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2-04 ヶ族の花嫁と契約の呪鬼士

かつてこの世界では、ヒト族のほかに『ヶ族(かぞく)』と呼ばれる五つの種族が人口の大半を占めていた。

それぞれの特殊能力に秀でていた彼らだが、ある日を境にヒト族に栄華を奪われ、絶滅寸前となる。

今となっては、奇跡をもたらす存在として、ヒト族から道具や奴隷同様に扱われるようになった。


少年ユウキは所属していた傭兵団が壊滅したことで、ヶ族やその混血で構成された旅商グループ『ファミリア』の一員として拾われた。

グループの真の目的は、各地で拉致されたヶ族たちを救出すること。

ある日ユウキは、ヶ族のひとつ『カ族』の長の娘の救出作戦を任される。

歌で奇跡を起こす力を秘めた少女との出会いをきっかけに、彼は過去に起きたヶ族の悲劇と種族を縛る因縁を知ることになり――


少年のカゾクの力が、『花嫁』と言う名の契約に囚われた少女を救う、ボーイミーツガール・ファンタジー!

 純白の花嫁衣装を身にまとった少女が、聞く者を優しく包み込むような声で柔らかに歌っていた。

 しばらくして歌い終えた彼女は、それまでの様子から一転したぎこちない礼を見せる。


 すると、歌の終わりを告げた少女に対して、観客からの拍手が一斉に沸き上がった。

 彼女の歌声に心動かされた来賓たちが、歌を賞賛したのだ。

 そうした中、少女と同じ純白の礼服の青年が彼女に近づき、囁いた。


「ああ、やはり美しい歌声だね。流石、()()の主血統だ」


 上機嫌な様子で話しかける青年とは正反対に、彼女の表情はとても硬い。


「緊張しているのかい? 上を見てごらん。今日はとても天気が良いよ」


 言葉に誘われたのか、彼女は空を仰いだ。

 天井の一部はガラス張りで、空模様が良く観察出来る。

 彼の言う通り、清々しい天気だ。


「僕たちの結婚式に、相応しいだろう?」


 青年の質問に同意することなく、空から視線を下ろした少女は、誰も座っていない新婦側の参列席をその蒼い目に留めた。

 参列者の代わりにとでも言うように、それらの席のひとつひとつに彼女の瞳と同じ色をした蒼い花が置かれている。


「……」


 花のひとつひとつを目にする度に、少女は表情の暗さを深め、唇から溜め息をこぼす。

 それでも希望を見出そうとするかのように、諦めきれない様子で扉を見つめ始めた彼女に、青年が語りかけた。


「そんなに扉を見つめても、誰も来やしないよ」


 それはどこか言い聞かせるようでもあった。


「君の仲間はみんな、君のために死んだのだろう」

「……!」


 まるでたいしたことではないと言うような口調に乗せられた言葉に、彼女は息を詰まらせた。

 悲壮な表情で涙を堪える少女の様子は、結婚式と言う晴れ舞台には似つかわしくない。

 それが彼女にとって望まぬ儀式であろうことは、明らかだった。


「ああ、かわいそうに。一人だけ残されてしまって」


 青年が少女の美しい銀髪を手ですき、彼女の頬に手を添えた。


「でも大丈夫。君は一人じゃない。僕がいる」


 彼女は悲しみに溢れた表情で、彼を顔の正面にとらえた。


「これからは、僕のためだけに、歌ってくれるかい?」


 けれども、視線だけはいまだ扉を向いたまま。


「……」


 言葉も返すとこなく、変わりにひとつ吐息をこぼした。


「さあ、誓おう」


 その一言と同時に静まる室内の中で、彼は彼女の唇に指で触れる。


「共に道を歩む事を……!」


 見慣れていた紅い影が自身の蒼い瞳に映らない事をみとめた少女は、諦念した様子で瞼を伏せた。


――


「良い天気だ」


 フードですっぽりと顔と頭を覆い隠した少年が、登った木の上から晴れ晴れとした空模様を眺めて一人満足そうに頷く。

 日光が木々を燦々と照らしているが、覆い茂る枝葉に紛れた彼は日差しの恩恵を受けない。

 薄暗い場所のうえ、闇に紛れる暗さのマントを羽織っていることも相まって、余程注意深く観察しなければ、彼の存在に気付けないだろう。


「しかし、こんな辺鄙な場所に屋敷を建てるなんてな」


 見上げることをやめて視線を下ろした少年の視線の先には、豪邸がある。

 街から少し離れた場所に建てられており、主要道路からも外れているため、住居としては不便でしかない立地だ。

 そんな豪邸を隠すように取り囲んでいる鬱蒼とした林に、彼は潜伏している。

 目的はもちろん、屋敷に潜入するため。

 屋敷が街のど真ん中にあったならば、このように木々に紛れて近寄るような真似は出来なかっただろう。


「よほど後ろめたいことでもしてんのか知らねえが、いくら何でもあからさますぎんだろ。罠も露骨にしかけ過ぎだ」


 彼は林の中へ足を踏み入れた途端に、ありとあらゆる罠が設置してあるのを見つけたのだった。

 時折鳥の飛ぶ姿は見かけるものの、あまりに罠が多い故か、林の中では獣の姿を見かけることはない。

 如何にも、屋敷に何か重要なものがあると言わんばかりの様子だ。


「さて、問題は目標がどこにいるかだが。あいつは……」


 周囲を観察していた彼は、飛ぶ鳥の気配を上空から感じると立ち上がった。


「戻ってきたか」


 少年が見上げた先では、鳥にしては大きなシルエットが高度を少しずつ下げて飛行している様が見える。

 しかし、鳥は一定の高さまで下降すると、突如急降下を始めて彼が潜む林の中に突っ込んできた。


「ぎゃっ!」


 いくつかの木の先端を掠めた鳥が、人の声のような悲鳴をあげる。

 もしその声が大声であったなら、周辺を見回っている警備に見つかってしまっただろうが、幸い近くに警備の気配はない。

 しかしその光景を見た少年は、慌てて舌打ちをした。


「あいつ、なに馬鹿やってんだ!」


 鳥は勢いを保ったまま、少年のいる木まで激突しようとしている。

 いまは枝葉を掠めるだけで済んでいるが、幹に当たりでもしたら大惨事になるだろう。


 僅かな時間でそう判断した少年は、何本かの木を選んで枝を切り落とし、慎重に飛び移る。

 そして、人間ほどの大きさの鳥に近づいた彼は、それを片手で受け止めた。


「よっ、と!」

「ぐえっ!」


 少年が鳥のようなものの胴体を受け止めると同時に、若い男の潰れた声が鳥から漏れた。

 彼は鳥から聞こえた呻き声を気とめず、鳥が落下していた方向へと減速しながら、何本かの木の枝の上を踊るように渡り歩く。

 そのたびに、少年の羽織る暗色のマントの内側から、鮮やかな紅色の衣装が顔をのぞかせる。


「これ以上戻ると、マズいな」


 勢いを削ぎながら飛び移っていた少年は、鳥を受け止めた場所から少し離れた位置にたどり着くと急停止した。


「ぐふ!!」


 急停止によって体に衝撃を受けた鳥のようなものが、再び呻き声をあげる。

 そうして少年がそれを腕から解放すると、降ろされた木の上に崩れ落ちた。


「怪我はないか?」


 へたり込んでいる鳥の翼を、マントの少年がめくって傷がないか確認すると、鳥の姿をしたものが慌てて立ち上がる。


「うわー! やめてよヘンタイ! ユウキのエッチ!」

「やめろ。オレがイロモノみたいな言いぐさ、やめろ。そんな趣味ねえよ」


 歳若い男の声の鳥は、ユウキと呼ぶ少年に冗談めかして喋り始めた。

 鳥の姿とは言うものの、彼の立ち姿や顔立ちは人間の青年そのもの。

 立ち上がって腕で腹をさする青年のシルエットを遠目から見ただけなら、普通の人間にしか見えないだろう。

 人間との明らかな相違を挙げるとするならば、背中から腕にかけて鳥の翼のように生えた飛ぶことの出来る羽と、緩やかな癖毛に隠れて耳周りからひょっこりと飛び出ている羽――()()と呼ばれる種族の特徴だ。


「はぁ、驚いた」

「オレもビックリしたね!」

「するなよ! 落下した本人が! ったく、かすり傷はあるけど、軽口言えるくらいだし、これくらいなら問題ないな。戻ったら傷口見てもらえよ」

「そうは言うけど結構痛かったよ。もっと優しく受け止められないの? オレって繊細なんだよ?」

「繊細なら落ちて来るな。飛行も繊細にやれ。そもそも、何で落下なんかしたんだ?」

「え? いやー、久しぶりに高く飛んだもんだから、手ならぬ羽が滑っちゃってさー、ハハハ。ほらオレって手が羽でしょ?」


 羽の付いた両腕を上下に振って鳥のような仕草を見せる青年に、ユウキは額へと手を当てた。


「うまいこと言ったつもりか? 滑るのは口だけにしておけよ?」

「あっ、はは。おかしいな? ギャグだけは滑った気がしないのに」


 呆れたユウキの口調に、乾いた笑いを返す鳥の青年。

 笑い終えた青年は、ユウキの頭を指さし、彼に告げた。


「あ、ユウキ。ちょっと頭見えてるよ」

「っ。ワリィ」


 ユウキはフードから露出した紅の髪と、頭頂部に着いたふたつの突起を隠すように、フードを深く被り直す。


「……もう見えてないよな?」


 問いかけられた青年が、羽の生えた腕をバサバサと揺らしながら頷く。


「見えてないよ。お互い、ヒト族の眼から隠すものがあると大変だよね」

「まあな」


 ユウキは青年の返事に安堵を見せると、体の向きを屋敷の方角へと変える。

 鳥の青年も彼にならって、屋敷を眺めた。


「周囲の様子はどうだった?」

「それがさ、銀髪の女の子がね、屋上にいたんだよ。カ族の特徴のひとつだから、間違いないと思う」

「情報通り、ここに居たか。にしても、屋上? 屋敷の中にいるのかと思ったんだけどな」

「そそ。ビックリしたよ。でっかい()()()()()にいて、囚われのお姫さまみたいだったね。オレ鳥っぽいけどさ、絶対にあん中に入りたくないね」

「鳥かごか。壊せそうか?」

「ユウキならいけるんじゃない? たぶん。それより聞いてる? オレの渾身のギャグ、聞いてない?」

「お前のすぐ滑るギャグなんて、聞く気ねえ」

「ひどい」


 冗談めかして喋るク族の青年をよそに、考え込んでいたユウキは不意に脳裏に浮かんだことを呟いた。


「まさか、カ族に歌わせるのか?」

「そうじゃない? じゃなければ、歌声が聞こえる屋外に出すだなんてこと、しないと思うよ」

「そうか。歌わせられる前に、止めに入らないといけないな」

「うん。そう言うわけで、あとの救出作戦は任せたよ!」

「ああ、任された。偵察サンキュ」


 期待を込めてユウキの肩を叩く青年に向かって、少年が頷く。


「さて、乗り込むか」


 そして、首元にある布を掴んで口元を隠そうとした寸前、彼は口角を上げた。


「鳥かごに囚われたお姫さまを救出に、な!」

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