転生したら廃嫡されたんで料理人になったら彼女ができました!
俺は料理が得意な高校二年生。梶 涼太だ! 部活動は家庭科部で、毎日女子に囲まれて楽しくやっている。俺には姉が二人いるから女子に囲まれてても全然気にしないぜ! ひゃっほい!
部活でロールケーキを巻いていたら、ふっと気が遠くなって気がついたら異世界転生していた!
え! トラックにはねられるとかそんなんじゃないんだ?
「お前は廃嫡だ」
まさかの廃嫡からはじまる異世界転生だった! あれ? 詰んでない?
目の前の国王は冷え冷えとした視線を送ってくる。俺はなにやら衆人環視のもと婚約破棄を切り出したもよう。え! なにやってんの、俺!?
俺の横にしがみついていた桃色髪のあざとい女は手のひらをかえして去っていった。
俺はマイナスからのスタートだった! なんだよ王太子! 都合がわるくなったからって赤の他人にバトンタッチすんじゃねえよ!
廃嫡された俺は平民の洗礼を受けた。と、いっても俺もともと平民だからそんな苦でもないぜ。て、いうかむしろ日常。
「リョーくん、これ三番卓にお願い!」
「はいよ!」
俺は酒場で働いていた。もともと将来は料理人になろうかと思ってたし、バイトもそろそろしたいお年頃だったからむしろラッキー! 俺は時間帯によって厨房とウェイターを兼任して充実した日々を送っていた。
そしてここは俺が最初に転生した国の隣国だ。あのあと国外追放もされた。俺が元王太子だなんて知っている奴はここには誰もいない。逆に気楽だ!
「ねえ、リョーくん明日休みだよね。良かったら一緒にどっかいかない?」
仕事終わり休憩室でエプロンを脱ぐ俺に、仕事仲間のミーナが声を掛けてきた。ミーナは金髪に水色の瞳をもつ懐っこい子だ。
「おー! いいな!」
俺は三角巾を脱ぎながら相づちをうつ。俺の赤い髪は三角巾でぼさっとなっていたので慌てて手櫛で整える。この世界の俺、めっちゃ派手な見た目してんな。今までは逆に地味だったからなんだか気恥ずかしい。
ミーナは俺の返しに頬を赤らめて目を潤ませた。ん? どうした?
「じゃ、じゃあ明日十時にここで待ち合わせね! また明日!」
慌てた様子で疾風のように帰っていった。なんだ? 急いでんだろうか?
…………
(きゃあああああああああ!! リョーくんに、デート!! 誘っちゃった!!!!!!)
ミーナは一人暮らしの部屋のベッドに顔を埋めて悶えていた。
(どうしようどうしよう! 明日なに着て行こう!!!)
一人用の小さなクローゼットから服を引っ張り出しては一人ファッションショーだ。
ミーナとリョータの出会いは三か月ほど前だ。酒場で毎日汗水たらして働いていたミーナは、新しく入ってきた新人を見て思わず胸がときめいたのだった。
(えっっっ!!!! か、かわいすぎん!?????)
そう、リョータの転生した世界は乙女ゲームの世界! 攻略対象の中でもメインヒーローである彼はどう考えてもイケメンなのだ!!!!
子犬のような人懐こい笑顔に、きらっきらの赤髪、瞳ははちみつのように甘いオレンジ色だ。そして礼儀正しく、先輩であるミーナのあとを小鳥のようについてくる。ずぎゅんと胸を撃ち抜かれてミーナは悶えた。
(か……かわいすぎる……!!!!!!)
もはやブラックな飲食業界が一転して癒しの空間だった。長時間労働ばっちこいである。
…………
俺は白いラフなカットソーに青地のボトムスを合わせて、職場である「かるがも亭」の入り口付近に立っていた。そういえばどこに行くとかたいして決めていなかったな。まあ、なんとかなんだろ。
「はぁっ……はぁっ……お、おくれてごめん!」
ミーナは息を切らせて走ってきた。いつもアップでまとめている髪はおろして巻いてある。白地に花柄のワンピースに足元はミュールだ。こんな靴で走ったら大変だろう。
「おっ ネイルしたんだ! かわいいな!」
ミーナは仕事の関係上爪はいつも短く切りそろえ、自爪だった。だからこのネイルはきっと休日のおしゃれなのだろう。俺の言葉にミーナはあからさまに喜んだ。
「わあ! 気づいてくれるなんて思わなかった! う、うれしいい!」
そりゃあまあ、俺は姉が二人いるからな! 女性が爪にかける情熱は俺がゲームにかける情熱と等しいことだってわかってんよ!
「今日どこいく?」
俺が何気なく話をふるとミーナは頭をかかえた。
「ああー! すっかり忘れてた!」
? 行先わすれるとか、ある??
「リョーくん、どこか行きたいとことか、ある?」
困り眉でこちらを見るミーナに俺ははっとした。これは……! なんでもいいっていっておきながらなんでもよくないパターンのあれだ!!!!
「んー。ミーナなんか買い物とかある?」
「ううん、ないよー」
「お腹すいてる?」
「ううん、すいてない~」
「ところで、足靴ずれとか大丈夫?」
「ん? ああー! 皮むけてる!!」
ミーナがしゃがみこんだので、俺は鞄から救急手当の用具をとりだした。なんでもってるかって話になるけど俺は姉に鍛えられてるからな、少女漫画では大抵ヒロインは靴擦れを起こすから念のために持ってきたんだけどまさか本当に使うことになるとは。
「ほら、しみるから気をつけてな」
俺が消毒してテーピングするとミーナはほうとしてぼんやりとしていた。なんだ、そんな見んなよな! 照れるだろ!!
「あ、ありがとう~!」
ミーナはすっごくすっごく感動していた! なんだか照れるな!!
…………
(ああー! 寝坊した!!)
ミーナは朝起きて愕然とした。昨日楽しみすぎてなかなか寝付けなかったのが原因だ。慌てて一枚でなんとか様になるワンピースに袖を通し、朝食を食べながらメイクをして、全速力で駆けた。
本当は「ごめんまったー?」「ううん今来たとこー」っていうほのぼの会話をしたかったというのに現実は残酷である。
ミーナがついた時にはすでにリョータは店の前についていた。リョータの顔の良さは輝くほどで、ラフな服にもかかわらず王子様のような気品があった。けだるげに店の壁に背をついているところすらかっこいい! 道行く女性もちらちらと視線を送っていた。
「ごめん!」
ミーナの全力の平謝りにリョータはにかっと笑った。
(ひゃあああああ!!!!! これが包容力!!!!!)
駄目だ! 天性の女ったらしだ。ミーナは頭をかかえたくなった。魔性がすぎる!!
「おしゃれに時間かかったんだろ、可愛いな!」
細かいところにいちいち気がついてくれるリョータにミーナはノックアウトされた。極めつけには足の手当てだ! お姫様扱いにもほどがある!!!!
「ん、じゃああんま歩かないとこがいいか。とりあえずあっちの遊覧ボートにでも乗りながら考えるか?」
リョータに手をひかれミーナは待ち合わせ場所からほどちかい湖のボードにのっていた。
(うわああああああ!!!! もう、これってすでにデートすぎる!! 近い!! 近すぎる!! しんじゃう!!!)
ミーナの目的はリョータとデートすることだったのですでに目的は達成されたのだった。
…………
(うーん、どこにいったらいいかなー)
俺は悩んでいた。ミーナが何をしたいのか察せなくてはならないのだ。めちゃめちゃ難問だ。ミーナの服は白地に花柄のワンピースに足元はミュール……てことはどう考えても運動系ではない。そんでもってショッピングとカフェはなし……と。てことは残るは遊園地か動物園か水族館か映画館ってとこか? どこもここからなら結構遠いぞ? 靴擦れしてるミーナを連れ歩ける距離でもないな。
俺の横でミーナは楽しそうにボートの中から湖を泳ぐカルガモの親子を見ている。
「なあ、ミーナ」
俺は一か八か賭けに出た。
「星は好きか?」
…………
頭上には満点の星空がスクリーンに映し出されていた。遊覧ボートで反対の岸に降り立った先の博物館の最上階にあるプラネタリウムだ。今日は恋の星座展が開催されていたようでカップルでひしめき合っていた。ミーナはもしかして私たち二人もカップルに見えているんじゃないかとそわそわした。
きらきらと瞬く偽物の空には、本物ではなしえない線分が描かれ、とても肉眼では気づけない星座を次々と説明していく。薄暗い室内はロマンチックで距離の近い席がミーナをどきどきさせた。
『ーーアルテミスがオリオンに犯されそうになったため、サソリを送って彼を殺したという説もあります。だから、オリオン座はサソリ座からにげていくのです』
耳に心地よいアナウンスには濃い神話が凝縮されていた。ふわりと香るアロマの薫りは会場内の演出だ。なんてムードのよいチョイスなのだろう!!!
「すっっっっごくよかったです!」
ミーナが息を切らせて感想を言うと、リョータはにかっと笑った。
「うん! 面白かったな!」
ミーナは胸が詰まった。これは……今、言うしかない!
「リョーくん! す、すきです!!!」
…………
職場にほどちかいプラネタリウムだったからミーナがすでに行ったことあるとこだったらどうしようかって思ったけど、ミーナは初めて来たようですっごく喜んでいた。よかった。
意外と冷房の効いた室内でミーナが肌寒そうにしているのが見てられなくてそっと上着をひざにかけてやる。ん、こっちみんな。恥ずかしいだろ。
俺は普段星とか見ないから新鮮だった。昔のやつは随分ひまだったんだなあという情緒もなにもない感想があたまのなかに浮かぶ。ああ、でもこんな長時間座っていても嫌じゃないってことは、俺ってもしかしてミーナのこと……。って何考えてんだ俺! プラネタリウムみながら考えるようなことでもないだろうが!!
「すきです!」
唐突に告白されて俺は寝耳に水だった。
なんだよ
俺より先に言うんじゃねえよ!!!!
~転生したら廃嫡されたんで料理人になったら彼女ができました!~
お読みいただきありがとうございました!