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2-07 水錬の魔術師~幼女、助けますか?助けませんか?~

──もし、目の前に幼気な幼女がいたとして、

その子がいずれ世界に混沌をもたらす魔王の子だったとすれば、

あなたは助けますか?


これはそんな幼女を助けてしまったばかりに、世界と敵対し、ロリコンだと蔑まれた愚かな錬金術師の物語。

 ──もし、選べない選択があるのだとすれば、

 俺にとってはこれがそうだったのだろうと思う。


「ま、待って、草薙! よく見て、まだほんの子どもじゃない……!」

「……くっ」


 蒼木に腕をつかまれ、言い淀む草薙の背を押すように聖女ルナが歩み出る。

 なんとも勇者っぽい。

 主人公的な立ち位置であるなぁと思う。かといって羨ましいなどとは夢にも思わんけども。


「いいえ、クサナギさま、どうぞゆめゆめ惑わされませぬよう。……それにアオキさまも。いかに幼く見えようとも、あの者はまさしく魔王の因子を持つもの。いわば魔王の子なのでございます」


 魔王。

 魔王か。

 んー、魔王なぁ……。


 この世界の人間にとって、それがどれだけ凶悪な響きなのか俺にはさっぱりわからない。

 残念ながら軟弱なる異世界人の俺にとっては魔王とは必ずしも悪い存在ではなく、俺の目に映る三頭身ほどの小さな姿は大人が守るべき幼気なそれに相違ない。

 震えながら、ほんの小さな牙をむいて必死に威嚇してくる姿はいっそ哀れを誘ってならない。

 そしてそれはきっと俺だけでなく、陽輝にとっても蒼木にとっても同じことなのだろう。


「お忘れなきよう。魔王ある限り、凶悪な魔物どもは我ら人間族を襲い続けることでしょう。クサナギさま、アオキさま、わたくしたちの旅の目的を覚えてらっしゃいませんか?」

「……魔王を、倒すこと」

「滅ぼすこと、でございます」


 陽輝の答えを、聖女さまは静かな声音で厳かにも訂正する。


「そのためにはただ倒すだけでは参りません。その可能性すべてを根絶せねばならないのです」


 聖女の言葉は正しい。

 そりゃあ現魔王を退治したところで、その子どもが将来魔王になるのなら、そんな争いはただのイタチごっこでしかない。

 ならこの場できっちりと遺恨を残すことのないように、とどめを刺しておくことこそが肝要である。


「蒼木さまも、お気持ちは痛いほどわかりますが、どうかわたくしたちの世界のために、ここはご容赦くださいませ」

「………………」


 その辺、蒼木も理解はしているのだろう。

 たぶんに文句は大いにありそうだったが、何も言わずにうつむいてしまった。


「──っ」


 事ここに至って、幼女魔王も自らの危機的状況を理解したのだろう。

 悔しそうに歯噛みしながら後ずさって、それから絶望的な顔で後ろに振り返った。


 断崖絶壁。


 幼女のうしろには何もない。

 残された大地はあと二歩程度、それを越えれば空中に投げ出され、あとは真っ逆さまに落ちるのみ。

 あんまりといえばあんまりな状況だ。


 と、


「君に恨みはないが……」


 おっと。

 陽輝のやつ、ついに覚悟を決めたようだの。

 仕方ない。俺も覚悟をキメるか。


「っ?!」

「い、和泉さん?!」

「……水蓮?!」


 瞬間、全員の顔に驚きは浮かんだ。

 なんとなく、してやったりという気分。


 まぁそりゃそうか。

 非戦闘員の錬金術師がいきなり戦闘切って走りだしゃ誰だって驚くわな。


「な──い、いけません! クサナギさん、イズミさんを止めて下さい!」


 一瞬の後、反応したのはルナだった。

 さすがは聖女さま。

 その声に反応して飛び出してくる陽輝のやつも大したもんだ。

 だけど、


「すまん、陽輝」


 わずかばかりの抵抗に、唯一使える水魔法を陽輝の顔にぶちまけてやる。


「ぐっ……?!」


 まぁ攻撃魔法なんて格好いいもんじゃないから、これでちょっとでも怯んでくれれば儲けもんってとこか。


「──っ?! っ!」


 で、一番慌ててるのはもちろん幼女だった。


 そりゃそうだろ。

 急に人間が飛び掛かってきたんだから、たまったもんじゃないだろうなとは思う。


「よし。──って痛った! おいこらチビ、やめろ噛むな歯を立てるでない……!」

『ふー!』

「あーもう、わかったからちょっと待ってろ。いま一歩間違ったら死ぬとこだぞ」


 荒れる幼女を片手で抱えつつ、くるりとうしろに振り返る。


「……水蓮」


 意外にも草薙は立ち止まってこちらを見つめていた。

 まぁ多分あれだ。こいつとは古馴染みだからな。


「気持ちはわかるが、その子はダメだ」

「なぜだ?」

「その子は魔王の子だからだ」

「魔王? 魔王とは何だ? お前は本当にその魔王とやらについて理解がった上で言っているのか?」

「それは……」

「魔王とは、人類に仇名す存在、世界を破滅に導くもの、そしてその者は魔王たる因子を生まれ持つものであるのです。そう何度も申し上げたはずですが、イズミさまにはご理解いただけませんでしょうか?」


 ずいっとルナが陽輝の横から歩み出る。


「いやーでもほら、どう見てそんな大層な輩には見えんぞ?」

「……ほう。ではイズミさまには<福音の聖女>たるわたくしの言葉が信じられないと?」

「そこまでは言う気はないんだがな……あ、いやまぁでも、そういうことになるのかな? ……あぁ、なるな」

「──なっ、なんですって?!」


 驚きなのか怒りなのか、歩み出ようとするルナを陽輝が片手で押しとどめる。

 武器は──収める気はないみたいだな。


「それで水蓮、お前はどうする気だ? お前にできるのはわずかな水魔法、それも錬金術に利用する程度のもので攻撃にはいっさい向かない」


 うむ。まさしくその通り。

 錬金術には非常に相性がいいので個人的には使い勝手は悪くないが、戦闘での有用性は今のとこほぼないな。


「できることといえば精々さっきみたいに俺を驚かせるくらいのものだ。

 ……それともお前、実は隠し持ってた力でもあったりするのか?」

「ないわ、そんなもん。どこぞのラノベの主人公様じゃあるまいし」

「だったら見込みが甘いとしか思えない。たとえここを潜り抜けたとしても、この地は魔物の地だ。戦闘力のないお前ひとりじゃ一日と持たないぞ?」

「それはどうかな? そういうことはやってみないことにはわからんだろう? 実際のところ、俺にとって最大の難所はここでお前から逃走を図ることだ」


 背後は断崖絶壁、目の前には<緋炎の勇者>率いる勇者パーティ一行様。

 まぁ約一名、後衛補助役の錬金術師(要するに俺)が抜けたわけではあるが、そんなもんは然したる影響もない。

 万が一にも勝てるわけないのだ。


 となれば、ここは当然──


「水蓮」

「ぬ? なんぞ?」

「<オオカミは飼ってはいけない>俺たちの世界の言葉だが、その理由はお前ならわかってるんだろ?」

「この子がオオカミだと? そんなもんわからんだろ」

「……強情なやつだな」


 さて。いつまでもウダウダと雑談しているわけにもいかん。

 逃げると決めたらとっとと逃げるとしようか。


「じゃあ、陽輝、蒼木、さらばだ」


 隠し持っていた煙球を取り出して、陽輝へと投げつける。

 もちろん、こんなもので陽輝にダメージなど与えられないことは自明の理なのだが、そんなこととは関係なしに玉からシューっと白い煙が噴き出した。


「な、なんだ、……って、これ煙玉か?!」

「お、お待ちなさい! イズミさま、こんなことをしてただで済むとお思いですか……?!」


 ルナが何やらわめいているが、その姿はもう真っ白な煙に包まれて見えない。


「おい、飛ぶぞ」

『……は? え? お? あ? ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃ?!』


 断崖絶壁の向こう、青々と広がる深緑の森へと向かって、ドップラー効果をきかせた幼女の悲鳴が響き渡ったのだった。

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