2-18 責任者出て来い!~転生ガチャリセマラ勝負 勝つのはどっちだ!~
よくある悪役令嬢ざまぁにより敗北し、処刑エンドを迎えた自称ヒロインは、その結果に納得せず転生ガチャリセマラに挑む!
導きの間 ――。
現世にて、生を終えた魂が必ず訪れ、その先を教え導かれる空間の事である。時として魂は天国に向かい、或いは地獄に堕ち、また別の生命体に生まれ変わって徳を積み罪を祓い、前世に見合った次の生へ送り出される。
転生へと送り出される魂は、天国に行くには善行が足りず、地獄に堕ちるには悪行が足りない、そんな魂である。転生を繰り返す事でそのどちらかに行くための業を積むのだ。
導きの間はその魂それぞれに通じるため、普通は白き虚無と静寂に満ちている。導かれる魂が在る時にだけ動が生じる。
が、この時ばかりは異例というべき魂の来訪に空間が大きく震えた。
「くぉらぁぁぁッ、責任者出て来ーいッ!」
どこまでも白く果てのない空間にポツン、と光る小さな玉があった。それは怒りを現しているのか、派手に赤く明滅しながら、ぐるぐると回って怒声を上げ続けている。
「話が違うじゃない! ウキウキでラブラブなモテモテ人生だっつーから転生したのに殺されちゃったじゃないのー!責任者ー!一発殴らせろーッ!」
「断る。―― ああ、あの時の魂か。戻るの速かったな」
すぅっと光の粒子が集まって、1人の青年が顕現する。ゆるやかにカーブする長髪、ずるりと長いトーガという姿は、いかにも神!といったたたずまいだが、怒れる魂はそんな存在に臆せず突っかかった。
「ちょっと!話が違うじゃない!誰よりも幸せになれるっていうから転生したのに、たった16歳で死んじゃったわよ!?どう責任とってくれるの!?」
「知るか。それこそ己の行いが悪いせいだろ。おーおー、綺麗にすっぱりいったなー。良かったな、今ンとこ一番楽な処刑方法だぞギロチン|」
「知るかッ!楽な死に方とかどーでもいいわッ!殺された事が問題だってんだよ!そんなんキレイ言われても嬉しくないわッ!」
どうした事か、ゆるりとその輪郭が解けたかと思うと、怒れる魂が貫頭衣姿の少女に変わった。ご丁寧に切り落とされた自分の頭を胸に抱え込んでいる。黙って微笑んでいれば文句なしの美少女なのだが、怒りの形相であるため、今はお世辞にも可愛いとは言えない。そもそもデュラハン状態だし。
「欲をかきすぎたからだろ?何、乙女ゲームって。そんなのリアルであるわけないだろアホか。誰か1人選んできちんと筋通せばちゃんと89まで天寿まっとうできたんだよバカが」
「そんなの言われてないもん!転生先にゲームキャラいたら乙女ゲームだって思うでしょフツー!なら逆ハー狙うでしょ!?」
「思わねーよ何がフツーだよ訳判らんわ」
神様然とした青年と、胴体と泣き別れているけど美少女は、それぞれの見てくれとは不釣合いな砕けまくりの口調でやいのやいのと騒いでいたが、そのうち明後日の方向に視線を向けた青年が話をぶち切った。
「よし、じゃあもう一回転生の説明するぞ?この導きの間に来た時点で天国行きでも地獄堕ちでもないどっちつかずの魂は転生する。転生を繰り返す事で業を積む事で最終的に天国か地獄、どっちに行くかが決まる」
「それ前に聞いた」
ぶすっとした顔で返す少女の頭に変わらず本人の胸元にあったが、それがふわりとひとりでに元の位置へと戻る。
「まあ聞け。徳ってーのは積む事も減らす事もある。つまり、今お前の徳はマイナス気味だが、転生を繰り返す事でプラスに変えていく事も可能だ」
「じゃ、その徳ってのを積めば逆ハーできるって事ね!」
「ちげーよ。つか、離れろよそこから」
ゴスッ。
青年から少女へ、物理的にツッコミが入る。
痛みにうずくまる少女を見下ろし、青年がため息をついた。
「大体ハチやアリじゃあるまいし、逆ハーとやらになってもキツイだけだぞ。特に体とか」
下手すると胎の空く間がないほど産ませられるぞ?
と続ければ、少女が呻いた。
「うそぉ …」
「オスの本能舐めんな?」
「なんで魂なのに痛いの~?」
「そっちかよ!? どっちもここじゃアストラル体だからだよ!!」
ゴンッ!!
「いったぁ~!」
少女の頭に拳骨を落とした青年は、とにかく、と話を仕切り直した。
「逆ハーはやめろ、乙女ゲームの世界なんてものはない、すべてリアル、お前はヒロインじゃない。以上を脳ミソに叩き込め。いや魂に刻め。お前はただの、どこにでもいる、フッツーの魂だ。その上で、転生、するか?」
「やるわよ!」
と少女が勢いよく食らいつく。
「やってやるわよいくらでも!転生ガチャリセマラ望むところだわ!絶対激レアSSS引いて幸せになってやるんだから~ッ!」
「お、おう、そうか …」
転生ガチャって … リセマラって … と認識の巨大な差異に眩暈を覚えつつ、青年はパン、と手を叩いた。
「ぶっちゃけこっちもどう転生するか知らんが、まあ頑張れ」
何それ職務タイマン~っと言い残してこの場から消えた少女に、
「職務タイマンって何だよ!? つか片仮名で言うなよ立派にケンカ売りやがったよこの野郎!!」
と、在る意味律儀にツッコミ返し、青年は白くどこまでも広い虚空を見上げた。
「繰り返し過ぎて磨耗し消えるか、理想通りの幸せをつかむか、まあ勝手にすればいいさ」
とはいえ、なかなかにキョーレツな自我だったな、と笑い、彼女の生前をのぞいた彼は、己の好奇心に絶望した。
あのざまぁされた腹黒ヒロインって、よその神んトコの魂じゃねーかッ!
ウチはゴミ捨て場でもリサイクルセンターでもないぞ!
次の魂が粛々と導かれてくるまでの短い間、荘厳にして静粛なはずの間には、しばし罵声が響いたのであった。
ギロチン食らってからの転生1回目。
―― 野ねずみ。
短いスパンで繁殖行動を繰り返し、たまたまエサを求めて巣穴から出た瞬間、鳥に捕食され絶命。
次いで2回目。
―― 小鳥。
オスの羽は美しく、観賞用として人気があった種のため、雛のうちに捕獲され、オスをおびき寄せる囮として飼い殺しにされる予定だったが、囮として初めて鳥かごに入れられた直後、蛇に食われて絶命。
そして3回目。
―― 水棲昆虫。
羽化直後に川魚に食われて絶命。
さらに4回目。
―― 甲虫。
幼虫の時、土から掘り起こされ小動物に捕食されて絶命。
それから5回目。
―― 植物。
毒性が強く危険とされ、焼き払われて絶命。
まだまだ6回目。
―― カエル。
成長すれば怖いもの無しの毒ガエルだが、無毒のオタマジャクシ時にカニに食われて絶命。
まだ行く7回目。
―― 大トカゲ。
川辺に生息する種。日向ぼっこ時に鉄砲水に流され絶命。
それでも8回目。
―― フィッシュイーター。
メス同士の縄張り争いに負けて絶命。
それから9回目。
―― 海藻。
嵐にて引きちぎられ、捕食される事なく干からび絶命。
もいっちょ10回目。
―― 裕福な家庭の観葉植物。
水やり忘れられて干からび絶命。
15回目、50回目、100回目 …。
転生してもしても人はおろか猿にもなれず、そのくせ嫌がらせのように性別は必ず女、徳を積む間もなく短命に終わり、それでも転生ガチャのリセマラは続き ―― 。
「責任者出てこいやゴラアアアアアッ!!」
荘厳にして静寂なる導きの間に、怒声が再び響き渡り、そして再び強制排出されるのだった。
「じゃ、リセマラ頑張れ~」
「ぜんっぜん心がこもってない!鬼!悪魔ー!」
「天罰」
うぎゃあああぁぁぁ。
何故かドップラー効果起こして消えていく絶叫に、青年はニヤニヤと口を歪めた後、ハッと何かに気付いて恐怖した。
「何で記憶保ってんのアレ!?怖ッ!」
そして気が遠くなる程の転生ガチャの末 ―― 。
「ああ … 人間の手だ … !」
何が嬉しいって、ちゃんと5本の指がある。ヒレでも蹄でも鉤爪でも羽根でも蝕腕でも虫の指でも小動物の前肢でもない。たとえ肌の色が灰色だとしても、ヒレでも蹄でも鉤爪でも(以下略) … いやちょっと待て。
「なんでゴブリン!?しかも瞬殺待ったなし!?」
周囲を見れば剣持ったおっさんだらけだ、何故このタイミングで記憶戻ったし!?
「きゅ、ぎゅ~」
しかも何故かミニゴブリン抱きしめてるし!?え、何、私の子!?んな訳あるか、私だって3日前に生まれたばっかじゃコンチクショー!
と、内心どんだけ荒ぶっても絶体絶命の状況は変わらない。しかもその危機感は伝わってしまったのか、腕の中のミニゴブリンが必死でしがみついてくる。
「一か八か、ヤケクソじゃー!」
まだ他のゴブリンに比べて小さい体を生かして身を潜めつつこの場から脱兎のごとく逃げ出すも、隠れようとした茂みの一歩手前で発見され背中から斬りつけられた。
「ち、く、しょー …!」
それでも何故か腕を伸ばし、ミニゴブリンを茂みに突っ込んでその上に覆い被さるのと同時に、その胸を剣が貫いた ―― 。
「ハッ!」
がばりと起き上がった彼女は、知らず上がっていた息を整えつつ周囲を見回し、そして己が手を見下ろして、今度こそ歓喜の声を上げた。
「人間だー!」
ふかふかの寝台、高い天蓋、ちらと頬を掠めた金髪、細く幼げな白魚の手、紛うことなき人間、それもかなりの上級階級と見た!
「やった …!やったわ、転生ガチャに勝ったんだわ!…… 長かった ……ッ!」
しばし感動に打ち震えた後、上機嫌でよっこいしょ、と寝台から降りてドアに駆け寄ろうとした彼女は、ふと目に入った姿見に方向転換した。
「どれどれ、どんな美少女かな~?」
と覗き込んだ彼女の顔が驚愕に崩れた。
「なんで続編の悪役令嬢ォォォォォッ!?」