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1話 祭りの前日

 『祭り』が迫っている。

 五穀豊穣と村民の無病息災を祈り、新たな住民を歓迎するための小さな祭りだ。


 村の真ん中にある『ヒタハミ神社』で御神火を焚き上げ、御神であるヒタハミ様へ供物を祀りあげる。

 実行委員会の皆は随分と張り切っている。それもそうだろう。今年の供物は、俺の知る限りでも最上級のモノなのだから。



 昨今、地方への移住が流行っているという。都会の喧騒から逃げ出したい若者たちが地方からの支援を受け、田舎へ移り住むのだという。わざわざ都会という文明の到達点を捨てて退廃的な場所に行きたがるのかは理解できないが、こちらとしては願ったりかなったりである。


 この村も地方移住を推奨する自治体と提携しており、この3年間で2組、5人が移り住んできた。


 一昨年、1組目の夫婦は最悪だった。定年を迎えらくたびれた男性と肥えた女性で、退職金で田舎でのんびりとセカンドライフを送ると言っていた。ハズレだ。とてもではないが、適さない。我々が欲していたものではなかったため、ごく自然に村八分にされ、半年ほどでこの2人は出ていった。彼らがリフォームした家屋は移住者のために利用されている。


 去年、2組目は40代の夫婦と中学生の女の子だった。まさに求めていたものであり、村民たちも好意的に接した。その結果、この家族は瞬く間に打ち解けていき、そして良き供物になってくれた。若い娘がいたことも非常に大きい。


 そして、今年。

 新たな住民が移り住んできた。


 20代の女だった。すらりとした長身、煽情を煽り立てるような豊満なスタイル、思わず見惚れてしまう顔貌。墨をたらふく吸ったような艶やかな黒髪。その隙間から覗く憂いを孕んだ瞳は、赤に近い茶色をしている。そして、一見すると人を寄せ付けないような雰囲気なのに、いざ話してみると人懐こくあどけない笑みを浮かべてくるのだ。

 昔話に出てくるお姫様とはこんな姿をしているのだろうとつい思ってしまった。


 妃咲美那。見た目も名前も、美しかった。


 田舎というのは閉鎖的だ。特にこの村では、表面上は親切に振舞っても、内心では外から来た人間を『よそもの』と呼び忌み嫌う。だが、彼女に対しては違った。老若男女問わず、彼女に魅了された。老人たちは蝶よ花よと可愛がり、食料や甘味を与えた。俺と同世代の連中の大半は彼女に言い寄っている。子供たちは、実姉のように甘えていた。


 不思議が魅力があった。カリスマ性とでもいうのだろうか。彼女がいると、自然に視線がそちらに流れてしまうような求心力があったのだ。


 村民は皆喜んだ。彼女のような人間を待っていたからだ。


 今年の祭りは特別なものになるだろう。きっと、俺が死ぬまでで最も印象的なものになるに違いない。そう考えると、自然と口元が緩んだ。


 祭りの供物は、妃咲美那だ。

 

 そして俺たちは、彼女を『食べる』。あの陶器ような四肢は、あの白雪のような肌の下の内臓はどんな味がするのだろうか。


「タケ、準備はどげか?」


 強い訛りと独特なアクセントで村長が問うてくる。


「ん、面は仕上がっとんよ」


 祭りに参加する村民65人分の被り物を作るのが俺の役目である。乾燥させ細く裂いた竹を輪にし、耳に引っ掛ける。そして、その正面部分に鼻が隠れるくらいの長さの和紙を張る。構造は眼鏡に似ている。そして、祭りの際には、それぞれが思い思いの模様を描くようなっていた。


「おう、はええな」


 黄色い歯を覗かせながら、御年95になる爺が満足げに笑った。


「あとは、皆さ配って終わりじゃ」


「早めにやっとき」


「おうさ、わかっとる。今日の昼までには終わらせる」


 面のデザインはもう決まっているだろうが、墨を乾かしたり、サイズを調整する時間も必要となる。なるべく早めのがいいだろう。とはいえ、この村の家屋は決して多くないし、面積も広くない。一時間とかからずに回り終えるだろう。


「村長ぁ」


 野太い声がした。

 大工のモトヤだ。彼の仕事は供物を祀る台座の修繕だ。大きく破損しているということはないけれど、経年劣化というものは避けようがない。この地域の寒暖差、高い湿度も原因の一つだろう。


「どした」


「いやね、あのよそもん、ホントに食っちまうのか?」


「そらそうじゃろ。何のために外から呼んだと思っとん」


「いやさ、食うのはええんじゃ。ただ、ほれ、食う前によお……」


「駄目じゃ」


 皆まで言う前に村長がさえぎった。

 モトヤが言おうとしていることは予想ができた。彼の女癖の悪さは有名だ。50を過ぎてもいまだに性欲の塊のような男であり、毎週のように隣町の風俗街に通っているという。それだけでは飽き足らず、外から女を攫ってきては凌辱し、そのまま殺害したことも一度や二度ではない。そんな男からすれば妃咲美那は極上の獲物でしかないのだろう。


「でもよう、あんないい雌、めったにおらんぞ? 食うだけじゃ勿体なきゃ」


「ほざけ。ヒタハミ様への供物を犯す気か。それに、わしらが食う時に貴様の種が出てきたら食えるもんも食えんくなるわい!」


 奥で作業している村民たちの耳にも届いたのだろう。げらげらと笑い声が聞こえてきた。

 まったくと呆れた様子で村長は他所の作業進捗の確認へと向かう。


「モトヤのオヤジ、諦めじゃな」


 筋肉と贅肉で膨れた肩をぽんと叩くと、大げさにため息をついた。


「タケ、おめも勿体なきと思わんか」


「まあ、いい女だとは思うけどよぉ……だからこそ、供物なんじゃろ?」


「クッソ真面目じゃの、若えんだからもっと遊ばんとあかんぞ」


「オヤジが遊びすぎなんよ」


 違いないとモトヤが笑う。

 村民でも彼を良く思わない人間はいるが、実父と幼馴染ということもあり、幼少の頃からの付き合いのある俺はモトヤが決して嫌いではなかった。

 もう一人の父親、あるいは年の離れた従兄といったところだろうか。


「ま、今回は諦めじゃな。俺は面を配ってくるから、オヤジはしっかり仕事せぇよ」


「へいへい、分かったよ」


 けだるそうにモトヤは作業小屋へと戻っていった。


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