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三/年/目  作者: 山本哲也
7/8

千夏

「ふうん、で、怒った千夏ちゃんは、相手をほっぽっといて一人で帰って来ちゃったんだ?」

 公園の、まだざわついている辺りからは少し離れた一角にあるベンチに座って、瑞貴は千夏の話を聞いていた。匠は今、近くのコンビニまでビールを買いに行っている。何となく女同士の方が話しやすいのでは、と思った瑞貴が、無理矢理買いに行かせたのだ。

 千夏の話はこうだった。

 付き合っている男の子との仲を、『進展が遅い』などと女友達にからかわれた千夏は、いかにもムードのある花火大会のデートに誘ったのだが、相手の男の子はいつもと変わらぬ調子で千夏の誘いに乗る様子もない。で、意気地のない相手に腹を立てた千夏は相手をほっぽって一人で歩いていたのだが、なんだか悲しくなって泣いていたというのだ。

(…手を出してくれない、ねぇ…)

「ったくもう、博文ったら、一緒に花火見てても肩も抱いてくれないんだもん」

 ぶつぶつ文句を言っている千夏を半ば呆れて瑞貴は眺めていた。

(…一体、いくつよこの娘…)

「やれやれ、人使いが荒いぜ」

 やがて、そう文句を言いながら匠が帰ってきた。手にはビールの入ったコンビニの袋をぶら下げている。そんな匠の顔を瑞貴はまじまじと見つめた。

「な、何だよ」

 見つめられて、匠がいぶかしげな声を上げる。

「…別にぃー」

 そう言いながら、瑞貴は匠の差し出した缶ビールを受け取り、一つを千夏に渡す。

「あ、お、おい、千夏には…」

 そう言って止めようとする匠を後目しりめに、千夏はさっさと缶を開けるとぐびぐびとビールを飲み出す。

「何? 二本しか買ってこなかったの?」

 ビールを飲む二人を暫く所在なげに見つめた後、仕方なく残っていたジュースを取り出した匠に瑞貴が呆れたような表情でたずねる。

「だって、千夏には飲ませるつもりじゃ…」

「うるさいな! お兄ちゃんは! ね、瑞貴さん、こんな奴ほっといて飲も!」

 さっきは泣きながらすがってきたくせに、と匠は思うが、言うとまたうるさそうなので黙っていた。

「ばっかみたい。何つっ立ってんの? 座ったら?」

 ぼんやりと立ちつくしている匠に、既にとろんとした目つきになり始めた千夏がからむ。千夏は酒に弱いくせに飲みたがり、おまけにからみ酒なのだ。匠は言われるままに瑞貴の側の空いている所にちょこんと腰を下ろした。

「…はい」

 そんな匠をじろっと見てから、瑞貴が自分の飲んでいた缶を差し出す。

「…いいの?」

 戸惑いながらそれを見つめる匠。

「いらないんなら飲んじゃうよ」

 そう瑞貴に言われ、匠は缶を受け取った。そして、それをちょっと見つめてからくいっとあおる。

 それにつられて千夏も一口あおると、またしゃべり出す。

「ぷうーっ。ったく博文の奴、意気地なしなんだから! 花火見てる時、手ぐらい回すでしょ? 普通」

「ぶっ!」

 ビールを飲んでいた匠は思わず吹き出してしまう。

「ごほ! がは! ごほ!」

「汚ーい。何やってるのよ」

 激しくむせる匠に、千夏が冷ややかな視線を投げつける。

「…もったいないなぁ」

 瑞貴もそう呟いた。

「…あ…あの…ごほ! …なあ…」

 苦しげにむせながら匠が何かを言おうとする。だが千夏がまたしゃべりだし、それは無視された。

「ね、聞いてよ瑞貴さん。それでね、あたしが、『どうして何もしてくれないの!』って言ったら、博文の奴、困ったような顔をするだけで何も言わないの…」

 そこでまた一口、ビールをあおると、いきなり悲しげな声になって続ける。

「…あたしのこと、嫌いなのかなぁ」

「お、お前なぁ、中学生のくせに…」

「うるさい! 女の子に電話もできないような軟弱者は黙ってろ!」

 千夏はそう言いながら立ち上がって匠を蹴る真似をする。

「な…! お、お前…」

「へえ? 聞かせて聞かせて」

 瑞貴が興味津々といった様子で尋ねる。

「それがね、お兄ちゃんったらね…」

「わ! よ、よせっ!」

 いやらしい含み笑いをしながら何かを言いかけた千夏を匠があわてて押さえる。

「いーじゃん匠、聞かせてよ」

「よ、よかねーよ! …いてーっ!」

 匠が瑞貴の方に気を取られている隙に、千夏の口をふさいでいた匠の手に千夏が噛みついた。酔っぱらっていて、行動がめちゃくちゃになっているらしい。

「…いってー、お、お前、いくら何でも噛むか?」

「昨日ね、お兄ちゃん、電話を見つめてため息ついてんの。時々、意を決したように「よしっ!」何て言いながら受話器を取り上げるんだけど、すぐまた戻したりしてね」

 左手を押さえて痛がっている匠を完全に無視して、二人の会話が進んでいく。

「あたし、すぐにピンときたんだ、これは女だなって」

「ふんふん」

「で、暫く見てたんだけど、いつまで経っても電話しようとしないんで、あたしが「いい加減にしてよ!」って言おうとしたら、電話がかかってきて…。どうやら、その相手の人からだったらしいけど」

「それって、何時頃?」

 何かを思い出すように眉間にしわを寄せて、瑞貴が口を挟む。

「…うーんと…夕飯の後だったから、九時頃、かな」

「じゃ、その電話ってあたしじゃん。何? あたしん所電話すんのに、そんなに迷ってたわけ? 匠」

 瑞貴が匠の方を呆れたような表情で見た。

「何? 瑞貴さんだったの?」

 キョトンとした表情で千夏が聞き返す。

「うん。残念ね、千夏ちゃん。そのネタ、どうやら色っぽい話じゃなさそうよ」

 そう言いながら、ケタケタと何の屈託もなく笑う瑞貴。「やめろ」といっていたはずが、いつの間にか話に聞き入ってしまっていた匠は、がっくりと気が抜ける思いだった。

「なあんだ、つまんない。ま、お兄ちゃんじゃ瑞貴さんはもったいないもんね」

 そう言ってから、喋ったので喉が渇いたのか、千夏は残っていたビールを一気に飲み干す。そして、軽く缶を振って空になったのを確かめると、それを匠の方に投げた。

「おかわり! あたしは、怒ってんだから! 博文のばっかやろーっ!!」

 完全に酔っているのか、そう言いながら千夏はじたばたと手足を暴れさせる。

「お、お前…」

「まあまあ、千夏ちゃん」

 匠が何か言い出すよりも早く、瑞貴が千夏をなだめた。

「その、博文君だっけ? 彼は、きっと千夏ちゃんのこと大切に思ってるんじゃないかな」

「ほえ?」

 千夏がとろんとした目を瑞貴の方に向ける。

「だって、そうでしょ? よくいるじゃない、「据え膳食わぬは男の恥」っていうのをモットーにしているようなタイプって」

「チャンスがあればっていう人?」

「そう」

 聞き返す千夏に、瑞貴が答える。匠はそれを聞きながら弘樹のにやけた顔を思い浮かべていた。

「でも、彼はそんだけ千夏ちゃんがチャンス作っても、手、出さないんでしょ? それは千夏ちゃんのこと大切に思ってるからだよ、きっと」

「…本当?」

 とろんとしたすがるような目で、千夏が聞き返す。

「うん。きっと」

 にっこりと微笑みながら瑞貴が答えた。

「…そう…かぁ…ふふっ…いやだなぁ…博文ったら…」

 瑞貴の答えに納得したのか、暫く千夏は一人幸せそうに笑っていたが、やがて俯いたままおとなしくなる。

「おい、千夏?」

「しっ! 寝てるみたい」

 どうしたのかと千夏の肩を叩こうとした匠を、瑞貴が止めた。

 二人は暫くそのまま、千夏を寝かしておくことにした。

 「…やれやれ、いい気なもんだぜ、全く」

 そう言いながら匠は千夏の隣に座った。

「…手、大丈夫?」

 歯形の付いた左手を見たのか、瑞貴が気遣わしげに声をかけてくる。

「ああ。…まだ跡が残ってるけど」

 不意に、瑞貴がクスリと笑った。

「何だよ」

 聞き返す匠に、瑞貴は黙って千夏を指差す。

 いつの間にか、千夏はちゃっかり匠に寄りかかっていた。

「…さんざん人のこと蹴ったりしたくせに…」

 複雑な心境で、匠が呟く。

「やっぱり、何のかんのといってもお兄ちゃんのとこに行くのね」

 瑞貴が微笑む。

「あの…」

 そこへ、浴衣を着たちょっと小柄の男の子が声をかけてきた。ちょうど、年の頃は中学生ぐらいだろうか。

「…博文、くん?」

 匠が何か言うより先に、瑞貴がそう声をかける。

「はい。あの…」

 博文はそう答えながらちらちらと気遣わしげに眠っている千夏を見る。

「…大丈夫。この人は千夏ちゃんのお兄さんだから」

「そう、ですか…。あの…千夏ちゃん…いえ、藤代さんに、謝っておいて…くれませんか?」

 言いづらそうにしながら、博文は匠に言う。

「何か謝るような事したのか?」

 少し語気を荒げ、匠が聞き返す。

「いえ、あの…」

「大丈夫。博文君、何も謝るようなことはしてないでしょ?」

 しどろもどろになってしまう博文に、瑞貴が助け船を出す。

「は、はい…そう、だとおもいます…」

 少し自信なさげに、博文が答えた。

「いいわ。後は心配しなくて。それより、博文君こそ早く帰ったほうがいいわよ」

 そう瑞貴にうながされ、博文は何度も頭を下げながら帰っていった。

(色々言っても、匠もやっぱり兄貴ね、千夏ちゃんの事になるとムキになってる…)

 瑞貴がまたクスリと笑った。

「こ、今度は何だよ」

「…何でも。…さて、あたしたちも帰ろっか」

 そう言いながら瑞貴が立ち上がる。

「…そうだな」

 匠はそう答え、側で眠っている千夏を見つめた。

次で終わりです。

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