1 勇者君、フルボッコにされる
短い話ですが、よろしくお願いします。
「魔王! 今日が年貢の納め時だ!」
そんな聞き飽きたセリフを吐いて、無礼にも魔王の間に踏み込んできたのは、まだあどけなさを残す少年だった。
耳にかかるくらいの赤い髪は朝焼けのように美しく、ブルーの瞳は宝石のよう。
中性的な顔立ちに絹のようにつややかな肌。
魔王(♂)は一目見てその少年に心を奪われてしまった。
めっちゃ……カワイイ。
魔王、ショタコンである。
「今まで苦しめてきた人々の恨み……ここで晴らしてやる」
剣を両手で握って正眼に構える彼の表情から、決意の強さを感じさせる。
並々ならぬ思いでここまでやって来たのだろう。
「ふむ……余と戦うというのか」
玉座から重い腰を上げる魔王。
最近、座りすぎて腰が痛くなったので、立ち上がるとギックリしそうで怖い。
魔王が立ち上がった途端に部屋の雰囲気が変わる。
照明が暗くなり、生暖かい風が吹き抜ける。
なぁに、別段不思議なことではない。
玉座を離れた時にそうなるよう、あらかじめ仕込んでいたのである。
もともとの仕様だ、仕様。
「気を付けて……ルーク!
アイツ、今まで戦ってきたどの敵より強いよ!」
勇者の背後にいる少女が言った。
白いヴェールをまとった彼女は、先端に水色の水晶がついた杖を両手で持っている。
表情から不安がっているのが分かる。
他に、筋肉モリモリマッチョマンと細身のニヒルな男が何か言っていたが、この話には関係ないので彼らの描写は割愛する。
文字数の無駄。
「さぁて……貴様らの実力、見せてみよ!
世界に光を取り戻したかったら……ええっと」
年のせいか、最近言葉が出てこなくなった。
今までに何度も勇者と戦ってきたが、その度にテンプレートのセリフを吐いて来た。
そのテンプレすら出てこないとなると、いよいよもってだめかもしれない。
寄る年波には魔王ですら勝てないのだ。
「おい! なんだよ! ハッキリ言えよ!」
「えっと……ちょっと待ってね」
さっとあんちょこを取り出す魔王。
ふむふむふむ……(。-`ω-)
「うむ……世界に光を取り戻したかったら、
吾輩に休暇と、有給と、年末休暇を……あれ?」
取り出したのはセリフがかかれた紙ではなく、愚痴を書き綴った駄文メモだった。
「ちがうなぁ……何処に行ったんだろう?」
「くそっ! 馬鹿にしやがって!
ロビン! タイガ! 行くぞ!」
「「うおおおおおおおお!」」
勇者が合図して他二人と同時に三人で襲い掛かって来る。
「あっ……ちょ……待って」
「「「うおおおおおおおおおお!」」」
「待てって言ってんだろっ!」
「「ぎゃあああああああああああ!」」
魔王の高速パンチにより、勇者の仲間二人が一瞬でノックダウン。
「えっ……なっ、一撃……だと?!」
驚愕する勇者ルーク。
恐怖のあまり、その場で立ちすくむ。
「お前らさぁ、レベル上げしたか?
マジで弱すぎるんだが?」
「え? ちゃんと経験値稼いで強くなったのに……」
「ルークとか言ったっけ?
お前のレベルいくつよ」
「ごっ……53」
ふむ、なかなか悪くない数字だ。
だが……。
「俺のレベルは60ちょい。
勝てない相手でもないと思うぞ」
「え⁉ その程度のレベル⁉
なんでそんなに強いんだよ!」
自分のレベルの低さを棚上げして、魔王のレベルをディスる勇者。
魔王はやれやれとかぶりをふる。
「お前らさ……努〇値ってしってる?」
「へ? 〇力値?」
「あと種〇値」
「え? 〇族値? え?」
こんな基本的な事も知らんのか。
詳しい話は割愛するが、魔王の基礎ステータスは、人間よりもずっと高い。
そこが高い分、彼らよりも強いのだ。
「俺を倒したかったら最低でも80は必要だぞ」
「そっ……そんな……」
絶望する勇者。
完全に戦意を喪失したようだ。
「どうするのルーク⁉」
「しっ……仕方ない! 撤退だ!
転移呪文を唱えろ!」
「わっ……わかった!」
勇者の求めで呪文の詠唱を開始する僧侶の少女。
魔王もひそかに詠唱を開始する。
相手に気づかれないよう、こっそりと。
「おいっ。魔王! 必ずお前を倒しに来るからな!
逃げたりしないでそこで待ってろよ!」
敵前逃亡をしようとしているにも関わらず、そんなことを宣う勇者。
彼はこれから自分がどうなるのか予想すらできていない。
「……転移!」
僧侶は詠唱を終えた。
すると、彼らの身体は緑色の光に包まれ、ふわりと宙を浮く。
「必ず戻って来るからな!
それまで首を洗って待ってろ!
ばーか! ばーか!」
勇者は空中に浮きながら捨て台詞を吐く。
見た目通り幼い言葉遣いで微笑ましい。
倒れていた二人の仲間の身体も宙に浮いて、一人ずつ転移していく。
マッチョとノッポの身体が天井へ突っ込んで行って、障害物をすり抜けてどこかへ消えた。
この魔法はあらゆる障壁を無視して、特定の場所まで移動できる。
魔王はその仕様をよく理解していた。
そして……次に僧侶が消え、最後に勇者の番。
「おぼえてろおおおおおおおおおお!」
そんな言葉を残して彼は……。
がんっ!
勢いよく天井に頭をぶつけて気を失う。
魔王はひそかに妨害呪文を唱え、勇者の転移を邪魔したのだ。
天井へ頭をぶつけた勇者は悲鳴を上げる間もなく落下する。
その身体をナイスキャッチして両手で受け止める魔王。
意識を失いぐったりする勇者の顔を眺めて一言。
「きわめて……よい」
魔王は満足した。
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