4 魔王様、お食事のお時間ですよ
「…………」
無言でテーブルの上に夕食を並べるルーク。
今日の献立は根菜の炊き合わせと、湯豆腐と、タラの煮つけ。
そして炊き立てのご飯に、明太子。
全部、魔王の大好物だ。
「ほら、配膳したぞ。食えよ」
「まだお茶が……」
「ああもぅ! 分かったよ!」
ルークは不貞腐れながらも、魔道ポットから急須にお湯を注ぐ。
ちなみに茶葉は”沈黙の丘”から取り寄せた特級もの。
職人がこだわりぬいた深みのある味わい。
これがないと口寂しい。
「……ほらよ」
「うむ」
お茶を一口すすって、食事を始める魔王。
ぱくぱく、もぐもぐ。
うん、おいしい!
「なぁ……勇者」
「なんだよ?」
「あーんしてくれないか?」
「……は」
魔王がお願いすると、ルークは眉間にしわを寄せる。
「あーんってなんだよ、あーんって」
「おかずを箸でつまんで食べさせてくれ」
「はぁ? 自分で食べればいいだろ」
「バカめ、食べさせてもらうことに意味があるのだ。
ほら、命令だ……さっさとやる!」
「ちっ……」
ルークは魔王から箸を受け取り、タラの煮つけを一つまみして魔王の口に近づける。
「ほらよ」
「……違う」
「は? 何がちげーんだよ」
「だから……なんか違う」
イライラしているのか、ルークは険しい顔になる。
幼い顔つきの彼に怒りの表情が浮かぶと、どうしても子供っぽさが露になる。
その瞬間の表情がたまらないのだ。
ふひひ……カワイイのぅ。
「じゃぁ、どうすりゃいいってんだよ!」
「身をかがめて、上目遣いで余の顔を見ながら、
あーんって言ってそっと差し出すのだ。
やってみろ」
「ちっ……わーったよ」
ルークは素直に言うことを聞く。
なんだかんだ言って従順にふるまうカワイイメイドを演じている。
しかし、その眼の奥には闘争心がたぎっている。
まだ戦う意思を残している証拠だ。
「はい……あーん」
けだるそうに言うルークは嫌々ながらタラの煮つけを差し出す。
嫌悪感をにじませながらも、試行錯誤して相手の意思を汲み取ろうとするさまは、どこか哀愁を感じさせる。
戦いに負けた勇者がこんなことをしていると思うと、意地悪な気持ちが強くなっていく。
もっと屈辱を与えてやりたい。
だが……越えてはならぬラインは守らねば。
一線を越えたら、こんな関係も終わってしまうのだろう。
微妙な距離感を維持したいものである。
「あーん」
ぱっくりと口を開ける魔王。
タラの煮つけがそっと口の中に入って来る。
甘辛く味付けされた身が口の中でほろほろと崩れ、うま味がいっぱいに広がっていく。
魔王城では数人の調理師が働いているが、料亭などで修業した本職の者ばかり。
まずいはずがない。
「うむ……その調子で他のも頼む」
「……次は?」
「明太子をご飯の上にのせて一緒に食べたい」
「……はぁ」
ルークは箸で器用に明太子を切り分けて、炊き立ての白米の上にのせてちょうどいい大きさにまとめる。
ほわっと香る炊き立てのお米の匂い。
舌が甘いお米の味を想像して震える。
「ふーふー」
まだ熱いコメを息で冷ますルーク。
一生懸命さがでていてかわいい。
「はい……あーん」
差し出されたコメは、箸の間で上手くまとまっている。
その上に乗せられた一切れの明太子。
口の中に入れられたそれを、もぐもぐとかみ砕くと、明太子の味をまとった白米が躍る。
咀嚼するたびに細かくなっていく米が唾液と混ざり合い、次第に甘さが増していく。
塩辛い明太子が、その甘みをいっそう引き立てるのだ。
たまらなく……うまい。
ルークがお口ふーふーで冷ましたと思うと、なおのこと。
「次は?」
「もういい、自分で食べる」
魔王は彼から箸を受け取る。
「んだよ……最初からそうしろっての」
憎まれ口をたたくルークはどこか寂しそうだった。