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2話 妃咲美那


「よし、と……あとは」


 軽トラックを走らせると、やや高台に真新しい家屋が見えた。築100年を超える家々がざらにあるヒタハミ村の中で異物感のあるそれが妃咲美那の住まいである。一昨年の住民の趣味で、和風建築の様相が多用されている。


 塀の横に適当に駐車し、インターホンをならすと足音が聞こえてきた。

 他の村民であれば、こんなことはないのだが、胸が痛いほどに高鳴っている。


「はい……あら、タケさん」


 ボディラインがはっきりと見えるタイトな黒のニットワンピースを身にまとっている。スタイルのよさも相まって、思わず視線が首から下に流れてしまうのをかろうじて堪える。


「お、おう……悪いな、急にきて」


「いいえ、お構いなく。いかがなさいました?」


「あー、そ、明日の祭りの件でな」


「お祭り……そういえば、明日でしたね。私、お祭りってあまり行ったことがないのでとても楽しみです」


 頬を上気させ、花が咲いたように笑う。

 異様な色気を漂わせる雰囲気とは対照的に、幼子のような無邪気な笑顔だった。


「あ、立ち話もなんですし、上がってくださいな」


 玄関の扉が大きく開かれる。

 他の家にはない、誘い込まれるような甘い香りがした。


「い、いや! すぐに済むから!」


 つい、断ってしまう。こんな時、モトヤのオヤジなら迷わずに上がり込むのだろう。


「えっと、明日の16時くらいに神社の隣にある集会所に来てくれ」


「分かりました。何か持っていくものはありますか?」


「いや、とくにはないよ。この祭りは、妃咲さんが村の一員となるための祭りだから、その、まあ、気楽に楽しんでくれればいい」


「ふふ、わかりました……ここは、良い村ですね。皆さん、優しくて、親切で……あら?」


 俺の手元を見る。


「指先、血が出ていますよ?」


「ああ……さっきまで祭りの準備してたからその時に切ったんだと思う」


 痛みはないし、ほとんど血も止まっている。

 こんな辺境の地で暮らしていれば、こんなもの傷のうちにも入らない。


 真っ白な手が、俺の手を覆った。

 驚くほどに柔らかく、異様なほど冷たい手だった。


「んっ……」


 生暖かい感触と、眼前の光景に思考が止まった。

 妃咲美那が俺の指を舐めている。傷口に重点的に、ねっとりと、愛撫するように舌が動いている。


「……、っ!」


 思わず指を引き抜く。唾液が糸を引き、彼女の唇から流れた。

 官能的な光景に、生唾を飲むが、頭を大きく振り煩悩を吹き飛ばす。


「と、とにかく明日だ! 遅れずに来てくれ!」


 そういって逃げるように駆け出す。後ろ髪を引かれるが、それを必死にこらえ、車内に飛び込み鍵をかける。

 

 心臓が早鐘のように高鳴っている。身体の奥が燃えるように熱く、痛いほどに勃起している。落ち着けと自身に言い聞かせ、何度も深呼吸をする。


 唾をつけておけば治るとはいうが、赤の他人の指を舐めるなど、それも咥えるなど衝撃以外のなにものでもなかった。

 指先を見れば、唾液がぬらぬらと怪しく輝いている。


 これがもし、他の人間のものであれば不快感しかないだろう。

 急ぎふき取り、何度も手を洗い、唾液を洗い流すだろう。しかし、そんな気になれず、無意識のうちに人差し指を口元に運んでいた。


「……変態か、俺は」


 寸前のところで正気に戻り、指先をシャツで乱暴に擦る。チクリと痛みが走り、白いシャツに赤いラインが走った。傷口が開いてしまったらしい。


「……本当になんなんだ、あの女」


 ぽつりと零すと、祭りの準備に戻るため車を走らせた。


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