5 魔王様、ご入浴の時間ですよ
魔王城には、魔王専用の浴室がある。
HINOKIで作られた特注の浴槽。
足元にはスノコが敷かれ、カランも設置されている。
魔法で温められたお湯が好きな時に出せるので、ちょっと汗をかいたときでもシャワーが浴びられる。
ちなみに、水道は魔法でちゃんと管理されているので、ひねるだけで水がでる。
本当に便利だなと今でも思う。
最初にこの設備を見た時は驚かされたものだが、今ではすっかり当たり前になってしまった。
魔王になってから随分と時間が経ったなと思いつつ、服を脱いで籠に入れる。
上等な魔王の服は脱ぐのに時間がかかる。
無駄に裾が長いので、歩くたびに擦れるのだ。
クローゼットには同じ服が沢山。
お約束というやつかもしれない。
全裸になった魔王は、鏡に映った自分の姿を眺める。
肩まで伸びた新緑色の髪。
鍛え抜かれた肉体。
そして……。
「年を……とったな」
自分のほほをさすって呟く魔王。
鏡に映る自分の姿は、何処か情けなく感じる。
かつての若々しさはもうない。
「おーい! 準備できたかー!」
ルークが脱衣場に入って来た。
慌ててバスタオルを腰に巻く魔王。
へその少し上のあたりまで隠す。
「ああ……ちょうど今、服を脱いだ」
「なぁ、なんで脱ぐまで外で待たせるんだ?
男同士なんだから気にすることないだろ?」
ルークは自然と疑問を投げかける。
「ふんっ、貴様が気にすることではない。
それよりさっさとしろ。
湯浴みの準備をするのだ」
「へいへい……」
ルークはメイド服姿のまま浴室へ向かい、浴槽にたまったお湯を専用の板でかき回し始める。
「どうだ?」
「うーん……もうちょっと。
身体洗って待ってろよ」
「背中を流してくれないか」
「くっそ……注文が多いな」
魔王はカランからお湯を出し、頭からかぶる。
特製のシャンプーを泡立てて髪を洗い始めた。
「手伝ってやるよ」
頼みもしないのに、ルークが魔王の髪を洗い始めた。
頭頂部に指を立ててわしゃわしゃと泡立てる。
「以前にも言ったと思うが……」
「分かってるよ。つのは触っちゃだめなんだろ?」
ルークは面倒くさそうに答える。
つのだけには触るなときつく言ってある。
彼は素直に言うことを聞いているので、ふざけて触れたりはしないはずだ。
もし触れられてしまったら……いささかまずいことになるのだ。
ルークは魔王の頭皮をマッサージしながら髪を洗う。
指の腹が頭皮を小刻みに撫でて気持ちがいい。
爪をたてないように気を付けているのが分かった。
「……うまくなったな」
「ああ……」
ルークは淡々と頭を洗う。
長い髪に着いた汚れを残さず落とすために、両手で挟み込んで丁寧にぬぐう。
「なぁ……髪切らねぇの?」
「たまに切ってるぞ……たまーに」
「確か、前髪は自分で切ってたよな。
理容師は雇わねぇのかよ?」
「前に一人いたんだがな、専属のが。
親の介護で退職してしまったのだ。
他の者には任せる気になれなくてな……」
「そうか……大変だな」
しゃべりながらも手を動かすルーク。
「そろそろ湯につからねぇと風邪ひくぜ」
「うむ……すまんな」
魔王はシャワーで泡を流し、浴槽へと向かう。
いっぱいにたまった湯からは湯気が立ち上っている。
ルークは湯に手を入れて、温度を確かめた。
どうやらちょうどいい塩梅のようだ。
「いいぞ、入れよ」
「うむ」
魔王が湯に足を踏み入れると、刺すような熱さが指先を刺激する。
思い切って両足を中に入れ、ゆっくりと腰を落とす。
肩までつかるころには身体が湯の温度になれ、ほっと一息ついて身体から力が抜けた。
「なぁ……なんでバスタオル取らねぇんだよ?」
ルークが尋ねる。
「別に構わんだろうが」
「行儀が悪いだろ、行儀が」
「貴様は入浴の作法にこだわりがあるようだな」
「こだわりじゃなくて、常識だろ、常識」
ルークは浴槽につかる魔王のそばに屈みこんで悪態をつく。
スカートの中身が見えているが、気にしていないらしい。
女ものの下着の中に、男のそれのふくらみが確認できた。
「中身が見えているぞ」
「え? ああ……そうか」
慌てて立ち上がって、スカートのすそを直すルーク。
股の間に布を挟んでから屈む。
「これで見えてねぇか?」
「……うむ」
だんだん、メイド服姿も板に付いて来た。
このままずっとここで働かせたいものだ。
「なぁ……」
「なんだ?」
「お前は俺をどうするつもりなんだ?」
「ふむ……」
ルークの処遇。
どうすべきか。
魔王は今一度、考えを巡らせる。
残された時間は長くない。
「よし、決めた」
「……なにをだよ?」
「今晩、俺の部屋へ来い」
「えっと……」
「夜伽の相手をしろ」
「……マジかよ」
ルークの顔から余裕が消えうせる。