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見過ごせないこともある 中

 これは、ただ見過ごせなかっただけのことだ。

 昇降口にて靴を履き替え、帰ろうかとしたところ、伊波さんに告白しようと考えてるやつとすれ違った。


 伊波さんの容姿は可愛い。

 それは、クラスの外でも通用することである。

 だから、当然モテる。

 今日みたいなこと、ざまじゃないはずだ。


 本人だって、それなりの対処の仕方は心得ていることだろう。

 それこそ、俺の出番なんてなくてもいい程には。


 だから、本当に関わるつもりがなかった。


 そいつが例え、脅すことで無理やりにと考えていても素通りするつもりだった。


 でも、出来なかった。


 そいつは伊波さんをあろうことかこんな風に表現した。男なら誰でもいい尻軽女、チョロいだけの女の子、と。


 どこから出たのか知りもしない、失礼極まりない汚い言葉だった。


 それが、何故だか凄く腹が立ったような気がして俺は気付いたら行動していた。


 そいつにいきなり肩を組みにいき、よーう兄弟、とか言いながら伊波さんがいない方の校舎裏にまで連れていった。


 そいつは心底困惑した様子だった。

 そんな彼に俺はただ一言、彼女に近づくなとだけ言った。

 これで、諦めるのならいい。

 けども、そう簡単には諦めてくれなかった。


『お前に言われる筋合いなんてない。大体、いきなり誰だ!』

『どうでもいいだろ。名前を知りたきゃ自分から名乗れと教わらなかったのか?』


 バカにしたように言うと怒りの沸点が低い彼は胸ぐらを掴んできた。

 けども、これっぽっちも怖くない。

 この時点で俺の勝利は決まっているからだ。


 脅しているつもりの彼に小声で彼の名前を囁いた。

 すると、目が大きく見開いていく。


 当然だろう。初めて会った知りもしないやつが自分の名前を知っているなんて恐怖以外のなんでもないのだから。


『ど、どうして……』

『俺はお前の個人情報を何でも知っている』


 もちろん、そんなこと知りもしない。

 けども、人というのは単純で言われたことは脳裏に浮かべる生き物なのである。

 そうやって、得た個人情報をつらつらと述べてやった。それだけじゃない。彼が口にしようと考えた内容を全て先に言ってやった。


 まるで、伊波さんにしていたストーカー行為を自分がされているかのように思わせるみたいに。


 次第に表情が青ざめていく彼の手に力が入らなくなり、簡単に離してもらえた。


『もう一度、言う。今後、二度と彼女に近づこうとするな。もし、忠告を破ればお前の個人情報を全てネットに晒す。分かったら消えろ』


 俺も必要以上に関わるつもりはない。

 用が済めば、明日にはこいつのことなんて忘れることだろう。


 すると、彼はあろうことか殴りかかってきた。

 すぐに暴力に出るほど程度の低い人間はいないな、と馬鹿にしながらさっと避ける。

 それを、数回繰り返し、ある時を狙って彼の足を引っかけて転けさせた。


『な、なんで……』


 当然のことだろう。暴力ほど単純に先読み出来るものはないのだから。

 人は行動する前に必ずそれを思い浮かべる生き物だ。

 そして、脳と心は繋がっている。


 つまり、右から殴ってやる、なんて全て筒抜けなのだ。

 そして、分かっている攻撃を避けない馬鹿なんてどこにもいない。

 わざわざ、痛い思いをしたいやつなんていないのだから。


『俺に殴り合う気はない。だから、帰れ』


 俺にケンカの能力は備わっていないんだから。


『……お前、アイツの何なんだよ!』

『何って……なんでもない、ただのクラスメイトだけど?』


 俺にとって、伊波さんは絶対に守らなきゃならないような大切な存在ではない。

 けど、クラスメイトで隣の席で黄身が好きという共通点がある限り見過ごせない。それだけだ。


 彼は悔しそうにしながら逃げていった。


 怖い。気持ち悪い。怖い。気持ち悪い。


 そう何度も声にしながら。


 ――鈴木くん、まだかな~わくわく。わくわく。


「……はあ。ほんとに呑気なもんだよ」


 呆れたようにして、何事もなかったようにして伊波さんの所へ向かった。



 ということがあったことを彼女は知るよしもない。

 当然だ。世界の心理を知る術など誰にも持ち合わせていないのだから。


 どれだけ待っても来ない人を伊波さんとずっと待ちながらもうかれこれ一時間以上が経った。

 伊波さんは静かに一言も話さない。


 ――鈴木くんと二人きり……鈴木くんと二人きり……これじゃあ、まるで、デートだよぉぉぉ……。


 違う。デートじゃない。校舎裏で何も話さず、ただ黄昏ているだけの二人のどこがデートなんだ。


「……誰も来ないな」

「えっ、あ、うん。そうだね!」


 ――危ない危ない。デートが嬉しすぎて当初の目的をすっかり忘れてた。


 やっぱりか。途中からデートしか聞こえてこないからもしかすると、って思ったけど。


「もしかすると悪戯だったのかも。ほら、私って可愛くないし騙しやすいでしょ?」


 少なくとも、悪戯ではなかったんだよな。

 俺がいなければ、ここで告白事態は行われていたのだから。


「そんなことないけど……伊波さん、可愛いと思う。もうちょい警戒するべきだとも思うけど」

「か、可愛くなんてないよ!」


 ――きゅ、急に何を言い出すの!? 告白されてるの!?


 してないしてない。俺はただ容姿を褒めただけだ。


「いや、十分に可愛いと思うけど?」

「……本当にそう思ってる?」

「うん」


 その瞬間、伊波さんの心音が今までにないほど大きなものになり、脳に声が届かなくなった。


 こんなこと初めてだった。

 幼女でもなければ、馬鹿でもない。動物でもなければ、無機質な物でもない。同い年の女の子。なのに、心の声がまるでシャッターで遮断されたように聞こえてこない。


 その状態が暫く続き、やがて、小さく小さく伊波さんの心の声が聞こえてきた。


 ――か、可愛い……? 鈴木くんはこんな私を可愛いと思ってくれてるの……?


 うん、ちゃんと聞こえてる。


 さっきの現象は一体何だったんだろう?


 俺はチラッと伊波さんを見た。彼女は茹でられたタコのように顔を真っ赤にしている。


 もしかすると伊波さんをとんでもなくドキドキさせるとこの能力が発動しなくなる?


 そんな馬鹿げた話、あるわけない。

 けども、こんな事例を俺は他に知らない。


 ということは、もしかして?


 俺はもう一度、それを確認しようとして下校を報せるチャイムが鳴った。


「……結局、誰も来なかったね」


 ――また、からかわれただけなんだ……。


 声に出したのか出さなかったのか、悲しそうに呟いた伊波さんのことが気にならないくらい俺は頭がいっぱいだった。

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