見過ごせないこともある 前
学校にいる間、俺は基本的にボッチである。
一匹狼、だとか言われるが俺はつんけんしているわけではない。ちゃんと話しかけられたら返事をするし、自分から話しにいくことだって数少ない機会だけどある。
「田中、今日の授業でのプリント集めてるから出してくれ」
クラスメイトの一人である田中に声をかけ、放課後に提出しなければいけないプリントを集める。
ふっ、どうだ。このコミュ力。感服するしかないだろう。
その後も華麗なるスキルを使い、無事にプリントを集め終えた。
そして、放課後になり、集めたプリントを担当の先生に提出し、帰ろうと廊下を歩いていると脳に熱烈なラブコールが届いた。
――好きだ、俺と付き合ってくれ!
おお、大胆な告白だな。でも、男に告白されても嬉しさのカケラもないんだ。
――よし、これならいけるか。
って、まだ、告白してなかったのかよ。
まあ、ずっと、他人の告白がどうなるのかに興味を示すのも悪いことだ。彼の告白が上手くいきますように、と願っておいてやりながら帰ろうと歩き出した時、聞き逃せないことを聞いた。
「……無理にでも付き合わせるって……しかも、相手は伊波さんかよ……」
なんてこった。ついさっきまで伊波さんはこれから告白される、ということを微塵も考えていなかった。いくら、俺のことを好きだと思ってくれていても、これから自分が告白されるとなると少しばかりはそれについて考えることだろう。
ということは、だ。帰ろうとして下駄箱にラブレターでも入っていて呼び出された、ってところだろう。というか、そうである。さっき聞いた。そして、どこで告白が行われるのかも、どうやって無理にでも付き合わせるかという方法も。
伊波さんは今どこに……。
集中して耳を澄まし、彼女の声を拾う。
――だ、誰に呼び出されたのかな?
いた。しかも、最悪なことにお待ちしているらしい。
――も、もしかして、鈴木くんかな? だったら、いいのになぁ……。
これから現れるのは俺なんかではないのに呑気な頭である。
どうするか……ここで、伊波さんが無理にでも誰かと付き合えば、俺は晴れて解放されて平和な日常が戻ってくることだろう。
それでいいじゃないか。酷いことを内心では考えていても、付き合えば凄く大事にしてくれて、伊波さんも好きになるかもしれない。
だったら、俺が出る幕なんてないじゃないか。
帰ろ帰ろ。
さようなら。
◆◆◆
今時、ラブレターって可愛いことする人だな~。でも、ごめんなさい。私は鈴木くんが好きなんだ。鈴木くん以外とは付き合うつもりがないの。今のところは。
だから、早く来ないかな~願わくば、鈴木くん。そうじゃないならすぐ帰る。もう、あんな思いはしたくないもんね……。
あ、来た!
校舎の向こうから伸びてきた人影を見て、私は背筋をピンとした。
心臓が高鳴ることを感じながら、ちゃんと姿が出てくるのを待つ。
そして、
「……うそ。鈴木、くん……?」
私の幻想は現実になった。
◆◆◆
――うそうそうそうそ。嘘!?
嘘ではない。
ゆっくり歩いて頬を赤らめている伊波さんに近づいていく。
「す、鈴木くん……どうしたのかな?」
これ、聞かれたくなかったなぁ……別に告白するわけじゃないしどうこうするつもりもないんだから。
――こっくはく。こっくはく。こっくはく!
「どうもこうも……ちょっと寄り道してから帰ろうかと思っただけだけど」
――こっ……。
告白コールの内心がピタリと止まる。
「……え、寄り道? 私に何か伝えることがあるんじゃないの?」
「意味が分からないけど?」
あくまでも、とぼけた様子を見せると伊波さんは痺れを切らしたかのように貰ったであろうラブレターを見せてきた。
「こ、これ。鈴木くんがくれたんじゃないの!?」
「何、それ? ラブレター? へー、良かったね。おめでとう」
「ほ、本当に鈴木くんじゃないの?」
「うん、知らない」
「そ、そうなんだ……」
落ち込んだように肩を落とした伊波さん。
――じゃあじゃあ、鈴木くんは何しに来たの? 本当に寄り道しにきただけ? 校舎裏のなんにもない所に?
「あ、じゃあ、俺はこれで。邪魔しても申し訳ないだろうし」
「ま、待って!」
――ここで、逃したらなんだかいけない気がする。今、ほんの勇気を出せなかったら、今後、私は一生無理な気がする。
「あ、あのね……私、好きな人がいるの」
「へー」
――ううっ、やっぱり、鈴木くんだって伝わらないよね。でも、落ち込まない。ちゃんと彼の目を見るんだ!
「だ、だからね。断るつもりなの」
「でも、その人からのものかもしれないじゃん」
「ち、違うよ! 絶対に違うの!」
――だって、私が好きなのは鈴木くんなんだから!
「そっか。それで?」
「だからね、誰が来るか分からないけど嘘の彼氏でいいから断るの手伝ってほしい……です。もし、怖い人だったりすると嫌だから」
――って、こんなこと嫌だよね。なんの利益もないのに利用されて、嘘の彼氏になんてなりたくないよね。
「……いいよ」
――……え?
「いい、の?」
「まあ、暇だし」
――鈴木くんは暇なら、見返りもなしに付き合ってくれるの? ううん、いくら鈴木くんでもそこまで優しくなんてないよ。きっと、後から色々と要求してくるはずだよ!
「ん、俺の顔に何かついてる?」
「う、ううん!」
――本当に何も考えてないの? どうして、そんなに澄んだ目でいられるの?
「……本当にいいの? 変な噂が流れるかもしれないよ?」
「それなら、もう流れてるから。一匹狼、とかさ」
――ああ、本当に優しいな。
「……ありがとう」
ふにゃりと伊波さんは笑った。
俺には全部筒抜けだ。さっきから、全部伝わってないことなんて何一つとしてない。けども、俺は彼女に応えるつもりがない。
なら、どうしてここに来たのか。
そんなの決まってる。せめてもの罪滅ぼしのためだ。
変に期待させているための罪滅ぼしでも秘密にしておきたいプライバシーを毎日聞き続けている罪滅ぼしでもなんでもいい。
そうやって、理由をつけておきたかった。
だって、ここには俺以外、誰も来ないことを彼女は知らずにずっと待ちぼうけすることになるのだから。
お読みいただきありがとうございます。
今回は前編、中編、後編と三話構成になっておりますので本日中に残りも公開いたします。