2-13 性別転換探偵が救う、壊れた愛の物語~夫を奪った女を男にしました!~
解決率百パーセントの別れさせ屋がいる。こんな噂が耳に入る様になったのも、田所茉奈の環境の変化のせいだろう。結婚して三年、寿退社をした茉奈は専業主婦として、旦那である田所進に精神誠意を尽くす毎日を送っていた。結婚当初は毎日していた夜の営みも、最近は激減、とはいえゼロではないのだからと、子供を授かる事を夢に見ながらただ幸せな日々を過ごしていたのに。ある日を境に、茉奈の世界は変わる。理由のない残業、隠す用になったスマホ、時たま聞こえるベランダでの楽し気な会話。疑いはいつしか不安となり、茉奈は独自調査を重ねる。結果、進は浮気をしていた。相手はどこの誰とも知らない馬の骨。許せない、でも、裁判を起こしたとしても百万程度の慰謝料で終わってしまう。そんな事じゃ許せない……そんな時に、依頼した探偵者から持ち掛けられた話、M&W総合探偵社、またの名を強制別れさせ屋、その方法は想像を絶するというが、果たして。
「皆さん、えっと、こんばんは。|古馬場《こばば》秋と申します。今日は、僕の家に発生していたダンジョンに潜りたいと思います」
――家にダンジョンとか、宝くじに当たったみたいなもんだろ。
――毎日魔物が現れる動物園確定w
「コメントありがとうございます。僕が見つけたダンジョンの入口なのですが。なんと、机の引き出しになります」
――うわ、入口ちっさ!
――入れんのこれ?
「高校の教科書にも書いてありましたけど、ダンジョンとは、ブラックホールとホワイトホールを疑似的に発生させて、『どこか』と『どこか』を繋げダンジョンを生成する事を言います」
――高校の教科書なん? マジ学生?
――ダンジョンなんか潜ってないで勉強しとけ。
「新たな資源を生み出す実験として世間が注目するも、実験失敗。暴走した二つのホールが地球を虫食いにしてしまうも、『どこか』と『どこか』を繋げることだけは成功していた……です。つまりこのダンジョンはこの世界の『どこか』に繋がっている訳です」
――その『どこか』って、地球以外に固定されてるんだよね。
――机の引き出しが宇宙とか、どこの青狸だよ。
「もしかしたら、僕は今日億万長者になるかもしれません。皆さんにはその証人になって頂きたくて、急遽この動画を撮影、配信する事に決めました」
――って、六人しか見てねぇ。
――平日の昼間じゃこんなもんっしょ。
「じゃあ、入ってみますね。まずは引き出しを開けます」
――うお、七色の光がグネってしてる。
――ブラックホールって落ちたら永遠に落ち続けるんだろ? こえぇ。
「永遠に落ちるとか、怖いこと言わないで下さいよ」
――分かったから早く落ちろ。
――骨は拾ってやる、心の中でな。
「じゃあさっそく中に入ってみますね。えっとまずは右足から……あれ、どこにも足が着かないな。結構奥が深いみたいです、あ、ちょっとでっぱりがあるかも。右足の親指に何か引っかかりますね。じゃあ、左足も……って、うあぁ!」
――吸い込まれた?
――死んだ?
――おーい、画面が真っ暗だぞ。
「……いっ、てて、ごめんなさい、なんか、思っていた以上に深い穴でした。あー、入口があんなに高い。フック付きロープを予め引き出しにひっかけておけば良かったです」
――やらないのかなって思ってた。
――どうやって帰るん?
「でも、これでも一応、投擲には自信があるんですよね。カメラを地面に固定して……えい!」
――おお、出口一直線だ。
――綺麗に引っ掛かったみたいだな。
「へへ、無事成功したみたいです。お褒めの言葉ありがとうございます。ですが一旦部屋に戻って、もっとしっかりした探索道具を持ってこようと思います。想像以上に広い……僕の持ってる懐中電灯、一応探索用のシーベル社の良い奴なんですけど、それでも奥まで照らせてないです」
――シーベル社製とか、高校生のくせに金持ちだな。
――それ、人に向けるなよ、失明するから。
――もはや一種の武器だよな。
「とにかく色々と持ってきて再度配信しますので、また宜しくお願いします。とりあえず、ロープを引っ張って、壁に足をつけて……って、え? なんか、入口が閉まってる?」
――引き出しだから。
――引っ張ったら閉まるぞ。
「え、え、ちょ、ちょっと、今日母さん夜勤で明日の朝まで家にいないのに」
――未知のダンジョンでの一泊確定w
――どうせだから安全確保のために探索したら?
「た、確かに、元々探索するつもりの装備ではありましたからね。えっと、周囲を見てみると、岩肌むき出しの昔ながらの洞窟って感じです。壁もどこか苔がむしってて、あぁ、これで足を滑らせたのか」
――迷うから、壁伝いにいけ。
――広い空間には罠が多いぞ。
――苔があるってことは日が当たり水もあるって事だぞ。
「わぁ、色々な知識ありがとうございます。ですが、動物どころか昆虫もいないですね。昆虫は正直好きじゃないので、いない方がいいんですが」
――昆虫がいないってことは、それを食べる生き物がいるって事だ。
――あ、おいちょっと待て、そこの壁、紫に光ってないか?
「すいません、光度を下げるとか出来ないタイプでして……あ、でも、本当だ、紫色に光ってますね。ちょっと触ってみますか」
――そういうの触れるのは準備してからの方が。
――罠鑑定してからの方がいいぞ。スマホのアプリにあるだろ。
「うわ、なんか光が壁一面に走って、溝全部が光ってます! っていうか、揺れてる? 地震? え、すご、立ってられない! 怖い! なにこれ、なにが起こっ――――え!? 床が崩れて、落ち、下、下に超でっかい化け物がいます!」
――マジか、これ全部捕食用の罠か。
――うえぇ、グロ動画とか見たくねぇ。
「なんだアレ! 横に口が大きくて、真っ黒な目が何百個もあって、口の中が紫色!」
――落下してんのに意外と冷静。
――LED!
――あれ蛙か!? あんなサイズの蛙なんか見たことねぇ!
「LED!? あ、そうか、懐中電灯を絞って、光を収縮させれば、武器になるんだ!」
――コメント読んでんのかよw
――棒読み君で流してるだけだろ。
――その余裕がすげぇw
「えっと、えぇっと、出来た! 喰ら――――」
――食われた?
――直前に紫色の舌が伸びてたもんな。
――今頃消化中か……。
「溶ける! 嫌だ! 死にたくない! げへぇ! 苦しい、なに、なんで! ぎゃあああああああぁ! 痛い、痛いいたいたい! 痛いよ! お母さん 助けて、お母さん!」
――断末魔にお母さんって叫ぶってマジなんだな。
――ちょ、どうしよう、見たくないんだけど、切断出来ねぇ。
――どうなるんだ、この子。
「ぶおっ、ぶ、ぶぶ、ぷ」
――なにこの音。
――画面真っ暗で、何もみえねぇ。
――懐中電灯も溶かされちまったのか?
「……えほ、ごほ、はぁはぁ、あ、あれ? 外に出た? 排出されたのかな。あ、懐中電灯も出てきた、電源は、よし、大丈夫そう」
――なんか、声が可愛い。
――生主変わった?
――自分映して自分。
「声が可愛い? 一体何をい…………え、あああああ!? 女の子、女の子になってる!?」
★
「というのが、我が社の特許魔物である『性別ガエル』の紹介PVになります」
とあるビルの室内、そこにいるのはモニターの内容を説明口調で語るスーツ姿の女性と、対面しながらソファーに座る、十代に見えるゆるふわファッションの女性。
外に設けられたビルの看板には『解決率百パーセント!』と豪語した内容と共に、社名であろう『M&W総合探偵社』が負けないくらい大きな文字で書かれている。
「もしかして、この動画に映っていたのって」
「はい、私です。もう数年前の動画になります」
肌に張り付くスーツ、歩調から身のこなし、仕草全てが『出来る女』風な彼女を見て、元が男だとは誰も信じないであろう。
「人をこの『性別ガエル』に捕食させますと、性別が変わってしまいます。ただし人生で一回きり、一度変えた性別は二度と元に戻りません。戻れるのなら私が戻ってますからね。それを踏まえた上で、今回は浮気した二人に制裁を加えたいとのことでしたが」
机に並べられた写真には、昼間から時間差でホテルに向かう男女、そして数時間後、二人腕を組みながらホテルから出てくる二人が激写されていた。
「間違いなく、旦那様は黒、そして相手の女性の素性も判明しています。ここまでは田所様の方でもお調べになられていたご様子でしたので、確認という形にはなりますが」
「本当に、この写真見てるだけでも許せない気持ちでいっぱいです」
軽蔑の眼差しのまま写真を見る彼女の目には、既に怒りしか存在しない。
「田所様、お気持ちは痛いほど分かります。ですが当社特許魔物である『性別ガエル』に捕食させるという事は、相手への私刑という形になります。場合によっては我々が違法行為で罰せられる可能性がございます。無論、その為の手段は既に構築されておりますが、その分料金は」
「問題ありません、幾らだって支払います」
ソファーの横に鎮座していたアタッシュケース、それを机の上にダンッ! と音を立てながら乗せ、いきおいよく開封した。中には札束がぎっしりと詰まった状態で収納されており、数千万円はくだらない。
「許せないんです、私を捨てて、二人で幸せになるんだって言ってのけたアイツらが」
「かしこまりました、となると、対象は旦那様という事で宜しいでしょうか?」
「旦那も絶対に許せない、でも、対象は違うわ」
「と、なりますと」
「……どんな事があっても、二人で幸せになるんだって言ってのけたたんだから。証明してもらおうと思うの。対象は、浮気相手のこの女よ」
ビッと指差された写真に写る若い女。
まだこの世の酸いも甘いも知らない様な、若いだけが取り柄の女に見える。
この女を『性別ガエル』に捕食させた場合、果たして生きていけるのだろうか?
唯一の武器である『可愛い』を奪われた彼女が、一体どうなるのか。
「かしこまりました、このご依頼、確実に」
だが、そんな後のことは関係ない。
現に苦しむ人がいる、この金を作るのに依頼者の女性がどれだけ苦労したのか。
ゆるふわなファッションと思われる服装は、単にくたびれただけのセーターやジーンズだ。
復讐心だけでここまでやってきた、ならば、それに応えるのが使命というもの。