ヒロト
じゃ、今度ね。
中島さんに言われた言葉がリフレインし、緊張とうれしさと興奮がぐちゃぐちゃにまざってよくわからなくなる。
教室にいると、僕は空気みたいな存在になる。よく言えば角のない、悪く言えば特徴に欠ける。テストでは平均点、目立つ問題は起こさずいてもいなくても変わらないような存在。友好関係も狭くはないが深くもない。ヒロトとはうまくやれているけれど、逆にヒロトは尖って刺さるような人間だ。
美術部だって、中学校で文化部が吹奏楽部と美術部しかなく、消去法で美術部を選んだ僕はコンテストで優勝――なんてこともなく、趣味の合う仲間と適当に放課後を過ごすために通っていただけだ。
そんな僕を何で選んだのか、次あったら聞こうと思う。
そんなことを考えていると、近づいてくる影・・・・・・ヒロトがいた。
「ユウキ、昨日のスーパーキラキラガール見た?」
「あぁ、見たよ。ダブルキラキラの演出すごかったし、全部最高だった」
「だよなー、やっぱり監督がいいんだよ。スチーム&パンツと同じ監督だから、1話の完成度が違う。毎週見れるね」
「どのアニメも毎週見てるくせに」
違いねぇや! とヒロトは笑った。
「ところでヒロト、色弱って知ってるか」
「名前は知ってるし、前にちょっと調べたことがあるぐらい?普通の人が見分けられる色が見分けらんない。男に出ることが多い。アメリカ軍で色弱部隊があった。とか?」
「めちゃくちゃ詳しいな」
「アメリカ軍の色弱部隊で知ったのが最初かな?もしかしたらカラーコードのやつかもしれない。まぁ、どれも調べりゃ出るようなことだから、逆にそれぐらいの知識」
「中島さんがその色弱らしい」
「中島? 誰だっけ?」
「美術部の先輩。肩まで髪を伸ばしてて変な雰囲気纏ってる人。部活の自己紹介は名前だけで異才放ってた」
「わりぃ、忘れた。で、その中島さんが色弱で、どういうつながり? 俺がもしデブでもデブの知識・・・あっ、惚れてんの?」
ヒロトはしたり顔で眺めてきた。内心ちょっとゲンナリするが、これぐらい本心が垂れ流しのアホだからこそ、付き合いやすくもある。
「お前のその勘はもっと別の有意義なもんに活かしてくれ。実は、付き合えって」
「それはカレシカノジョの関係?」
「いや、中島さんが色弱補正眼鏡を使っていろいろ見てみたいから、その時に色を教えてほしいとかって」
「ふぅん。ま、そのまま告白でもしてきたら?」
「アホか」
そんなバカ話は、授業の開始で打ち切られた。
木曜最後の授業は歴史だ。先生は60代前後の男性で、完璧に白く染まっている髪をオールバックにしている。悲しいことに声の通りが悪く、直前の体育も相まって眠気がMAXとなる。授業中に寝るようなことは無いが、軽く意識を飛ばされかけるレベルの眠気に襲われることが多々ある。そういうときは耳たぶをつねったり、ふとももをつまんだり、無心で黒板を写経したりしてごまかすのだ。
授業が終わると美術部へ向かう。体操服から新しいシャツに着替え、上にジャージを着るのは仕方ないとはいえおかしな光景だ。まぁ、汗だくの体操服で美術室に入れば周りから白い目で見られること間違いなしではある。
「ユウキ君、そういえば連絡先交換してなかったね」
「中島さん?」
美術部に入るなり、スマホを持った中島さんに詰められた。
今日は雨で、湿気はあるが気温も低い。何が言いたいかというと、女子だらけのこの美術室で何言ってんだこの人はということだ。しかし、中島さんのキラキラした目に逆らえず、カバンからスマホを取り出す。
とりあえずということでSNSを交換したが、美術部女子から見られている感じはある。そして湿気のせいなのか変な悪寒もするのだった。
やっぱりこの人、なんとなく苦手だ。