強すぎて十年間軟禁されていた王宮ルーン魔術師。女王に無能といわれ追放されたのでこれからは自由に生きていきます。
「爆発300枚。湧き水300枚。発雷300枚。木縛300枚。土壁300枚……。よし、今日のノルマはおしまいっと。いやー、王様が変わったって聞いたけど、そのおかげか、ずいぶん俺の仕事も楽になったなぁ」
俺の目の前に、積まれている、計1500枚のルーンの書かれた紙を見てそう思う。
この紙にルーンを書くのが、ルーン魔術師である俺の仕事だった。
ルーン魔術は、物にルーン文字を刻み付け、あとは魔力を通すだけで魔法に似た効果を発動する術だ。
少し前までは、武器にルーンを彫れだの、井戸にルーンを刻めだの、今日の仕事に加えて、さんざんにこき使われたが、最近の仕事は紙にルーンを書くだけになっていた。
きっと新しい王様はいい人なんだろうなぁ。
いや、女王様なんだっけ。まぁ、どっちでもいいけど。
そんなことを考えながら、俺は部屋にあるソファ兼ベッドに寝転がる。
十五歳の時から、この城に軟禁されてから十年間。ずっと見てきた天井を見ながら、一息をつく。
楽になったのはいいけど、その分暇な時間も増えたなぁ。
いつか、俺ももう一度、外の世界に出てみたいなぁ。
今は、どんな風になってるんだろ?
外の世界に思いをはせ、ソファの上で、意識半分になっていると、部屋のドアがノックされる。
ドアを開けて入ってきたのは城の兵士だった。
「ヴァン・ホーリエン。女王様がお呼びだ。変な動きをするなよ。ゆっくりとこっちにこい」
「女王様が?」
なんの用だろう?
即位したのは聞いてたけど、ずっと俺のことなんか気にも留めてなかった気がするんだけど? 挨拶も来なくていいって兵士さんから聞いてたし。
だけど、俺の仕事を減らしてくれた張本人でもある。悪い人ではないんだろう。
「何をしている。早く来い」
「え、あ、はい」
突然のことにまだ事態を飲み込めていない割には体はすいすいと動いた。
兵士の前まで行くと、いつも通り、両手に手枷をつけられる。
それから、兵士が俺の体をぺたぺたと触り何も持っていないのを確認すると、ようやく「行くぞ」といわれ、彼の後をついていくと、謁見の間の大きな扉の前に到着した。
「リューシア女王様。連れてまいりました」
「入れ」
大きな扉が開き、その奥には、見慣れただだっぴろい空間が広がる。
真正面の最奥には、つい数か月前まで、王様が鎮座していた椅子に、女王様が座っている。
その両脇にはずらりと、上等な服を着た貴族たちが並んでいた。
俺は、その女王様の顔がようやくはっきりと見えるほどの位置で、膝をつかせられた。
その凛々しくも美しさを兼ね備えた顔は、子供の時の面影を残していた。
と、いっても一回あってからはなぜか嫌われっぱなしで、彼女に会うこと自体久しぶりなわけだけども。
えっと、とりあえず女王様になってから初めてあったわけだし、お祝いの挨拶をしたほうがいいのかな?
「女王様。この度は即位――」
「黙れ! 誰がしゃべってよいといった」
駄目だったのか。
仕方なく俺は黙る。
よく見ると、王様の隣にいた宰相も変わっていた。頭がはげあがり、白髭を蓄えた、腰の曲がった爺さんが宰相をしていたのだが、王様と一緒に隠居したのだろうか?
今女王の隣にいるのは、ビシッとした礼服を着ているイケメン男だ。俺が着ているよれよれの服とはまるで違うが、間違っても交換してほしいなんて思わないくらいには堅苦しそうだ。
そいつは、なぜか俺のことをにやにやした顔で見ていた。そんなに俺って珍しいかな?
「グラン王国七英雄が一人、ヴァン・ホーリエン!」
リューシア・グラン女王が仰々しくも肩書まで含めてご丁寧に俺を呼ぶ。
「今日をもって、貴様をクビにするとともに、王都より追放とするわ! 二度と王都に入ってはならない! もし、明日以降、貴様を王都で見かけたら、問答無用で死罪とする!」
「「え!? いいんですか!?」」
謁見の間にリューシア女王の言葉が広がると、俺ともう一人、隣にいる兵士が驚いた様子で声もハモらせている人がいたが、両脇にいる貴族たちと女王の隣で立っている新宰相はこれでもか、というほどの大きな拍手でたたえている。
俺も両手が空いていたら拍手で賛同したいが、残念ながら手枷をされているので、それはかなわない。
さっきは思いもよらぬことに間抜けにも声を出してしまったが、そう言えば声を出すのもいけないんだったか。
仕方なく、俺は激しいヘドバンで賛同する。
「な、何をしている貴様。なんだその奇怪な動きは……」
奇怪っ……。なにも、そんな風に言わなくても。あと、周りの人もそんな目で見ないで!
冷たい視線が痛い。
「そこの兵士。さっさと手錠を外して、この王宮からそいつを追い出せ」
そうだそうだ。早くやってくれ。この視線に耐えられそうにないんだ。
だが、俺の思いは通じず、俺をここまで連れてきた兵士は一歩前に出る。
「お、恐れながら申します女王陛下! なぜ、ヴァンを追放するのでしょうか? こ、こいつは先代こく――」
「黙れ! 貴様ごときがわたしに口を利けると思うなよ! だが、今回ばかりは許してやろう。お前も、理由も教えられずに追放なんて納得できないだろう?」
いや、俺は納得してるから早く追放してくれないかな。
「そいつはな、前国王、つまり、我が父デューク・グランと不正に結託して、七英雄などと大層な役職について我が国の金を食い漁る、金食い虫だからだ」
不正に結託ってなんのことだろう?
「か、金食い虫、ですか?」
「そうだ。そいつは何もしていないにも関わらず、多額の給料をむしり取っている! そうだろうヴァンよ!」
そうだったのか!?
金なんて使う機会ないから知らなかった!
ってか、俺の仕事給料なんてあったんだ!
「ほらみろ。図星で声も出まい」
「いや、図星っていうか――」
「黙れ!」
ほら、声出したら怒るじゃん。どうしろっていうんだ。
そんな俺の代わりに兵士が口を開く。
「ですが、このヴァンのルーン魔術は我が国になくてはならないものではないですか?」
おいおい。余計なことを言うな。女王の気が変わったらどうするんだ。
「そういう声も上がると、わたしはちゃんとわかっておった。入れ!」
俺が入ってきた大きな扉が開く。
そこから、入ってきたのは、女王様の隣にいる奴と同じように、礼服をびしっと決め、金髪をがっちりと固めた男だった。
かなりのイケメンだ。いけすかない。あぁ、全く。いけすかない。
「紹介しよう。我が国の新しい宮廷ルーン魔術師、そして、新たな七英雄の一人、ガルマ・ファレンだ」
「おぉ!」と俺と貴族たちから歓声が上がる。
なんと!
俺の代わりをやってくれるのか!
「紹介にあずかりました。ガルマ・ファレンです。この度はこのような役を賜り、大変光栄に思っております」
「どうだ? そこのさえない男より華もあるだろう」
「それに、このガルマはそいつと違い魔法も使える。どれ、見せてやれ」
「はい! フレイム!」
謁見の間に火柱がたつ。
そして、また歓声が上がる。
「どうだ? 前線に立たず、王宮でルーンを刻むしか能のないそいつとは違うだろう? 記録によると、ヴァン。貴様は魔法をほとんど使えないそうじゃないか」
それは女王の言う通りだった。
俺は魔力が人と比べてすくない。だから、魔力を少し通すだけで発動するルーン魔術師をやっているのだ。
「それに、このガルマはもちろんルーン魔術師としての腕も優秀でな。すでにそのヴァンの仕事を奪うほどの実力よ。武器や井戸、馬車などにもすでにガルマのルーンが使われている」
な、なんだと。すでに君が俺の仕事をやってくれていたのか。それは助かった。
よっ! イケメン! 女たらし! ナイス金髪!
脳内で最大の賛辞を送っていると、そのイケメンはなぜか俺をにらみつけてきた。
「おっさん。わかったか? 今時ルーンしか刻めねえなんて時代遅れなんだよ。大体、なんだあのルーン。よくあんな適当なルーンでちゃんと起動してたな」
「なに? こいつのルーンはまずかったのか?」
女王が聞くと、金髪イケメンのガルマはしたり顔で述べる。
「えぇ。そりゃあもう。何が書いてあるんだかわかったもんじゃありません」
「なっ! 金をむしるだけではなく、仕事も怠けていたのか!」
いや、怠けてはないんだけど、っていったらまた怒られるんだろうなぁ。
「おい、おっさん。なんで処刑じゃなくて、追放か、教えてやろうか?」
別に気にもなってなかったんだけど。ただ、殺されるのはやだなぁ。なんでなんだ?
あと俺はおっさんじゃない。まだ二十五。
「お前みたいな適当なルーン魔術師なんざ、外にでりゃすぐに野垂れ死ぬからだよ。時代がちげえんだ。そんな適当なルーンで生きていける時代じゃねえんだよ」
な、なんだと。俺が城に軟禁されている十年の間に、世界はそんなに変わってたのか。
解雇されてありがたいが、解雇されて当たり前だなこれは。
外に出て運よく生き残れたら、またルーン魔術を学びなおそう。
「そういうことだ。話は終わりだ。さっさと連れていけ! これ以上、何か申すなら、貴様の首もないと思え!」
リューシア女王がそういうと、もう何も言えなくなったのか、兵士君は仕方なく俺を城の外まで連れ出してくれた。
*
そうして、俺は王都から追い出され、行く当てもなく道沿いに歩いていた。
手枷を外してくれた兵士君は最後まで不安そうにしてたなあ。俺のことを心配してくれてたのかな?
「さてと、それはいいとしてこれからどうしようか」
あの後、すぐに王都から追い出されてしまったため、一文無しだし、食い物も道具もない。これは本当に野垂れ死にかもしれない。
せっかく外に出られたのに、そんなことは避けたい。
「時代遅れとは言われたけど……。ないよりましだろう」
俺は、道端に落ちている石を拾って、【衝撃】のルーンを刻んで歩く。
石を石で削るようにルーンを刻むしかない今、王宮で作っていたような、【爆発】や【土壁】なんかのすこし複雑なルーンを刻むのは難しい。
ルーン魔術は案外繊細だ。文字列を並べるだけじゃない。
丁寧さと緻密さの上に成り立つ神秘の術だ。
これは師匠の教えで、今でも大事にしている言葉だった。
でも、それも時代遅れなのかなぁ。
そんなことを考えていると、【衝撃】のルーンを刻んだ石がすでに十個もできていて、ポケットには収まりきらなくなっていた。
少々心もとないけどしょうがない。
街道に沿って歩いていると、少し先で、何台もの馬車が横転しているのが見えた。
うわぁ。なんだろ。なにかあったのかな?
いや、あったんだろうな。
近づくにつれて、少しずつその様子がわかってくる。
「え!」
目に入ってきたのは、血を流して倒れる人や馬。
これはただ事じゃないって!
俺は全速力で走り出す。
「大丈夫ですか!」
そう声をかけても、反応はない。
目につくほとんどの人がすでに息はなかった。
鎧を着てるけど、グラン王国の紋章が入ってないな。どっかのお金持ちの私兵とか、かな?
「う、うぅ。そ、そこに、誰かいるのか……」
死人しかいないと思われたが、呻くような声が聞こえた。振り向くと、そこには腹から血を流し、横転した馬車にすがるように座る男がいた。
彼は震える手を重たそうに上げ俺に伸ばしていた。
「動かないで! 傷が深い。治療しないと!」
「お、おれのことは、いい。それよりも、姫様、を、たすけに、いってくれ」
姫様?
この国の姫様はついこの前、女王になって、俺を追い出したばかりだし、前国王のデューク・グランは子宝に恵まれず、彼女一人しか子供はいなかったはずだ。
もしかして、この人は他国の兵?
って、そうじゃなくて、早く助けないと。
姫様っていうのがどこの誰なのかわからないけど、彼を見殺しにしていいはずがない。
「じっとしててね」
俺は彼の傷口の近くから、指先で血を掬い取る。
「な、なにをしている」
「俺はルーン魔術師だから。君の血をインク代わりにするけど許してね」
血もルーン魔術を使うためのインクになる。
しかも、生命力を多く含んでいるから、傷の治癒には最適だ。
ルーンを刻んでいて乾きやすいのと、大量に調達しにくいことが最大の欠点だが、今はその欠点は気にしなくていい。
俺は彼の袖を破り、あらわになった腕に【治癒】のルーンを刻む。
刻み終え、魔力を通すと、ルーンが光を放ち起動する。
その光は数秒で消えた。
「どう? 痛みはある?」
「い、いや、ない。腹を一突きにされて、致命傷だと思ったが、ふさがっている。……すごいな。一体何をしたんだ」
「ただのルーン魔術だよ」
「ただのルーン魔術? ルーン魔術にこれほどの治癒力があったとは聞いたことがないが……」
「君の血を使って、直接肌に書いたからじゃないかな。ルーン魔術は、何を使って何に書くかって結構重要なんだ」
「そ、そうなのか。初めて聞いたな」
あれ? もしかして、それも時代遅れなのかな。
そう思うと、ちょっと恥ずかしくなってきた。
「治してくれて感謝する。礼をちゃんとしたいが、早くやつらを追わないと……。うっ!」
「あぁ! 急に立ち上がらないで。傷は治ったけど、血は多分足りてないから」
ふらつく彼に肩を貸す。
「俺以外の奴は……」
「……。いいにくいけど、その。ここには、君以外には生きている人はいなかったよ。一体何があったの?」
「……賊に襲われたんだ。それで、恥ずかしながらこのありさまだ。……無理を承知で頼みたいことがある」
「姫様って人を助けに行ってほしいってこと?」
すでに賊の姿はない。きっとさらわれたのだろう。
「あぁ。そうだ。と、言っても、どこに連れていかれたかもわからないが……。いや、本当に、無茶を言っているな。不意を打たれたとはいえ、われわれ、シルブレス王国の騎士団をもってしてもこのありさまだ。道すがらにあった人に頼むようなことではないな」
「助けますよ」
「え?」
俺は彼を地面におろし、横転している馬車に近づく。
「場所がわからないんですよね。早く探さないと」
「探すって言ったってどうやって、って何をしているんだ?」
俺はポケットから石を取り出して、魔力を通し【衝撃】のルーンを起動する。
投げてぶつけたものに強い衝撃を与える効果だ。
俺はそれを馬車の車軸めがけて思いっきり投げた。
――バッゴォン!
「あ」
車軸には当たらず、馬車ごと吹き飛ばしてしまった。
コントロールのなさが露呈してしまった。
だが、お目当てのものは無事に馬車から外れていた。
車輪だ。
俺は円盤型のそれに【導き】のルーンを刻む。
「それもルーン魔術か?」
「はい。そうです。車輪は人を導くもの。探し物には向いています。これに触れてください」
俺は車輪を地面に置き、兵士にお願いする。
「姫様を強く意識して、魔力を通してください。そうすれば、車輪が導いてくれます」
「分かった。やってみる」
彼の手つきは半信半疑だった。
だが、念じて、魔力を通すと、車輪の中心部から、まるで俺たちを導いてくれるような光が伸びた。
時代遅れでも、こういったことにはちゃんと役立つ。
「この先に、姫様が……?」
指す先は森の中だ。
きっと賊は森の中にアジトを持っているのだろう。
「俺が行きます。あなたはここで休んでいてください」
「ま、まて、俺も」
そう言って立ち上がろうとするが、やっぱりふらふらだ。
「ほら、無理ですよ。急ぐんでしょう? 俺一人で行ったほうが早いです」
「ふっ。どうやら、そのようだな。なぁ、どうしてここまでしてくれるんだ? 言っておくが、相手は本当に危険だぞ」
「危険かどうかなんて関係ありませんよ。困っている人が居たら助けるのがルーン魔術師ですから。って、俺なんかの時代遅れのルーン魔術じゃ、役にも立たないかもですけど」
「君が時代遅れ、か。グラン王国のルーン魔術はすさまじく発展しているんだな。武運を祈っているよ。俺たちの姫様を、頼む。それと、これを貸そう。みたところ君は丸腰だ。ないよりましだろう」
彼は腰に差している剣を俺に渡してくれた。
ずしりと重い感覚が俺の腕を襲う。
貸してくれるのは助かるんだけど、これは後で【軽量】のルーンでも書いとかないと俺はちゃんと振れないなぁ。むしろこちらが振り回されそうだ。
「ありがとう。やるだけ、やってみます」
そうして、俺は車輪の光の指す先へと向かっていった。
*
森に入るなんていつぶりだろう。
城に軟禁される前は、修行と称して各地を回った。
砂漠、火山、氷河、荒野、草原、もちろん森も。
その中でも、特に森は好きだった。
木、葉、石、水、土、動物、昆虫、そのほかいろいろ。本当に様々なルーン魔術を使うための道具がそろってるのだ。
何も準備をしていなくても、森でなら十全に力を発揮できる。
それに、俺のルーン魔術は時代遅れらしいし、森じゃなかったら、もっと心細かったな。
俺は適当な虫をひっ捕まえて、小さくルーンを刻む。
【魔力探査】のルーンと【感覚受信】のルーンだ。
魔力探査は近くの魔力反応を感じ取れることができ、それを感覚受信で俺に教えてもらう。
数体の虫に同じことを繰り返し、森に放つ。
「うっ……。でも、これ、ちょっと気持ち悪くなるのがやっぱ難点だなぁ」
複数の感覚を共有することによって起きる、馬車酔いのような気持ち悪さを耐えつつ、俺は貸してもらった剣を抜く。
指先に少しだけ刃を当てて、血を流す。その血で、剣に【軽量】と【鋭利】のルーンを刻む。ほかにも刻みたいルーンはあったが、この剣の材質がわからない以上無茶なルーンをつけられない。
一つの道具に多くつけすぎると、道具のほうがルーンに耐えきれず崩壊してしまうのだ。
さてと、早く見つかってくれればいいのだが。
車輪がさしていたのは間違えなくこの森の方角だった。ただ、もしかしたら森を抜けた向こう側ということも考えられなくもない。
さすがにそうだったらどうしようもない。
だけど、そんな不安を取り除く感覚が、俺の体に走った。
魔力反応!
かなり多いな。
二十は固まって歩いているか?
俺は急いで魔力の反応があった虫のほうに向かって森の中を駆ける。
「んん~~~~~~!」
くぐもった声が聞こえる。
「いい加減黙りやがれ! 全員殺したんだ。もう助けは来ねえよ!」
「そうそう。あきらめて俺たちといいことしようぜぇ」
「ばか野郎! 無傷で連れて来いって依頼だ! ケガさせた奴はただじゃおかねえからな」
そんな声が虫を通して聞こえてくる。
良かった。無傷か。
少しの安心感を抱いて、森を駆ける。
感覚的に後数秒で敵と出会う。
木々の隙間から、数人の男の姿が見えた。そこに姫様とおぼしき人物の姿はなかった。
俺は虫との感覚共有をきる。
姫様はおそらくもっと前にいるだろう。だったら、とりあえず、後衛をつぶす。
俺は敵の足元に向かって、【衝撃】のルーンを刻んだ石を思いっきり投げつけた。
――――ドゴォオオオン!
石は地面をえぐり、強烈な音を上げる。それと同時に、何人かの敵を吹っ飛ばした。
「な、なにが起こった!」
「敵だ!」
「何人いる!?」
「わ、わかんねえ! 後衛が三人やられた!」
敵が騒ぎ出すと、同時に俺は木に身を隠す。
そのままこっちに来てくれ。
まだ俺がルーン魔術師だとはばれていないはずだ。
不意打ちなら、いくら時代遅れでも通じるはずだ。……通じるといいな。
「くそっ! 誰がやりやがった!」
二人、警戒しながら歩いてきた。だけど、警戒しているかどうかは、あんまり関係ない。
隠れている木に【木縛】のルーンを刻み、……、俺が隠れている木の近くを通ったところで、……、発動!
「なっ!」
「なんだぁ!」
と、叫んでいる間に、木から伸びた枝が二人をがんじがらめにして、木に張り付ける。
その枝の伸びる速さに二人は動きもできていなかった。
ルーン魔術師は罠を張って待ち構える分にはまず負けることは無い。ルーンさえ刻んであれば、その発動速度は魔法よりも早い。
「ぐわ! つ、つかまった!」
「助けてくれ!」
そこで、俺は二人の前に姿を現す。
「て、てめえがやりやがったのか!」
「一人いたぞ! おそらく魔術師か何かの類だ! 接近しちまえば怖くねえ! 全員きてくれえ!」
その声を聴いたほかの奴らがこちらに走ってくる。
俺はそれを待っていた。
よかった。俺をただの魔術師と勘違いしてくれて。
十人ちかくの賊がこっちに向かって走ってくる。
俺は、あらかじめ地面に刻んでいた【陥没】のルーンを起動する。
それと同時に、賊の足元がひかる。
「おい! お前ら、下がれ! そいつは――」
誰かが気づき、叫ぶが、もう遅い。
地面は大口を開けて、賊の大部分を飲み込んだ。
「「「うわぁああああああ!」」」
しばらくは上がってこれないだろう。落ちた衝撃と、下敷きになった衝撃とかで気絶してるやつもいるはずだ。
その間にも地面にできた大穴を回って左右から二人の男が俺に走り寄ってきていた。
俺は即座に【土壁】のルーンを刻み起動する。
左側の男が来る道をふさぐ。
「ちっ! なめんなよ! くそがぁ!」
右側から来た男は剣を抜き、振り下ろしてきていた。
――キンッ!
「えっ?」
俺が剣を振りぬくと、男はそんな間抜けな声を上げていた。
そして、彼は自分の持つ剣先をじっと見ていた。
その剣は、きれいな断面を作って上半分が消えていた。
そう、俺が切ったのだ。これがこの剣に刻んでおいた【鋭利】のルーンの効果だ。
俺はそのまま茫然としている男を大穴に蹴り落とす。
「うわぁああああああああああ」
「てめえ!」
後ろから、土壁をようやく破壊してきた男が剣を構えて突っ込んでくる。俺は振り向かず、【衝撃】のルーンの石を手首のスナップで後ろに投げる。
――――ドォン!
着弾と共にまた地面ごと男を吹き飛ばした。
「てめぇ……。ルーン魔術師か」
大穴の向こうで、俺の戦闘をずっと見ていた男がそう言った。
そいつの腕には、女の子が抱えられていた。口にはさるぐつわがされており、縄で縛られている。おそらく彼女が『姫様』なのだろう。
「うーん、正直には言えないよね。敵だし」
「はっ! それが答えみたいなもんじゃねえか」
「一応聞くけど、そのお姫様を放してくれるっていうなら俺は何もしないんだけど。君たちを倒せとは言われてないし」
できればそっちのほうがいい。
実際、不意打ちがうまくいって彼らは倒せたけど、俺の時代遅れのルーン魔術が真正面きって、あのボスっぽい人に通じるかは正直分からないし。
「へっ! 馬鹿言え。一応言っとくが、ここまでやられて見逃すほど俺は甘くねえからな」
そう言って、男は縛られた姫様を地面に投げ出して、こちらに近づいてきた。
よかった逃げられなくて。
「そのよく切れる剣もルーン魔術か?」
「うーん。まぁ、そうだね」
もういいや。どうせバレてるし。
うーん、勝てるかなぁ?
でも、なんかあいつが剣を構えて歩いてる姿、あの七英雄のカイザーより弱そうなんだよなぁ。
俺は王宮でたびたび絡んできた一人の剣士を思い出していた。
俺とは違って城に軟禁されていたわけじゃなくて、基本的には騎士団長として戦地に行っていた男だ。
部下にもよく慕われていたらしく、王宮でも大体部下と一緒にいた。俺? ぼっちですけど何か?
それに、たまに帰ってくると、運動に付き合えとか言って剣で切り付けてくるくそ野郎だ。
あ、思い出して来たらだんだん腹が立ってきた。なんだって剣士でもない俺があいつの運動に付き合ってやらないといけないんだ。部下とやれよ。ぼっちだからってかまってほしいわけじゃないんだからな。
「ずいぶんと余裕そうじゃねえか。死ぬ覚悟はできたか?」
あ、今はこいつだっけ。
「まだ、死にたくはないなぁ。せっかく外に出れたばっかだし」
「まぁ、覚悟ができてようがなかろうが、関係ねえがなぁ! 【瞬刃】」
男が使ったのは剣士スキルの一つだった。
それは速度を重視した一撃。
の、はずだけど、
確かに、さっきの男よりは早いけど、それでもカイザーよりも遅いなぁ。
俺は男の剣をめがけて、剣を振りぬいた。
――キンッ!
「あっ?」
さっきの男と同様に、剣先がなくなってしまった剣を見て、男はそんな声を上げた。
「じゃあ、そういうことで」
俺は、その男も、大穴に向かって蹴り飛ばした。
「うわぁああああああああああ!」
「ふぅ……。よかったぁ。時代遅れって言っても捨てたもんじゃないなぁ。さてと、あいつらが上がってこないうちに、姫様をつれていかないと」
と、姫様のほうを向くと、芋虫のように身をよじってどうにか移動しようと試みていた。
たくましいというかなんというか。
俺が彼女に近づくと、少しおびえた風にも見えたけど、さっきの奴らとは違うと気づいたのか、すぐにじっとしてくれた。
さるぐつわを取り外して、縄を切る。
「よし! これで、大丈夫。じゃあ、行こう――」
「助けていただいて、ありがとうございます! う、うぅ。こわかったです。うわあああああん」
俺は泣きじゃくる彼女に抱き着かれた。
え、え、ええええええええええ!
ど、ど、どうすればいいのこの状況!
*
俺は城に軟禁されていたこともあって、これまでの人生で、女の子と接点を持つことはほとんどなかった。
そんな童貞ルーン魔術師が挙動不審になりながらも、泣き出す姫様をどうにかなだめたのはほめてもらいたいね。
賊たちは、あの場を離れる前に、【木縛】のルーンを応用して大穴をふさいでおいたから、死にはしないが、今すぐ穴から這い出て追いかけてくるのは、無理だろう。
凶暴な魔物なんかに襲われなければいいが。まぁ、その場合は天罰ということで大目に見てもらいたい。
姫様を連れて、森から出て、あの他国の兵士君のところまで連れていく。
「姫様!」
「ディアン! 本当に生きていたんですね!」
ディアンと呼ばれた騎士君は、走ってこっちによって来ようとしていたが、すぐにふらついて、ひざをついていた。
無理をするから。
「ディアン。すごいケガをしてますよっ! 大丈夫ですかっ!」
ディアンに駆け寄った姫様が、彼の血まみれの姿を見るなりそう言った。
「ケガのほうは。彼が治してくださいました。ですが、部下たちは……」
「そう、ですか」そう言ってから、姫様は俺のほうを向く。「本当に、なんと礼を言っていいか。あの、お名前をうかがってもいいですか?」
「俺はヴァン・ホーリエン。えっと、俺も聞かせてほしいんだけど、君たちは?」
「あっ! これは失礼しました。わたしは、ここから西にある国、ラズバード王国の第三王女、アリシア・ラズバードです」
彼女は長い桃色の髪を揺らしてそう言った。
まぁ、わざわざ姫様なんて呼ばれてるしそうだよね。
なんかそう言われて意識してみると、容姿もめちゃくちゃ整っている気がする。それになんか気品も感じる。
あぁ、それにしても王族か。逃げたくなってきたな。
「俺も自己紹介が遅れたな。俺は、ラズバード王国騎士団所属、第三王女近衛騎士隊の隊長、ディアン・ウェズマだ。この度は、本当に感謝する。君がいなかったら、俺たちは……」
隊長ってことはこの人も結構偉い人だったのか。
無精ひげに、鋭い目。改めて顔を見ると結構怖い顔をしている。
「いえいえ。困っている人を助けるのは当たり前です。それよりも、助けるためとは言え、馬車を壊してすみません。あと剣を、貸してもらって助かりました」
「気にするな。もとより馬も殺されている。どのみち置いていくしかなかったさ」
「そうですか。では、これで」
さて、剣も返したし、馬車を壊してしまった謝罪も済んだしさっさと行こう。王族なんて関わってたらろくなことにならない。十年間、王宮に軟禁されていた俺の勘がそう告げている。
「お待ちください!」
背に投げられた言葉に思わず立ち止まる。
あぁ、なんで俺はこういうのを無視できないんだ。
「な、なんでしょうか……」
「まだ、お礼をできていません!」
「い、いや、そういうのは――」
「そうですね。姫様。命の恩人に礼もしないとなれば、俺たちの沽券にもかかわります。ぜひ、我が国に招いて礼をさせていただきたい!」
「う、うーん……」
ほっといてほしい。
「で、では! 依頼をさせていただきたい」
「い、依頼?」
俺が渋っていると見たのか、ディアンは切り口を変えてきた。
「あぁ。君は見たところ、冒険者……? なのか?」
どうなんだろうか?
でも確か、冒険者は冒険者ライセンスがいるって聞いたことあるし、たぶん違うんだろう。
しいて言うなら、
「いや、無職の旅人? かな?」
「では、どうだろう。俺たちの護衛をラズバード王国までかって出てくれるというのは。もちろん礼とは別に報酬も払う。俺もこんな状態で、賊に襲われたばかりだ。ラズバード王国までは二週間、いや、馬もいない今もっとかかるかもしれない。その間、俺一人で姫様を守り切れる自信が正直にいうとないんだ。だから、君の力を貸してくれないだろうか」
「わたしからも、どうか、お願いします!」
うーん、確かに。このまま彼らを放っておいても、それはそれで不安だなぁ。
それに、困っている人を助けるのが、ルーン魔術師だしなぁ。
「じゃあ、一つお願いがあるんですけど」
「なんでしょうか?」と、アリシアが首をかしげる。
「軟禁はしないって約束してくれるなら……。いいですよ」
「「な、軟禁?」」
二人は、なんだそれって、感じで目を丸くしていた。
これが、これから多くの時間を共にする二人との出会いだった。
*
七英雄の一人、ヴァン・ホーリエンを追放してから二週間。
王宮では、英雄会議と呼ばれる会議が開かれようとしていた。
この会議はその名の通り、七英雄と国王、それから数名の許された者たちで行われる会議だ。
その会議場は、いつもと違った雰囲気に包まれていた。
「おい! アグニ! てめえんとこ最近さぼってんだろ! 届いてる武器の質がわりいって報告が上がってんぞ!」
それは大剣を背負う男、七英雄の一人、剣聖カイザー・エデンの一言から始まった。
燃えるような赤髪を逆立てて、円卓上に足を置く彼は、誰が見てもいら立っていた。
「さ、さぼっているだとぉ! わしらは誠心誠意、変わらないクオリティと向上心を持って武具を作らせてもらっておるぞ!」
そう反論したのが、七英雄の一人、鍛冶王アグニ・シャッカ。
鍛冶をするために鍛え上げられた肉体は、この会議場に、彼のための特製の椅子を用意させるほど大きい。
「それよりもぉ。ハンスさん。物資が届いてないんだけどぉ。どういうことぉ? これじゃあ、戦線を維持できないわよぉ」
大きな三角帽子に、黒のローブをまとった女性が、ゆったりとした口調でそういったのは七英雄の一人、魔女ルーアン・キュリエット。
ハンスと呼ばれた男は丸眼鏡をクイッと上げて、円卓上にばさりと、紙束を投げつけた。
グラン王国の商会をまとめ上げている七英雄の一人、商会議長ハンス・ホードは言った。
「物資は送っている。ただ、最近事故が多い。馬車の欠損。魔物や魔族の襲撃。そして、それらが引き起こす遅延によって腐る食材。戦線だけではない。グラン王国の物流全体が今は滞っている」
「うっわぁ。そんなことになってるんだ。戦線下げよっか。魔族への攻撃じゃなくて、とりあえず防衛に回れば余裕はできると思うし。物流がもとに戻るまで、様子みよっか」
円卓にばらまかれた紙束に精一杯手を延ばして、自分のもとに手繰り寄せて、ぱらぱらと流し読みをし始めたのは、国の軍隊の総司令官を務める七英雄の一人、賢者クラネス・ペルカだ。
「どう思う? 拳神ちゃん?」
クラネスの目の先には、先ほどからずっと黙っている、銀髪の少女が居た。
興味がなさそうに、じっと自分の席に座っているのは、七英雄の一人、拳神リッカ・クーシェン。
「どうでもいい。わたしには関係ないから。それより、ヴァン兄は?」
その言葉に会議場が鎮まる。
「あいつが遅刻なんて珍しいな」
「そうじゃのう。いつも一番におるからのぉ」
「まぁ、いいんじゃなぁい? あの子にはいっつも苦労かけてるしぃ」
「時は金なり。……だが、それ以上にあいつは金を稼がせてくれている。俺もあいつには頭が上がらんからな」
「後で様子見に行ってみようか。彼には本当に辛い役回りをさせて申し訳ないなぁ。まぁ、国の方針で仕方ないことではあるんだけど」
そんな中、会議場の扉が開く。
七英雄全員の目がそちらを向く。
「待たせたわね」
そう言って入ってきたのは、リューシア・グラン女王。その後ろから、七英雄の彼らからしてみれば新顔が二人ついてきていた。
「リューシア王女。お久しぶりです。デューク陛下はどちらに?」
代表としてクラネスが尋ねるが、リューシアは何も答えず上座に座る。いつも、国王が座っている席だ。
そして、その左右に二人の新顔がつく。
「七英雄の皆様。本日はお集まりいただきありがとうございます。英雄会議の前に、ご報告があります」
全員が、静かに次の言葉を待っていた。
「この度、デューク前国王は退位され、リューシア様が、女王として即位されました。そして、それに伴い、前宰相も退任され、わたくし、クロウ・シャードが宰相を務めます。では、挨拶はこれくらいにして、英雄会議を始めましょう」
「待って」
クロウの仕切りに口を出したのは、拳神リッカだった。
「ヴァン兄がまだ来てないけど、いいの?」
それは七英雄全員の疑問だった。誰もが、リューシアに目を向けている。
そして、そのリューシアは、高らかに笑った。
「あっはっははははは! それは、あなたたちにいい知らせがありますわ」
「いい知らせ?」
「えぇ。あの七英雄、いえ、元七英雄のヴァン・ホーリエンは王宮より追放としました! あの働かない男には、なぜか七英雄という座も与えられ、しかも多額の給料が支払われていました。あなたたちも納得いってなかったでしょう? ですが! わたしが女王になった今、そんな不正は許しません。王宮から一歩も出ず、誰にでもできるルーンを刻むしか能のないあいつを、わたしがついに、王宮より追放することに成功したのです! そして、新たにルーン魔術師として七英雄に加わるのが、このガルマ・ファレンです! 彼はとても優秀で、きっと、あの金食い虫とは違い、戦地に赴いても活躍してくれるでしょう!」
リューシアがガルマをそう紹介すると、ガルマは一歩前に出る。
その間、七英雄は全員、ぽかん、と一点を見ていた。
(ふふっ。みんな早速のわたしの仕事ぶりに驚いているわね。それにしても、賢者クラネス君はいいとして、ほかはなんて華のない。さっさとほかも七英雄から降ろして、イケメンに揃えたいわ)
と、一人的外れなことを考えていた。
「これからよろしくな。先輩たち。それと、あんたらもちゃんと働かねえと、あのヴァンみたいに追放されるぜ。いや、あんたらは外で野垂れ死にしそうもないし、極刑のほうがいいか。はははははは!」
その時だった。
七英雄全員が無言で立ち上がる。
そして、
「やべえやべえやべえ! 追放だぁ!? くそ、部下に知らせねえと!」
「わ、わわわわ、わしはしらんからな! 戦える奴が捕まえて来い!」
「あぁ……。あの子が敵に回るかもしれないってことはぁ。……。田舎に帰ろうかしら」
「なるほど。物流が滞っていた理由はそれか。すぐに、対策を立てないといけないな」
「ヴァンが居ないのかぁ。こりゃ戦線の維持は無理だね。防衛するしかないかぁ。って、リッカ? どこに行くの?」
「わたしは、ヴァン兄を探しに行く。もうこの国には戻らない。……かも」
各々勝手に行動し始める七英雄にリューシアは大声を上げた。
「待ちなさい! なになになに? 一体どうしたっていうの! あなたたち」
それに答えたのは剣聖カイザーだ。
「リューシア王女。って、女王になったんだっけ? あんた大変なことをしてくれたな」
「な、なによ! わたしはただ、無能を追い出しただけよ。実際、あいつは前線にでないじゃない」
「あいつが王宮にずっといたのは、あいつが一番強いからだ」
「へ?」
「そりゃあ、そうだろ。じゃなきゃ誰が国王を守るんだよ! って、こんなことをしてる場合じゃねえ」
そう言ってカイザーは慌てて会議場を出ていく。
「まぁ、王宮にずっといたのは一番強いだけが理由じゃないがなぁ。やつの古代ルーン魔術はもう、この世に理解できる奴がおらん」
「こ、古代ルーン魔術っ!?」
驚いていたのはリューシアが新しく七英雄にしようと目論んだガルマだった。
「な、なによ。古代ルーン魔術って」
「失われた技術じゃよ。誰にでもできるとお主は言っておったが、あれは奴にしか使えん」
「ななななな、なんでそんなものがあいつには使えるの!?」
「さあのぉ。わしらも、奴の過去はそれほどしらんのじゃ」
「ぐぅ……。じゃあ、捕まえてきなさいよ! あなた! 魔女ルーアン! 魔女って言われるくらいならできるでしょ! あんな魔法もろくに使えない男くらいパパっと捕まえてきてちょうだい!」
「それは無理ねぇ。確かに、魔法なら私のほうが上だけど、古代ルーン魔術と真正面からやってもわたしには勝ち目がないわぁ」
「なぜだ! ルーン魔術は準備に時間がいる。不意をうったり油断させたりすればいいだろ!」
と、ガルマが吠える。
「二流の腕じゃぁ、そうかもねぇ。でも、あの子は戦い中にルーンを組めるわぁ。さてと、じゃぁ、わたしは田舎に帰るからぁ。あの子が帰ってきたら戻ってきてあげるわぁ。それまで、じゃあねぇ」
その瞬間、魔女は姿を消す。
一瞬で姿を消せるほどの魔法を扱える魔女がさじを投げたのだ。
「く~~~~~! ハンス! いくらお金を使ってもいいわ! あなたたち商会が捕まえてきなさい!」
「それは無理ですよ女王陛下。あいつがいなくなり、物流が滞り、あいつのルーンによる収入も見込めない。あいつを捕まえるのに金を使えば、国が崩壊します」
「……。クラネス。あなた賢者なんでしょ? 何か案は?」
もう疲れ切った様子のリューシア女王にクラネスがクスクスと笑いながらとどめを刺す。
「ないですね。あのバケモノを捕まえるなんて無理ですよ。敵対してこなきゃいいんだけど。とりあえず、国防に力を回しましょう。話はそれからです。ルーアンもどっか行っちゃったし、リッカもヴァンを探しに行くって出ていったし、このピンチを他国や魔族の連中に知られると厄介だ。いろいろしないといけないことが増えましたねぇ。ま、僕は楽しいんでいいですけど」
七英雄をもってしてバケモノと言わしめるヴァン。あの男が、どんな人物だったのか、まだリューシア女王たちには計り知れない。だが、大変な間違いを犯してしまったのだと、彼女は遠からず、知ることになるのだった。