何故かツボにはまったらしい。
抱きつきながら笑い転げている。
「ん?なんか変なこと言ったか?」
「小夜さんに何でも言うのは嫌かなって心配だったの」
確かに。交際の中身なんて明かしたがらない人も多いしま。
「普通はそうだけど、小夜さんと俺たちだからなあ」
始まりがああだから、気にしても仕方がない。
「私も気にしてたところに「もうちょっと恥じらってくれた方が嬉しい」だもの」
「悪かったな。変なところにロマン求めて」
「別に悪くないけど?私だって恥ずかしいんだよ?」
「え?それは初耳だな」
今日もそれは楽しそうに答えてたけど。
それに、どっちかというと誘惑してくるのはナツの方だ。
「小夜さんだから、言ってもいいかなって」
小夜さんだから、か。
「思い返せば俺たちの関係も変だよな」
「死ぬ前に恋人になった私たちを見たい、だなんて」
あの日を思い出しているんだろうか。
ナツは夕日を見ながらどこか遠い目をしていた。
「本当に交際始まるしさ。お前からの告白もびっくりだったぞ」
「好きなのは好きだったし。春君が嫌じゃないなら、て思ったの!」
「嬉しかったは嬉しかったけどな」
少しの間、無言。
こんなことはよくあって不思議と苦じゃなかった。
「あのさ。小夜姉が退院できた、あの日のこと、覚えてるか?」
「もちろん。一生、忘れられないよ」
◆◆◆◆四年前◆◆◆◆
小夜姉が退院したその日、家まで送って行こうということになった。
「それじゃ、もう小夜姉は死ななくてもいいんですか?」
「完治じゃないけどね。それに、お薬も飲まなくちゃだし」
「それでも本当に良かったです……小夜さん……!」
小夜姉は結局、余命宣告されて一ヶ月しても生きながらえた。
新開発の治療法に賭けた結果、一年後の今、退院できることになったのだ。
「ごめんね。いっぱい心配かけたよね」
闘病生活のせいで、だいぶ痩せた小夜姉が痛々しかった。
でも、生きていてくれるのが本当に嬉しい。
「俺はただ小夜姉が生きててくれただけで十分ですよ」
「同じく!私も小夜さんにはお世話になってますから」
「二人とも、ほんとにありがとね。それでね、私、決めたの」
俺たちを見たかと思えば立ち止まって言う小夜姉。
「残りの人生は二人の「推し」として生きようって。迷惑、かな?」
「……」
「……」
突飛な言葉に俺たちは決して驚いたりしなかった。
だって、闘病生活の小夜姉にとって、俺たちが仲良くしている姿が
生きる支えだったのはよく知っているから。
(なんていうか、変な人だけど)
(小夜さんだから仕方ない、よね)
目を見合わせてくすっと笑いあった俺たちは、
「俺たちで良ければ好きなだけ「推し」てよ、小夜姉」
「私たち、小夜さんにはいっぱいお世話になったから。これくらいは、ね?」
少し寂しがり屋な姉代わりにそう笑顔で返事をしたのだった。
「うん……うん!本当にありがとね!」
泣き笑いの顔が印象的な小夜姉だった。
◇◇◇◇現在◇◇◇◇
「でも、推しってのはもうちょっと比喩的なものだと思ってたな」
「「課金」って言ってLINEギフト送ってきた時はビックリだったよね」
時折、小夜姉はアイス(二人で割れる)やらポッキーやら、そういったお菓子をLINEギフトで差し入れては「二人で食べること」と一言添えてくるのだ。
俺たちの間では、
「小夜姉、また課金したみたいだぞ」
「今度の課金アイテムはどんなの?」
て会話が日常にのぼるまであるくらいだ。
「小夜姉がいてくれるから仲良くできてる面もあるよな」
「喧嘩になりそうなときに間に入ってくれたり」
お互いすれ違うことだってある。
そんなときだって「推し」として小夜姉が間に入ってくれたことは幾度もある。
たまにはげんなりすることもあるけど、そんなのは小さなこと。
「……のまま行くと、普通に俺たち結婚してそうな気がするんだけどさ」
「珍しく、春君が恥ずかしいこと言ってる」
「披露宴でもきっと友人代表スピーチは、小夜姉に頼むんだろうな」
「そうだね。小夜さん以上の適任はきっといないよ」
俺たちを「推し」てくれた姉代わりは今どうしてるだろうか。
そんなことを考えながら、取り留めもなく語り合い。
仲良く手を繋いで帰る俺たちだった。
唐突に湧いてきた取り留めもないアイデアをまとめた短編です。
テーマはストレートに「推し」でしょうか。
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