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なんだかんだで1週間。毎日遠井さんがCaffeに来たことは言うまでもないだろう。
いつもどおり4時からのシフトに入る。高校生なのにレジ打ちをやらせてくれるお店はだいぶ絞られるらしい。今日は男子大学生の先輩がいない。店長曰く何やらデートだとかなんとか…
そんな理由で今日はレジ打ちではなく料理を運ぶ役に任命されたのである。
厨房からコーヒーを運んでは新たな客にお水を運ぶ。たまに料理を頼む客はいるが基本はコーヒーが多い。
1時間そのやり取りを続けて(無心で)いるとその時が来た。そう。遠井さん登場である。髪は肩の長さで切りそろえてボブヘア?みたいになってる遠井さんである。
「いらっしゃいませ」
深呼吸する。ふと頭に思い浮かんだ。仕事はなんのためにやっていた?気を紛らわせるために。なんの?遠井さん。
そうだ、なのにここ最近はおかしい。だって…毎日Caffeに遠井さんが来るんだもん!
コーヒーを1杯だけ。それを飲むのに1時間近くかけるのだ。いや、まぁ…俺がレジ打ちしてるときとかはずっと眺められるし?いいけどさ…
少し思い出したくないことを思い出していた。
それは昨日。Caffeにて。
いつもどおり遠井さんがコーヒーを啜っている。それを眺める俺。そしてその日はその後ろにニヤニヤして俺を眺める先輩がいた。先輩と言っても今日休んでいる男子大学生ではなく同じくバイトの斎川さいかわさんだ。
斎川さんはショートヘアと、ロングヘアの中間くらいの髪の長さで美人。
お客さんの中には斎川さんに会いに来ることが目的で来ている客もいる。(店長情報)
斎川先輩がニヤニヤしながらこちらを見ている。俺、なんかしたか?
つーか仕事はどうしたんだ仕事は…いや、まぁ俺もだけど…
「な、なんですか?」
「べっつにぃ〜」
「気になるじゃないですか」
「いや、まぁね?後輩くんがあんな可愛い同学年の女の子。しかも好きな人を眺めてるとさぁ?ちょっとは気になるじゃぁなぁい?」
一瞬固まった。なんで…そのことを?俺が遠井さんを眺めてることを知ったのは…いや、バレたのは今日が初めてのはず。
「な、な、なんで…気付いたんですか?」
「え?ほんとにそうだったの?」
「え?どういうことですか?」
「店長がそんなこと言ってたからさ」
クソっ…店長め、一生恨む…
悲しみと憎しみにあふれてもういっそ泣きそうになっていると…
「あ!そうだ!なんか店長があの子にコーヒー持っていったときにこのコーヒー寛正かんせいくんが入れたんだよーっいってたよ!」
よし、ゆるそう。店長の入れるコーヒーならまず間違いない。これでアピールの一つにはなっただろう。
という一連の流れがあっての今日。
席に座ってなぜか震えてるてる遠井さんにコーヒーを持っていく。お盆の上に載せてあるコーヒーの水面を見ると水面は揺れていた。俺が震えていることは一目瞭然だった。
「おまたせしました」
なんとか真顔でやり切る。よしよし…このままこのまま。
その時だった。遠井さんがびっくり発言をしたのは…
「あ、あの、寛正くん…」
名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ね上がった。振り返る。もってくれよ!俺の心臓!!
「えっと…なに、かな?」
「あ、あのね?昨日のコーヒー寛正くんが入れてくれたやつを飲んだのね…」
あ〜うん。ほんとは店長だけどね?まぁ、うまい方向にいってるならいいっか。
「え、あぁ…そうなんだ…美味しかったかな?」
「う、うん!ものすごく美味しかった!」
へ〜こんな顔もできるんだ。いつもは氷みたいに冷たい視線もこころなしか暖かく感じてしまう。学校ではまず絶対見れない顔だ。
そんな喜びに浸っている時間もなかった
「あ、ありがとう」
「それで…さ、もしよかったらNINE交換してくれないかな…」
止まっていた。このとき俺の心臓はきっと止まっていた。だから俺はなにも反応出来なかった。
Caffeの制服姿。それは緑のエプロン。そのエプロンの後ろからスマホを取り出してNINEを開く。バーコード画面を開くと、はい、と渡す。
「こ、これで完了だね!」
何故か嬉しそうにしていたのは気のせいだろうか。
うん。ありがとう。それだけ言い残して離れていく。戻ると先輩は背中を叩かれた。そこで俺は眠りから覚めた。
「え?」
「やるじゃん!」
「なんの…ことですか?」
「なにってお前、今あの子とNINE交換したんだろ」
何を言っているんだ?この人は…
ポケーっとしていると、
「ほーら」
いつの間に取ったのだろう。そこには俺のスマホ。NINEが開かれていた。
トーク画面。そこにはこうあった。【遠井】と。
それからの記憶はなかった。
翌日。
学校に向かう足取りはびっくりするくらい良かった。なんせ…お、俺は!遠井さんとNINE交換したんだもん!!!
教室に入る。浮かれながらも本を読んで時間をた潰す。
「ねぇ、寛正くん」
真横には遠井さんが居た。
「な、なに、かな?」
感動のあまり本を強く握りすぎてクシャという音が聞こえてきた。
「き、昨日はNINE交換してくれてありがとう!あんな夜に会いに行ってごめんね、あ!そうだ!き、今日も行っていいぃ?かな…」
普段学校では絶対に見せない暖かい目。それをもう一度見られたことは嬉しかった。だが…
その一言。それだけでクラス中が固まった。まるでこの暖かい目と引き換えにみんなが凍りついたように。